第一話 選ばれし者ではなかった
「魔力は、選ばれし者にしか発現しません」
それは、孤児院のシスターから、耳にタコが出来るくらい聞かされた言葉だ。
魔力は選ばれた人間にしか発現しない。発現するのは、決まって十歳になった時。例外なく、誕生日を迎えた当日に神様からのお告げがあるという。
「主が恵んでくださったのです。わたし達のラディーナ帝国現皇帝である、セドリック様に」
シスターの言葉に、ルーナは、まるで月を閉じ込めたような瞳を輝かせた。
始まりは、約七十年前。戦争の真っ只中にあったラディーナ帝国に、一つの奇跡が起きた。当時、わずか十歳だった皇帝セドリックが、神から魔力という恩恵を授かったのである。国民は歓喜し、奮い立った。そして、長きにわたる戦争は、ついに帝国の勝利で幕を閉じた。
セドリックに魔力が発現して以来、帝国では魔力を持つ"選ばれし者"が次々と現れ始めた。
選ばれし者、なんて、子供の誰しもが憧れる言葉だ。ここにいる孤児達は皆、もしかしたら自分にもその才が降ってくるかもしれないと、期待や希望に胸を躍らせている。
シスターは孤児達を見つめ、微笑みかける。
「魔法使いは皇族や貴族に多いですが、稀にわたし達平民の中にも選ばれた者もいます。あなた達の中にもきっと、主からの恩恵を授かる子が現れるでしょう。わたし達は祈ることしかできませんが、願っています。あなた達の幸福と恩恵を」
皆が一斉にシスターの胸に飛び込み、聖母のような温かさに笑みを浮かべた。
ルーナは思う。
きっと、シスターも皆も、私がもっと豊かにしてみせる。孤児院にいる限り、それは到底叶わない夢だって分かっている。だからこそ、選ばれたら、そう。きっと。
豊かになった土地、豊かになった暮らし。笑顔に満ちた皆の表情に、元気に育つ家畜。
ぎゅっと目を瞑ると、その先には輝かしい未来が広がっていた。溢れんばかりの希望を胸に、ルーナはシスターを更に強く抱きしめた。
わあっと歓声が上がる。
シスターは泣いて喜び、孤児達は抱きしめ合い、まるでお祭りのように皆歓喜した。
十歳の誕生日を迎えた朝。
爪の先から頭まで、何かを帯びたように発熱していることを不安に思い、シスターの元まで走った。
息も切れ切れに説明すると、シスターの表情はみるみると変わり、最後には涙を流した。
「主が……本当に恵んでくださった……」
「何……」
「魔力ですよ、魔力……あなたは選ばれたのですよ」
どくんと強く心臓が鳴った。
選ばれた? ぼくが?
信じられないという表情で立ち尽くす孤児に、シスターは涙を拭い微笑んだ。小さく弱い体を包むように優しく抱きしめる。
「おめでとう、テオ。あなたはわたし達の英雄です」
するりとテオのブロンドの髪を優しく撫でる。
違う、ぼくは。ぼくは確かに選ばれたかった。でもこれは違う。ぼくはあの二人と。
不意に、二つ上の血の繋がらない兄の言葉を思いした。
『三人で仲良く選ばれるなんてそんな夢みたいなことあるわけないだろ?』
心底呆れたように吐き捨てられた言葉だった。
「テオ、テオ」
「は、はい」
いつも右から柔らかく語りかけてくれるその優しさに、テオははっとする。
テオは生まれつき左耳が聴こえない。
日常生活に支障は出ないが、孤児院の皆はそれを考慮して右側から話しかけてくれるのだ。
その気遣いが申し訳なく思うと共に、大好きだった。
「あなたが十歳の子達の中で一番誕生日が遅いから、不安だったことでしょう。それでももう、大丈夫ですよ」
大丈夫? 何が、大丈夫?
「……大丈夫じゃない、大丈夫なんかじゃない!」
「テオ」
「あの二人と一緒じゃないとぼくは行かない!」
「行かないといけません」
「行、かない! ぼ、何……何で、ぼくだけ!?」
「それが選ばれた者の定めですから」
ぐっと喉の奥から漏れそうになった暴言を飲み込む。その代わりに、大きな瞳からとめどなく涙が零れ落ちる。
十歳で選ばれた子供は、即座に帝都の魔法学校に入学するという義務がある。
才は、選ばれた人間にしか現れない。皇族や貴族には魔法使いが多く、揺るがない地位と国民からの信頼を持つ。
「……い、いかないぃ……」
「テオ」
「い、行かない、行かない!」
「テオ!」
「どうでもいい、選ばれし者だって魔法だって、ぼくはどうでもいい!」
息が上がる。いつの間にか涙は止まり、頭からつま先まで燃えるように暑い。
「ぼくは魔力になんか選ばれたくなかった!」
その瞬間、重い音と共に扉が開いた。
扉の前で呆然と立ち尽くす二人の少女。一人は困惑の色を表し、一人は。
「ルーナ……」
冷たい瞳をテオに向け、吐き捨てた。
「お前なんかに才能を与えた神様が可哀想だ」




