5話 騎士団長様は変人?
砂埃が舞い、木のぶつかり合う音や野次馬の声が響く。ここ、訓練所では何人もの公爵家専属の騎士達が鍛錬を重ねていた。
無意識のうちに1歩ずつ、訓練しているところへ足が進んで行く。軽装で筋トレや素振りに励む騎士や手合わせを行う騎士達。辺りはやけに暑苦しいように感じられた。
「ギルバート様は危ないので、少し離れたところで見ましょうね〜!」
そう言って、半ば強制的にミアに少し離れたところへ連れて行かれ、ベンチに座らされた。ミアはその横に立つと、ニッコリと笑った。
バタバタと忙しない足音が聞こえ、音の方を見るとそこには布を肩にかけた大柄の褐色肌がよく目立つ男が立っていた。俺と目が合うと、急いで膝をつき息切れしながら口を開いた。
「ご、ご子息様が……!こ、こんなところにいらっしゃる…とは…」
男がそう言うと、訓練をしていた騎士達が皆揃って雷に撃たれたかのように固まる。
「ギルバート様は今、屋敷内を私と冒険中なんです!ここが最後なんですよ〜!」
ミアがそう口にすると、訓練をしていた騎士達が物凄い速度で俺の前にザッと移動すると綺麗に整列し、敬礼した。
目の前に自身の何倍か、大きい身体が沢山並び、思わず圧倒される。
(こ、公爵家って凄いな…)
以前から、公爵家は王族の次に偉い最上級の貴族だとは言われていたが余り実感が持てていなかった。だが、騎士達のこの反応で改めて、自分は上の立場の人間だと痛感する。
「このような装いをお許しください。私は公爵家直属騎士団副団長、グレンと申します。」
グレンは膝をつき、胸に手を当てて頭を下げた。その男…グレンの言動や騎士達の態度を見て、少し驚く。顎に手を当てる。
(騎士ってこんなに堅苦しい感じなのか…)
微かな前世の記憶でも、確かに騎士と言われるとかなり堅苦しいというか…こう上品で高貴なイメージがあるので意外かと言われればそうでもないのだが、実際にこうして目にしてみると色々と感じるものがある。
プルプルと頭を下げたままの副団長グレンが恐る恐る、そのまま口を開けた。
「あ、あの…」
そう喋りかけた時に奥から、足音と共にどこか自信に満ち溢れたような男の声が響く。
「いつまで俺の甥に頭下げてんだ〜?さっさと顔上げろグレン。そして、副団長の身でオドオドすんな…俺の格が落ちちまうだろ」
そう言って、現れたのは細身の少々華奢な男だった。男は間違いなく、騎士の正装をしていて、胸元にはゴールドの公爵家直属騎士団団長を示すバッジが輝いていた。
「俺様はこの騎士団の団長。セドリック・ロビルアートだ…は・じ・め・ま・し・て、俺の可愛い可愛い甥っ子坊ちゃん?」
そう言って、俺の前で先程の副団長とは打って変わって俺の隣に座ると背もたれに肘をついて、こちらを見てニヤリと笑った。
俺の叔父…セドリックと名乗るこの貴族らしからぬ男は他の騎士団員達を見るなり、一人で爆笑し始める。
「ははっ!お前ら、普段そんな真面目ちゃんじゃねーだろ!こんな時にだけきっちりしやがって…ほら、散った散った!さっさと鍛錬に戻りやがれ」
セドリックは騎士団員に向かって、手の平を仰いだ。その言葉で騎士団員達は各々の鍛錬へと戻っていく。そんな騎士団員達の一部にセドリックは一言ずつ、変わった声がけをしていく。
「よぉ、今日も相変わらずのアホ面だな!」
「あれれ〜?ピーター、あのイカしたボロ雑巾…じゃなくて、タオルはどうしたんだ?」
「あ、お前は今日は走り込みな。持久力なさすぎんだよ」
立ち上がって、騎士団員に声をかけるセドリックを横目に遠い目をしたグレンがボソッと小声で言う。
「…いや、団長が1番騎士団の規律を乱してるんですけどね。」
そう言って、額の汗を布で拭いながらどこか遠くを悲しげな目で見つめた。
(…この人、絶対苦労人だな。)
なんて思いながら、俺は初めて会った叔父の後ろ姿を見る。俺の父譲りの黒髪と同じ髪色、黄色の目と微かに父と似た顔のパーツ。俺の叔父というのは間違いなさそうだ。
ジッと見つめていると、セドリックがこちらに顔だけ向けると不敵な笑みを一瞬浮かべると突然、姿が消える。辺りを見渡しても、姿は無く、一体何が起きて…?そう考えていると、頭上から白い革手袋を着けた手が出てきて、俺の目を覆う。
「残念、正解は後ろだ」
いつの間にか後ろに居たセドリックが俺の耳元で、そう言った。
『ぇ彡○"☆✗▷ゞ!?』
突然、現れたセドリックに俺は驚いて椅子から落ちてしまう。俺が落ちた瞬間にミアが物凄い形相で近くに来ると、直ぐに俺の身体のあちこちを見回し始めた。
「この美貌をジーッと見つめるなんざ…お前、俺の甥っ子ながら罪な男だなぁ!はっはっは!」
そう言って、大きな声で笑い始めた。その横で副騎士団長のグレンは俺を見つめて、かなり動揺しているようだった。その動揺しているグレンの背中をセドリックが力強く叩いた。
「見ろよ、この俺の甥っ子を…流石だな!もう俺の魅力が分かってやがる!はっははは!」
その叩かれた勢いでグレンは力尽きたようで、泡を吹いて地面に倒れてしまった。
『○彡"ゞ"☆▷ー!!(副団長ー!!)』
俺の大きな叫びが訓練所に響いた。
騎士団の鍛錬が再開し、また訓練所には木剣同士がぶつかり合う音など様々な音で騒がしくなった。
少し離れた訓練所の建物の屋根がある場所で、鍛錬をする騎士団員達を遠くから見ていた。剣と剣がぶつかり、汗を流す。そんな光景がより一層、ここは異世界だということを強く意識させる。
「んで…?聞いたぜ。お前、喋れねーんだってなぁ?で、医者に診てもらったけど治るどころか…原因すらも分かんねーとかなんとか…」
医務室に副団長グレンを送り届け終えたセドリックが後ろからやってくるとそう言った。その言葉に俺は頷く。目を細め、俺の顔をジッと見た。
「ふーん…まぁ、そんなことは些細なこった。俺みたいな貴族の長男でさえないヤツでも、こうやって無事に職につけてんだから。長男のお前はどうとでもなるさ」
暫くの沈黙が2人の間で流れる。
剣、騎士団、魔物討伐。この異世界にとってはあって当然の存在だ。けど、前世の僅かな記憶を持った俺は未だに実感が湧いていなかった。ただでさえ、屋敷から出る機会すらないのだから尚更だ。
無意識に騎士団達の木剣の剣先をジッと目で追いかける。
「それに──…って、お前…なんだ?剣術に興味があんのか?」
俺の目線の先に手合わせをする騎士達が居たことに気が付いたのか、そう言った。俺はその言葉に直ぐに頷いた。
剣術…前世には有り得なかった、もはやフィクションだけになっていた技術。そんなものに興味が湧かないわけがなかった。
「そうか…んじゃ、ほらよ!」
そう言って、近くの建物の壁際に並べられていた木剣を1つ手に取って、俺の目の前に投げ落とした。そして、指先で木剣を指すと、お手並み拝見…とでも言うかのように口元に手を当てて、ニッコリと笑った。
(うわ…悪い顔。騎士団の団長として有るまじき表情してるよこの人…)
ため息をつきながら、目の前の剣へと近付く。木剣は3歳児の足と比べるとやはりかなり大きくて、迫力があるように感じる。一度、深呼吸をしてからソッとしゃがむ。剣の柄に手を伸ばし、剣を握り、勢いよく力を入れて持ち上げた…はずだった。
剣はビクともせず、地面に倒れたままだった。俺の顔が段々と赤く染っていく。力が尽きて、手を離すとその勢いで後ろに倒れそうになる。すると、ソッと隣から手が伸びて来て、俺の背中を支えてくれた。
「おいおい…危ねぇじゃねぇか。これだけのことで、そんな真面目ちゃんになんなよ」
そう言って、背中をバシバシと叩くと地面の剣を手に取って、元の場所へと戻した。何やら、奥で剣の手入れをしている団員を呼ぶと少し会話をしてからその団員が去って行く。
そして、暫くするとその団員が何本かの変わった小さな剣を持ってきた。それをセドリックが物色するように一つ一つ見ていくと、1つの剣を手に取った。
「あ〜…?そうだな……コレだな!」
そう言って、掲げたのは赤と黄色と青の如何にも子供の遊び道具のようなおもちゃの剣だった。セドリックはこちらを向くと、それを俺に差し出した。
(嫌なんだけど。……いや、なんで騎士団におもちゃがあるの?)
俺が渋っていると、セドリックは強引に俺の手首を掴むと俺の手の中に剣を強制的に握らせた。そして、俺の前にしゃがんで俯いた。俺の肩にソッと手を置くと、顔をゆっくりと上げて満面の笑みで言った。
「…お前に剣術は早い。ガキのうちはそれで我慢してな!」
そう言うと、セドリックは手馴れたようにウィンクをした。一度黙ってから、笑顔で言うところが改めて父の弟だと言う確実な証明になった。
そんなセドリックに対し、苛つきを感じた俺は躊躇わずにその剣でセドリックの頭を叩いた。
「いって…!仕方ねぇだろ?まだ3歳のお前に剣なんて握らせたら、俺が兄貴に小言言われんだよ」
セドリックは自身の頭を撫でながら、立ち上がる。そして、自身の腰にある剣の鞘を撫でながら真剣な眼差しで口にした。
「剣を持てるようになったら、また来い。その時はこの騎士団長様が直々に次期当主のお前の剣術を指南してやるよ!」
そう言って、セドリックは不敵な笑みを浮かべた。




