とうちゃんを、いじめるなーーー!!!
「雑魚がイキがんなよ。荷物持ちのくせに、誰に逆らってんだ?」
アレンは血のついた剣を肩に担ぎ、鼻で笑った。セイルは左肩から胸元まで斬られ、片膝をついたまま傷を押さえている。指の隙間から血が溢れ、白い床を赤く染めていた。
「これで分かっただろ? 俺がその気になりゃ、お前なんか一瞬なんだよ。次はマジで殺すからな」
「とうちゃん!」
ルウが駆け寄ろうとすると、セイルは荒い息を吐きながら腕を伸ばした。
「ルウ……来る、な……」
「とうちゃん、ち、いっぱい!」
「大丈夫……だから……」
声はかすれ、身体は今にも倒れそうだった。それでもセイルはルウを自分の後ろへ押しやろうとする。
「ルウ……下がってろ。怖く……ないからな。とうちゃんが……守る、から……」
「とうちゃん……?」
言い終えたところで身体がぐらりと傾いた。ルウが慌てて抱きつくが、五歳の身体では支えきれず、セイルは床へ手をつく。
「とうちゃん! ねえ、とうちゃん!」
「……大丈夫、だ」
「ねちゃだめ!」
ルウが傷口へ両手を押し当てる。小さな手のひらは、すぐに真っ赤になった。
「いたいの、とんでけ! いたいの、とんでけー!」
淡い黄金色の光が灯った。二歳の頃、セイルが指を切った時と同じ光だ。傷の端がわずかに塞がるが、深い傷は消えず、血も止まりきらない。
「なおって! とうちゃん、なおってよ!」
「もう……いい……ルウ……」
「よくない! いたいの、とんでけー!」
ルウは泣きながら何度も繰り返した。
「死んでねえだろ。そんな雑魚にいつまで力使ってんだよ」
ルウの動きが止まる。
「……え?」
アレンは血のついた剣を軽く振った。
「そいつが俺に逆らったから斬られただけだろ。ほら、そんな奴ほっとけって」
「とうちゃん……いたいのに……」
「だから何だよ。生きてんじゃん」
ルウの唇が震えた。
「……おまえ、きらい」
「あ?」
「とうちゃん、いたくした……! なのに、わらってる……!」
「そいつが悪いんだろ」
ルウの顔がくしゃりと歪み、涙がぼろぼろと落ちる。
「おまえ、きらいいーーー!!!」
「ガキが調子乗んなよ!」
アレンが剣を向ける。ルウは血まみれの両手をぎゅっと握った。
「とうちゃんを、いじめるなーーー!!!」
──光が爆発した。
「なっ!?」
《聖骸布》から噴き上がった黄金の光が、一瞬で大聖堂を呑み込んだ。真正面にいたアレンは抵抗する間もなく吹き飛ばされる。
「ぐああっ!?」
ドゴンッ!
数メートル先の石壁へ叩きつけられ、アレンが床へ転がる。
「勇者様!」
取り巻きたちの悲鳴と同時に、大聖堂の奥から鐘が鳴った。
カァァァン……!
誰も触れていない大鐘が、二つ、三つと次々に鳴り始める。聖杯が輝き、聖杖が浮かび、聖石や聖印までもが黄金の光を放った。
「これは……!」
司教が息を呑む。《聖骸布》はルウの背後へ浮かび上がり、大きく広がった。大聖堂にあるすべての聖具が、まるで主を迎えるようにルウへ向いている。
けれど、ルウは見ていなかった。
「とうちゃん!」
すぐにセイルのもとへ駆け戻り、傷へ両手を当てる。
「とうちゃん、なおって! お願い、なおって!」
黄金の光がセイルを包んだ。
「……っ」
焼けるようだった痛みが消えていく。裂けた傷は見る間に塞がり、止まらなかった血も完全に止まった。
「とうちゃん! いたくない?」
「……ああ」
セイルは血に濡れた服の下へ触れた。傷は跡形もない。
「ああ……もう痛くないよ」
「ほんと?」
「本当だ」
「よかったぁ……!」
ルウが泣きながら抱きつく。
「とうちゃん、ねちゃいそうだったぁ……!」
「ごめんな。もう大丈夫だ」
「ほんとに?」
「ああ。とうちゃん、ここにいるからな」
ルウは声を上げて泣きながら、セイルの胸へ顔を押しつけた。セイルもその小さな身体を、力いっぱい抱きしめ返す。
「……クソが」
壁際から声がした。
アレンが額から血を流しながら起き上がり、落ちていた剣をつかむ。
「このクソガキ……俺を吹っ飛ばしやがって……!」
その瞬間、右手の紋章が光った。
「……あ?」
《剣聖》に続いて、《超再生》《無限魔力》《全属性適性》《神速》《幸運》《聖盾》。七つの紋章すべてが、一斉に輝き始める。
「何だよ……これ」
《剣聖》の紋章が、アレンの手から浮かび上がった。
「待て」
黄金の光となってルウへ飛ぶ。
「……は?」
続いて《超再生》が離れ、《無限魔力》《全属性適性》も後を追う。
「おい、待て! ふざけんな!」
《神速》《幸運》、そして最後に《聖盾》。
「やめろぉぉぉ!!」
アレンが叫んでも止まらない。七つの光は次々とその身体を離れ、ルウの周囲を巡ったあと、その小さな身体へ静かに溶け込んだ。
「……なにこれ?」
ルウはセイルの服を握ったまま、首を傾げる。
「とうちゃん、ぴかぴかきた」
「……そうだな」
「なんで?」
「とうちゃんにも分からないな」
アレンは呆然と自分の両手を見た。七つあった紋章は、一つ残らず消えている。
「……嘘だろ」
その時、《聖骸布》の表面へ古代文字が浮かび上がった。
「司教様!」
老神官の声に、司教が白布を凝視する。
「《真なる聖王が地上に現れ、その御力を受け取る日まで、異界より招きし仮初めの器へ七つの神力を預ける》……」
「……は?」
アレンが顔を上げた。
「《器は神力を育み、時至れば聖王へ返す。それをもって真なる使命は果たされる》」
「待てよ……」
アレンの顔から血の気が引いていく。
「……預ける?」
六年以上前、この世界へ呼ばれた日に女神が告げた言葉が蘇った。
『真なる使命の時まで、この力をあなたに預けます』
与える、ではなかった。
預ける。
「嘘だろ……俺は、勇者だぞ……?」
《聖骸布》に最後の文字が浮かび上がる。
《七つの神力、真なる主へ帰還せり》
司教は息を呑み、ゆっくりと膝をついた。
「……《聖王》」
神官たちも次々と膝をつく。
「真なる《聖王》が……お目覚めになった……」
「せいおう?」
ルウは首を傾げたが、すぐにセイルへ向き直った。
「とうちゃん」
「ん?」
「もう、ほんとにいたくない?」
「ああ。もう痛くないよ」
「ち、でない?」
「出ないよ」
「ねちゃわない?」
「寝ない。ずっとここにいるよ」
ルウはじっとセイルの顔を確かめてから、もう一度ぎゅっと抱きついた。
「……よかったぁ」
セイルはその小さな背中を、両腕でしっかり抱きしめた。




