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伝説の聖骸布を布おむつにしたら、勇者の隠し子が《聖王》になった  作者: あゆと


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7/8

ぼくのとうちゃんは、このひと

「……あ?」


勇者アレンは部屋へ入ったところで足を止めた。司教との打ち合わせに来ただけだったはずなのに、見覚えのある男が目の前にいる。


セイルも立ち上がったまま動けなかった。五年前より豪華になった鎧も、腰に下げた剣も変わっている。それでも、こちらを見下ろすような目つきだけは何も変わっていなかった。


「……お前、どっかで見たな」

「……勇者様。ご無沙汰しております」

「勇者様、この方をご存じなのですか?」


司教に聞かれ、アレンは眉を寄せたまま数秒考えた。やがて何かを思い出したらしく、ぽんと手を打つ。


「ああ! セイルじゃん! 荷物持ちの!」

「はい」

「何でお前が大聖堂にいんの?」


五年ぶりの再会は、それだけだった。アレンの後ろからは女剣士や聖女、魔法使い、それに数人の取り巻きも部屋へ入ってくる。セイルが知っている顔もあれば、追放された後に加わったらしい知らない顔もあった。


その時、長椅子の方から小さな声がした。


「……とうちゃん?」


アレンの大声で目を覚ましたらしい。ルウが白い布を抱いたまま身体を起こし、眠そうに目を擦っている。


「起こしちゃったか。ごめんな」

「ん……」


セイルがそばへ行くと、ルウは安心したように服の裾をつかんだ。それから知らない人間が増えていることに気づき、アレンを見上げる。


「とうちゃん、このひとだれ?」

「昔、一緒に旅をしていた人だよ」


アレンの表情が止まった。ルウは当然のようにセイルの脚へくっついている。柔らかな金色の髪、大きな青い瞳、それに五歳ほどの年齢を見て、アレンはもう一度セイルへ顔を向けた。


「……とうちゃん?」

「おい。そのガキ、何歳?」

「五歳です」

「五歳……?」


しばらく考え、ようやく何かが繋がったらしい。


「あれ? ……お前、そのガキ、もしかしてあの時の?」

「ルウです。五年前、勇者様から預かった子ですよ」

「ああ! やっぱり! いたな、そんなの!」


アレンは笑いながら手を叩いた。部屋の空気が、一瞬だけ静まる。


セイルは何も言わなかった。五年間、手紙もなかった。金も送られてこなかった。顔を見せることすらなかった男に、今さら何を言ったところで過ぎた時間が戻るわけではない。


ルウだけが、よく分からない顔で二人を見比べていた。


「とうちゃん、このひと、ルウのことしってるの?」

「……昔、少しだけな」


どう説明すべきか迷っていると、司教が口を開いた。


「勇者殿。ちょうどよい機会かもしれません。こちらのお子さんについて、非常に珍しい徴が確認されておりまして」

「あ? このガキが?」


アレンはそこで初めて、ルウを値踏みするように見た。胸に抱いている白布にも視線は通ったが、特に何の反応も示さない。ただの子どもの寝具としか思っていないようだった。


司教は机の上に広げた古文書へ手を置いた。


「ルウ君には通常では考えにくいほど強い聖力があります。町の教会だけでなく、この大聖堂でも数百年間ほとんど反応しなかった古代の聖具が、彼に反応いたしました」

「へえ」

「そして先ほど、もう一つ大きな発見がございました。ルウ君がお持ちの、その白い布です」


アレンが白布を見る。


「これが何だよ」

「失われた最高位聖遺物、《聖骸布》です」

「……は?」


今度は明らかに反応した。


「聖骸布って、あの伝説級のやつ?」

「ええ。数百年前に失われた、初代聖王ゆかりの聖遺物です」

「それが、その布? マジで?」


アレンは目を見開き、改めてルウの抱えている白布をじろじろと眺めた。


「何でそんなもん、そいつが持ってんの?」

「勇者様と旅をしていた頃、遺跡から持ち帰った荷物の中に混じっていたんです。当時は誰も価値が分からず、不要品の中に入っていました」

「遺跡?」


アレンは少し考えたが、思い出した様子はなかった。自分の子どものことすら今さっきまで忘れていた男なのだ。五年以上前に拾った、価値がないと思っていた一枚の布など覚えているはずもない。


「まあ、いいや。じゃあ俺らが取ってきた物なんだろ?」

「そういうことにはなりますが」

「だったら元々俺のじゃん」


ルウが白布をぎゅっと抱きしめる。


「これ、ルウのだよ」

「は? お前が決めることじゃねえだろ」


ルウが少し怯えたようにセイルへ寄ると、司教がすぐに口を挟んだ。


「勇者殿。《聖骸布》の扱いについては、今この場で決めることではありません。それよりも、私どもが気にしているのはルウ君自身なのです」

「ああ。そういや入ってきた時、聖王とか言ってたな。何それ?」


司教は一度セイルを見てから、慎重に答えた。


「まだ断定できる段階ではございません。ただ古い記録には、幼い頃から聖具が自ら反応し、傷ついた者を無意識に癒した存在についての記述が残されております」

「それが聖王?」

「伝承では、そう呼ばれております。ただし千年以上前の記録です。ルウ君がそうであると決まったわけでは――」


アレンは最後まで聞いていなかった。改めてルウを上から下まで眺め、にやっと笑う。


「へえ。じゃあ、めちゃくちゃ使えるじゃん」

「……勇者様?」

「だってそうだろ? 俺が勇者で、息子が聖王かもしれねえんだろ? 最強じゃん! こいつ、回復もできるんだろ?」


司教が「治癒に似た力は確認されていますが」と答えると、アレンは嬉しそうに手を叩いた。


「ならちょうどいいわ。次の遠征に連れてく。俺が前で戦って、後ろからこいつに回復させりゃ楽勝だろ!」

「勇者様。ルウは五歳です」

「だから?」

「五歳の子どもを戦場へ連れていくことなどできません」


あまりにも当然のように返され、セイルは一瞬言葉を失った。アレンはそんな反応を気にも留めず、「俺がいるんだから死なねえよ。世界最強の俺のそばが一番安全だろ」と言い放つ。


「そういう問題ではありません」


セイルはルウを自分の後ろへ寄せた。相手は七つの神力を持つ勇者だ。本気で怒らせれば、自分など一瞬で殺される。それくらい五年前から嫌というほど分かっている。


それでも、ここだけは退けなかった。


「勇者様。申し訳ありませんが、ルウを戦場へ連れていくことには同意できません。この子はまだ五歳ですし、そもそも力を使うための道具ではありません」

「……は? 今、俺に逆らった?」

「逆らいたいわけではありません。ただ、ルウのことですから」


アレンの笑顔が消えた。


「つーかさ、お前が決めることじゃなくね? そのガキ、俺の子だろ?」


ルウが小さく瞬きをする。アレンは自分の胸を親指で指した。


「俺が本当の父親なんだよ。五年くらい面倒見てくれたのは、まあ助かったけどさ。もういいだろ。セイル、そのガキ返せよ」


あまりにも軽い言い方だった。ルウは不安そうにセイルの服を強くつかみ、「とうちゃん……」と小さく呼ぶ。セイルはその手へ自分の手を重ねた。


「大丈夫だよ」


そう言ってから、アレンを見る。


「勇者様。血が繋がっていることは否定しません。ただ、五年間この子を育ててきたのは俺です。それに、ルウは物ではありません」

「だから俺の子だっつってんだろ。おい、ガキ。分かったならこっち来い」


アレンが手を伸ばした。


ルウはその手を見て、それからアレンの顔を見た。最後にセイルを見上げ、戸惑った声で尋ねる。


「……このひとが、おとうさんなの?」

「血の繋がったお父さんは、この人だよ」


セイルは嘘をつかなかった。


ルウの顔に戸惑いが広がる。


「……とうちゃんじゃないの?」

「俺はルウのとうちゃんだよ」


その言葉を聞いた瞬間、ルウは少し安心したようにセイルの服を握り直した。


アレンが苛立ったように舌打ちする。


「だからややこしいんだよ! 俺が本当の父親だって言ってんだろ。ほら、こっち来い」

「……やだ」

「は?」

「とうちゃんといる」


ルウはセイルの後ろへ半分隠れた。


「だからそいつは本当の父親じゃねえって!」

「やだ!」

「何がやだだよ!」

「このひと、しらないもん!」


怒鳴られるたびにルウの肩は震えた。それでもセイルのそばから離れず、目に涙を浮かべたまま必死に言葉を続ける。


「ルウ、このひととあそんだことない。ごはんもたべたことない。だっこもしてもらってないもん!」

「だから今からやりゃいいだろ!」

「やだ! とうちゃんは、ずっといっしょだったもん!」


ルウはセイルの脚へ両腕でぎゅっと抱きついた。声は震え、涙がぽろぽろと頬を流れていく。


「ごはんもいっしょ。ねるときもいる。かみなりのときも、ぎゅーしてくれたもん。ルウがびょうきのときも、ずっといたもん! とうちゃん、ずっとだっこしてくれたもん!」


一歳二か月の頃、高い熱を出したルウをセイルは朝まで抱き続けた。ルウがどこまで覚えているのかは分からない。それでも、あの夜に感じた安心だけは、小さな身体のどこかに残っていたのかもしれなかった。


アレンは露骨に苛立った。


「五歳のガキに何が分かんだよ! 血が繋がってんのは俺なんだぞ!」

「わかるもん!」

「何がだよ!」

「とうちゃんだもん!」


ルウはセイルへ、もっと強くしがみついた。


「ぼくのとうちゃんは、このひと!」


部屋が静まり返った。


アレンの後ろにいた取り巻きたちまで、気まずそうに視線を逸らしている。アレンだけが、みるみる顔を赤くしていった。


「……ふざけんなよ。俺が父親だっつってんだろ!」


突然の怒鳴り声にルウの身体が縮こまる。セイルはすぐに一歩前へ出て、ルウを背中へ隠した。


「勇者様。大声を出さないでください。ルウが怖がっています」

「お前がそうやって変なこと吹き込んだからだろ! じゃなきゃ俺の子が、お前なんかをとうちゃんって呼ぶわけねえだろ!」

「何も吹き込んではいません」

「だったら何でだよ!」


五年間育てたからだ。それ以外に答えなどないが、今のアレンに何を言っても届かないことも分かっていた。


「勇者様。今日はもうお帰りください。お互い落ち着いてから、改めてお話を――」

「誰に命令してんだよ?」


アレンの手が腰の剣へ伸びた。司教の顔色が変わる。


「勇者殿。ここは大聖堂です。剣から手を離してください」

「うるせえよ!」


アレンが怒鳴り、そのまま剣を抜いた。鋭い金属音が部屋へ響き、セイルは反射的にルウをさらに後ろへ下がらせる。


「勇者様。本気でおっしゃっているのでしょうか」

「あ?」

「五歳の子どもの前で剣を抜くおつもりですか」

「別にガキを斬るなんて言ってねえだろ。邪魔してんのはお前だよ」


剣先がセイルへ向けられた。


「どけ」

「できません」

「お前さ、自分が誰に逆らってるか分かってる?」


セイルは喉が乾くのを感じた。怖くないはずがない。目の前にいるのは、騎士団ですら敵わない怪物だ。だが背中では、ルウの小さな手が服を握って震えている。


「分かっています」

「ならどけよ」

「できません」

「逆らうなよ。殺すぞ?」


セイルは一瞬だけ息を呑んだ。それでも、ルウの前から動かなかった。


「……ルウを連れていくというのであれば、どけません」


アレンの顔が歪んだ。


「チッ。だから、逆らうなって言ってんだろ!」


剣が振り上げられた。


セイルには、避けることすらできなかった。


銀色の刃が、一瞬で視界を走る。


ズサッ!


「……っ!」


左肩から胸元へ、灼けるような痛みが走った。セイルの身体が大きくよろめき、裂けた服がみるみる赤く染まっていく。


「とうちゃん!?」


ルウの悲鳴が響いた。


セイルは倒れそうになる身体をどうにか踏ん張り、傷口を手で押さえた。だが指の隙間から赤い血が溢れ、ぽた、ぽた、と白い床へ落ちていく。


「だ、大丈夫だ……ルウ。大丈夫だから」


「とうちゃん……?」


ルウが駆け寄った。震える手でセイルの服へ触れた瞬間、小さな手のひらまで真っ赤に染まる。


セイルは笑おうとした。


「大丈夫だよ」


けれど、肩から流れる血は止まらなかった。


ルウは赤く染まった自分の手を見つめたまま、動かなかった。


「とうちゃん……ち、いっぱい……」


震える声だけが、大聖堂の静まり返った部屋に響いた。


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