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伝説の聖骸布を布おむつにしたら、勇者の隠し子が《聖王》になった  作者: あゆと


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9/10

そなたではない

「……嘘だろ。俺は、勇者だぞ……?」


アレンは消えた紋章を探すように、自分の両手を何度も見た。《剣聖》も《超再生》も《無限魔力》もない。七つあった神力は、一つ残らずルウへ帰っている。


「ふざけんな……! 《超再生》! おい、治れよ!」

額から流れる血を乱暴に拭うが、傷は塞がらない。

「《超再生》!! ……何で治らねえんだよ! クソッ、《神速》!」


アレンは床を蹴った。いつもなら一瞬で視界が流れるはずなのに、身体は普通に一歩踏み出しただけで、勢い余って足をもつれさせる。

「……は?」


その時、廊下から激しい足音が迫ってきた。

「何事だ!」

鐘の音と轟音、悲鳴を聞きつけた大聖堂の警備騎士たちが次々と飛び込んでくる。ひび割れた壁、血に染まった床、剣を握るアレンを見た瞬間、一斉に武器を構えた。


「その男を取り押さえなさい! 大聖堂内で人を斬り、五歳の子どもへ剣を向けました!」

司教の命令に、アレンが目を剥く。

「はあ!? 誰に剣向けてんだよ! 俺、勇者だぞ!?」


騎士たちの足が一瞬だけ止まった。これまでのアレンなら、この場にいる全員でかかっても勝てたかどうか分からない。

「七つの神力は、すべて失われました!」

司教がそう告げると、騎士たちは顔を見合わせ、改めてアレンへ剣先を向けた。


「……何見てんだよ。試してみるか? 俺は《剣聖》だぞ!」

アレンは先頭の騎士へ斬りかかる。


ガキンッ!


「……え?」

剣は止まった。たった一人の騎士に、真正面から受け止められている。

「な、何で……!」


アレンは両手で剣を押し込もうとしたが、刃はびくともしない。逆に騎士が強く弾き返すと、アレンの剣は大きな音を立てて床へ転がった。

「おい、待っ……!」


次の瞬間には二人目の騎士が右腕を取り、三人目が背後から身体を押さえ込んだ。

「離せ! 俺に触んな! 雑魚騎士が俺に何してやがる!」

「抵抗するな!」

「ふざけんな! 俺は勇者だぞ! ぐあっ!」


腕を捻り上げられ、そのまま床へ押さえつけられる。アレンは何度も身体を揺らしたが、三人の騎士を振りほどくことすらできない。

「離せ! クソッ! 何でだよ!」


少し離れた場所では、セイルがルウを抱いていた。ルウはまだ震えていて、血に染まった服をぎゅっと握ったまま離れようとしない。

「とうちゃん……あのひと、まだおこってる」

「大丈夫だ。もうこっちには来られないよ」

「……ほんと?」

「ああ。とうちゃん、ここにいるからな」


ルウが胸へ顔を埋めると、セイルは小さな背中をゆっくり撫でた。それを確認してから、司教は近くの神官へ向き直る。

「王宮へ伝令を。《聖王》が覚醒されたこと、アレンに預けられていた七つの神力がすべて帰還したことを、陛下へお伝えしろ」

「はっ!」


神官が部屋を飛び出していくのを見て、アレンが床から喚いた。

「おい! 勝手なことすんな! あれは俺の力だぞ! 六年以上俺が使ってたんだ! 返せよ!」

司教は返事すらしなかった。


「おい、お前ら! 何突っ立ってんだよ! こいつらどかせ!」

今度は仲間たちへ怒鳴る。女剣士も聖女も魔法使いも、いつの間にか騎士たちから距離を取っていた。

「……無理よ」

「は? 俺が捕まってんだぞ!?」

「見れば分かるわ」


「だったら助けろよ!」

魔法使いの女が肩をすくめる。

「今のあなたを助けて、私たちに何の得があるの? もう七つの加護、ないんでしょ?」


「だから何だよ! 俺は俺だろ!」

アレンは信じられないものを見るように仲間たちを見回した。

「お前ら、俺のこと好きだって言ってただろ!」


女剣士は少しだけ困ったように笑った。

「好きだったわよ」

アレンの顔がわずかに緩む。

「……だろ?」


「七つの加護を持った、世界最強の勇者様ならね」


「…………は?」


誰もアレンへ近づかなかった。



しばらくして、大聖堂の外が再び騒がしくなった。

「国王陛下、御到着!」

護衛を伴った王が部屋へ入ってくる。ひび割れた石壁、床に残る大量の血、そして騎士たちに押さえ込まれているアレンを見て、その表情が険しくなった。


「おい、王様! ちょうどいい! こいつら何とかしろよ! 俺に何してるか分かってんのか!? さっさと離させろ!」

アレンが真っ先に叫ぶが、王は答えない。まず司教へ視線を向けた。

「報告を」

「はい」


司教は《聖王》の覚醒と七つの神力の帰還、その直前にアレンがセイルを斬り、ルウへ剣を向けたことまで簡潔に説明した。

「傷は?」

「ルウ様のお力によって、すでに癒されております」

王の視線がセイルの血まみれの服へ移る。その腕の中では、ルウがまだ父親から離れようとせず、服を強く握っていた。


「……この子が《聖王》か」

「間違いないかと存じます」

「おい、王様! 聞いてんのかよ! 事情なんかどうでもいいだろ! まず俺を離させろ!」

アレンが身体を起こそうとし、騎士に再び床へ押さえ込まれた。


王がようやくアレンを見る。

「そなたは、その男を斬ったのか」

「だからそう言ってんだろ! 俺の言うこと聞かねえから、ちょっと斬っただけだよ。死んでねえじゃん!」


王の目が冷える。それにも気づかず、アレンはルウを指差した。

「それより俺の力だよ! 全部そのガキに取られたんだ! 王様なんだから返させろよ!」

「……返させる?」

「そうだよ! 俺が勇者なんだから俺の力だろ!」


「違う」


アレンが固まった。

「は?」

「七つの神力は、そなたに与えられたものではない。《聖王》が現れるまで預けられていたものだ。それは先ほど判明したはずだ」

「だから何だよ! 六年以上俺が使ってたんだぞ!」

「ならば六年以上、預かっていた。それだけだ」


「はあ!? ふざけんなよ! おい王様、こいつらに命令しろよ! 俺が誰だか分かってんだろ!」

アレンが暴れ、騎士たちにさらに強く押さえ込まれる。王はしばらく、床で喚く男を無言で見下ろしていた。

「勘違いするな、アレン」


「我が国が必要としていたのは、七つの神力を持つ《勇者》だ。そなたではない」


「……は?」


「その力が魔王軍への抑止となるからこそ、余はそなたの無礼も、浪費も、度重なる横暴も飲み込んできた。報奨を与え、邸宅を用意し、活動費を出し、数々の問題にも目をつぶった」

アレンの顔が引きつる。

「何……言ってんだよ」

「すべては《勇者》の力が必要だったからだ。そなた自身を好いていたわけでも、そなたの振る舞いを認めていたわけでもない」


「待てよ……」

「そして、その力はもうない。今ここにいるのは、大聖堂で民を斬り、五歳の子どもへ剣を向け、止めに入った騎士にまで斬りかかった一人の男だ」

「待てって! 俺がいなきゃ魔王どうすんだよ!」


王の表情は変わらなかった。

「それは余たちが考えることだ。軍を立て直し、他国とも連携する。そもそも一人の勇者へ国の命運を預け続けたこと自体、改めねばならぬ」

「じゃ、じゃあそのガキ使えばいいだろ! 聖王なんだろ!?」


セイルの腕に力が入る。だが、王は迷うことなくアレンを見下ろした。

「五歳の子どもを戦場へ送り、代わりの兵器にするつもりはない」

「はあ!? でも魔王が――」

「それを考えるのが王の仕事だ。子どもを戦場へ連れていこうとした、そなたと同じことを余がすると思うか」


アレンは口を開いたまま言葉を失った。だがすぐに何かを思いついたように、セイルの腕の中にいるルウを指差す。

「だったら俺は、その聖王の父親だぞ! そいつは俺の血を引いてんだ! 俺が《聖王》の父親なんだから、俺をこんな扱いできるわけねえだろ!」


「……ちがう」

ルウが小さく言った。アレンが顔を向けると、ルウはセイルの服を握ったまま、もう片方の腕で父親へぎゅっと抱きつく。

「とうちゃんは、こっち」

「だから血が繋がってんのは俺だっつってんだろ!」


ルウは少しだけセイルの胸へ顔を隠した。


「……でも、おまえきらい」


「このクソガキ! 離せ! そいつ俺の子だぞ!」

アレンが激しく暴れ、騎士たちが両腕をさらに強く押さえ込む。王はその姿を冷たく見下ろしたあと、静かに命じた。

「アレンに《勇者》として与えていたすべての特権を、本日をもって停止する。王国から貸与した武具、邸宅、馬車、その他すべてを返還させよ。活動費の支給も停止する」


「……は?」

一拍遅れて意味を理解したアレンの顔が真っ赤になる。

「はああ!? 何勝手に決めてんだよ!」

「大聖堂内での傷害、脅迫、武器を用いた抵抗については、通常の法に従って裁く」

「待てよ! 通常の法って何だよ! 俺は勇者だぞ!」


勇者だから、世界最強だから、王国には自分が必要だから。何をしても最後には許されると、アレンはずっとそう思っていた。だが王は、もうその男を特別な存在として見てはいなかった。


「連れていけ」


騎士たちがアレンを立たせる。

「待てって! 俺は勇者だぞ! おい、王様! 俺がいなきゃ困るだろ!」

両腕を押さえられたまま、アレンは廊下へ引きずられていく。


「俺は勇者だぞ!!」


その叫びに、振り返る者は一人もいなかった。


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