8話 フィクションではない世界
あの日から、俺は魔法に対する一種の研究のようなものを始めた。来る日も来る日も、机に向かい、時にはテラスや温室などで向かうこともあった。
そして、その数ヶ月後──
パーンと破裂音と共に鮮やかな紙吹雪が舞う。その紙吹雪を被り、唖然とする。
「おめでとうございます!」
沢山の使用人や騎士達がズラリと並んで口を揃えてそう言った。
今日も今日とて、変わらず机に向かって作業をしようとしていたところをミアに呼ばれて、言われるがまま着いて行くと屋敷の別館に着いた。扉を開けると突然の賑やかな紙吹雪と綺麗な装飾がされたパーティ会場。
目を点にして、左右を見渡す。少し離れたところに両親が居て、両親はクスクスとこちらを見て笑っていた。その姿を見て思い出す。
『…(あ、今日はギルバートの4歳の誕生日か)』
今では、紛れもない自分自身のことであるのにまるで他人事のように感じる。この世界に生まれてから経った4年で色々なことがあった。生まれて、赤子から始まり、3歳には偶然なのか…謎の美しい花に触れて前世の記憶の1部を取り戻した。それからというものは忙しない日々が続いていた。前世と今世の激しいギャップと謎の声帯の不調や個性豊か過ぎる家族や親戚。お陰でギルバートの誕生した日すら忘れかけていた。
両親に手招きされて、舞台へと登壇する。父はここ数ヶ月で随分と大きくなった母のお腹を撫で、もう片方の手で俺の肩にその大きな手を添えると沢山の使用人と騎士達を前にして言った。
「今日は我が息子、長男のギルバートの4歳の誕生日だ。今年は新たな家族が増え、そして今日…ギルバートはまた1つ成長した。このめでたい出来事をもって、今日ここで息子、ギルバートの誕生日パーティ兼我が妻ディアンヌの妊娠を祝おうぞ!」
その言葉と共に一気に会場は賑やかになる。沢山のご馳走とカラフルな装飾のある会場に主従の関係さえも、忘れさせるかのように同じように今この瞬間を同じ空間で祝っている。物語や歴史の過去にある貴族社会ではこうはなっていなかったはずだ。けど、目の前では確かにその状況が繰り広げられている。
微かに心の奥が暖かいような感覚がする。
「ギル」
呼ばれて振り返るとそこには両親とミアが立っていた。母と父が二人で支えるように1つのリボンが結ばれた箱を俺の方に差し出した。
『(誕生日プレゼントか…)』
受け取って、暫くジッと箱を見つめる。これは直ぐに開けてしまっても構わないのだろうか…この世界では直ぐにプレゼントを開けることが非常識だったりしないだろうか。恐る恐る両親の顔を見ると、ゆっくりとこちらを見て頷いた。
リボンの紐を掴んで、引っ張るとスルスルとリボンが解けていく。解けたリボンをミアに渡し、箱に手をかける。箱を開けると中にはキラキラと輝く小さな黒の宝石が視線を奪う。中身をソッと取り出すと、それは黒のベールのようなものだった。
「それは遠方の国では厄除けなどとして、王族や上級貴族に使われるものでな。フェイスベールというらしい」
両親が用意した、という割に意外なデザインだった。この世界の貴族のドレスやアクセサリーは鮮やかで派手な宝石をあしらったものが多く、それが貴族としての権威のようなものの象徴にもなる。両親はどちらも純貴族の血を引く人達だ。てっきり、そんな物が貰えると思っていたがそうでもなかったらしい。
「ギルは1、2歳の時から…派手な服装や派手な装飾で自分を着飾るのが好きそうじゃなかったからなぁ!」
「本当なら、もっとこの国の貴族らしいものをつけて欲しかったけれど…無理にするのも心苦しいから。」
貰ったベールを口元に当てて、紐を結ぶ。ベールの布に触れる。それを身に付けていると、どこか酷く安心するような感覚がした。
この家はとても暖かくていい場所だ。いい人が沢山居て、みんな優しく接してくれる。でも、みんながみんなそういう訳では無いし、善人の全てが善な訳ではない。
前世の記憶を思い出し、会話がままならなくなって1年。時折、屋敷内で憐れむような言葉が聞こえてくる。中にはそんな障害持ちで次期当主の座は、本当に相応しいのか。そんな話が嫌でも耳に入った。
でも、別に気にしちゃいなかった。そんなことよりも、夢中になることがこの世界には沢山あって、それにただ向き合うだけの毎日を過ごした。
『…(ずっと気付いていたけど)』
気付かないようにしていた。別に気にしてないということが嘘では無いが…どこか悲しい感情があるような気がした。それはまるで、ただの4歳の小さな少年が抱くような、あまりにも小さな悲しみだった。
前世の記憶が、経験が、感覚がある。だから、自分はそんなものには動じない。制御できる、そう思っていたけど
『(思い違いだったらしい)』
物語だけと思っていたこの世界は、想像の何倍も現実味があって、そう上手くは行かない。けれど、そんなところが面白いと思う。
ずっと、魔法や魔物や貴族という馴染みのない存在に現実味が持てず、それらは興味の対象でしかなかった。でも、今なら分かる。目の前に広がる数々の人達がギルバート・ロビルアートという少年を、男をこの現実で祝福していると。




