第四話 諦めてない
ルーナとリラが十四歳の誕生日を迎えて、来年の士官学校入学までの待機期間に入った頃。その日は、大雪に見舞われた翌日のことだった。
「反魔力派?」
「そう。名前の通り、魔力に反対している人々の集まりです。ここ数年、各地で活動が活発的になっているようですね。とはいえ、彼らは魔力を持たない一般市民です。魔法使いと正面では戦闘では戦うことはできませんから、抗議集会や街頭演説などを通じて、自分たちの主張を訴えているようですよ」
シスターと雪かきをしている際、何気なく耳にした反魔力派というワードに、ルーナは引っかかりを覚えた。
まあ、そういう派閥も出てくるだろうな。
魔力というのは、絶対的な力と権威を持つ。実際、魔力を持つ者は皇族や貴族に多く、この国の権力構造には大きな偏りがある。
平民の魔力なしが這い上がれる機会なんて、ゼロに等しい。元より、皇族や貴族は、魔力がなくても困らないのだから、その機会を少しでも平民にも分けてほしいくらいだ。
「……神様って不公平だね」
ルーナの瞳が曇る。シスターに悟られないよう深く視線を落としたが、シスターはその変化に気付いていた。
「……主はきっと分かっておられますよ。あなたの想いも、あなたの善行も」
「善行?」
真っ直ぐにシスターの瞳を捉えるルーナに、シスターは柔らかな声で語りかけた。
「ルーナ。あなたはテオやリラのように、かつて弱かった存在を助けてきました。きっと、あなたがいるから、ここが自分の居場所なのだと、認識できている子ども達も多いと思います」
シスターは、栗色のウェーブがかった長い髪を、天使の羽が降ってきたかのように、優しく撫でた。
「あなたはとても立派で勇敢です。あなたが主に選ばれた存在でなくても、わたし達シスターも、テオも、リラも、ここにいる子ども達も、あなたを選びました。だから、この世の中を不公平だなんて言わないで。期待を捨てないで、ルーナ」
不意に、ルーナの頬を涙が伝った。
シスターがルーナの涙を見たのは、赤ん坊の頃以来だった。花が綻ぶように微笑んだシスターは、そのままルーナを優しく抱き締めた。
「ルーナ、愛してます。ずっと」
ルーナは、血に塗れた身体を抱き寄せ、あの日のお返しのように、シスターを優しく抱き締めた。
「シスター……シスター……」
何もかもがぐちゃぐちゃになったシスターをかき集めるように、更に強く抱き締める。
何が起こったのか、ルーナにはまだ状況を完全には把握できていなかった。ただ、とにかくシスターを元に戻さないと、という思考に占拠されていた。
それは、ほんの数十分前のことだった。
寝床に入った孤児達は、皆ぐっすりと眠りについていた。ルーナもその一人だった。
突如、空気を切り裂くような爆発音が響き、地面が大きく揺れた。
ルーナは、轟音と揺れに驚き、飛び起きた。
その瞬間、腹部に鋭い痛みが走る。息苦しさを覚え、いくら空気を吸い込もうとしても、うまく呼吸ができない。額には嫌な汗が滲んでいた。
恐る恐る腹部へと目を移すと、砕けた何かの木片が腹部に突き刺さり、周囲には赤黒い血が滲んでいた。
目に飛び込んできた光景に、喉からひゅうという音が漏れた。
目をぎゅうと瞑り、一度その光景から逃れるように視界を閉ざした。それから、意を決してベッドから降りた。
「はあ、はあ、はあ」
壁も天井も、人間でさえも、何もかもが粉々になり、原型を留めていなかった。
一直線にシスターの元へ急ぐと、そこには血に塗れたシスターの姿があった。
シスターを抱き締めたまま動かないルーナ。ぱたぱたと駆ける軽い足取りに気が付いても、それでも顔を上げようとはしなかった。
「おね……おね、えちゃん!」
ルーナに勢いよく抱きついたのは、この孤児院に最近入ってきた少女だった。
わんわんと泣く少女に、ルーナはようやく現状を鮮明に捉え始めた。ゆっくりとシスターの体から身を起こし、少女から見えないようにシスターの体に上着をかけた。
今、ルーナは、寒さにも痛みにも鈍くなっていた。
少女のかじかんだ小さな手をしっかりと握り、「行こう」と立ち上がる。
「ひっく、ね、寝てたら、お兄ちゃん達が、急にかぶさってきて、それで、そしたら、みんな、血でいっ、ぱいになって、それで、あたし……うっ、うっ、ああああああ」
泣きじゃくる少女の手をより一層強く握りしめ、ルーナは孤児院の隣に建つ古い家畜小屋へと足を進めた。
思考が上手く回らない。
血液も上手く循環していない気がする。
突き刺さった木片を、繋いでいない方の手で確かめながら、ぼうっと歩き続けた。
その道中、見覚えのある赤毛が目に入った。
赤毛もまた、シスターのように。
「……リラ」
「…………うー……あ……」
「うん」
呂律が回らずとも、ルーナの名前を呼んだリラの赤毛を、そうっと撫でる。
ふと、リラはゆっくりとルーナの手を握り、掌に指で文字を書いていく。
「あ……き、ら……」
途切れ途切れに動く指先を、ルーナはじっと見つめた。
あきらめてなかった。
ルーナが返事をするより先に、リラの指から力が抜けた。
「……そうだね」
返事が届いたのかは分からない。リラは目を開けたまま、二度と動かなくなった。
「諦めてなかったね」
魔法使いは選ばれた存在しかなれない。
リラは、ルーナのように魔法使いになりたかったわけではない。魔法使いにならずとも、この孤児院の役には立つことができる。士官学校へ進み、軍人になって、国のためとまではいかなくとも、孤児院のために何かをしたい。そして、いつか選ばれし者の隣に立てるような、立派な人間に。
リラは、そう願っていた。
「うっ、うあっ、ぃ、ひっく」
リラを抱き締めるルーナの傍らで、幼い少女の泣き声だけが響いていた。




