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4話 公爵家の庭園探索

書庫に入ると、眩しい光が俺を出迎えた。思わず、腕で顔を覆い隠す。ゆっくりと前に歩きながら、腕を退かすと正面には大きな窓ガラスが1つだけ堂々とそびえ立っていた。

吸い寄せられるように、俺はその窓へと足を運ぶ。抱えてきた分厚い図鑑を窓辺に置いて、窓の縁へと足を上げて、乗り出す。窓の先には、花壇や綺麗に整えられた草木や奥には温室やテラス、さらに訓練所では鎧を身に着けた人達が訓練をしていた。外をジッと見つめ、ふと思う。


『……(馬鹿デカイなこの屋敷!?)』


窓に張り付いて、更にジッと外を見つめると温室のすぐ近くには噴水や畑、洗濯物を干す使用人達…訓練所の隣には、馬小屋や倉庫のような建物まであるのが見えた。

公爵は爵位の中でも王族の次に上位なのは聞いてはいたが、ここまでのものなのかと圧倒される。ここまでの豪邸だともはや、ここが1つのリゾートホテルだと言われたら納得してしまいそうだ。

外を観察していると、書庫の扉が突然開かれた。そして、その先からは父とミアが飛び込むように勢いよく部屋へと入ってきた。


「ギルー!!お父様が来たぞー!」

「ギルバート様〜!私が読み聞かせしましょうか〜!?」


そう言って、2人はこちらにやけに上機嫌で歩いてくる。父は俺を見ると、言った。


「ん?ギル…外を見てたのか?」


その言葉に俺は頷くと、俺のすぐ隣にやって来て、窓の先を見た。そして、突拍子もなく、俺の頭を雑に撫でた。大きな声で豪快に笑うと父は俺の肩に手を置くと言った。


「そうか…お前はまだ外に出たことはなかったな。そろそろ出してやるべきか……お前は外に出たいと思うか?」


父のその問いに俺はすぐさま頷いた。それはもう必死に首を縦に振った。父は必死な俺の様子にクスッと笑うと、俺の肩に手を置き、満面の笑みを浮かべた。


「無理だ!ディアンヌから2週間は絶対に禁止にしろと言われている。」


そう言って、愉快に片手でグッドマークを作った。


(なんで聞いたんだよ!?)


やけに清々しいような爽やかな笑顔で言われた俺は思わず、心の中でそう叫んでしまう。

ディアンヌは俺の母で、父と違ってしっかり者の常識人だ。父はそんな母には頭が上がらない。家族のこととなれば尚更だ。


(つまり…屋敷外に出るにはまずは母上を攻略しなければいけないってことか。)


俺が考え込んでいると、父が静かに口を開いた。


「お前が外に興味があるのは分かっている。だが、お前は公爵家の次期当主であり…その前にまだ3歳だ。そう急ぐ必要もないんじゃないか?」


珍しく、親らしい言葉を口にした父は優しく暖かい…そして少しかっこよく見えた気がした。


「……2週間したら、また前向きに考えてやる。…ま、まぁ…母さんから許可が取れればだけどな…」


そう言って、目を逸らす父の姿はさっきの父親としての威厳やかっこよさが微塵も感じられなかった。

さっきの言葉、前言撤回したいかもしれない。


そんな父の少し後ろではミアがハンカチで目元を拭いて、感動泣きしているような大袈裟な反応をしていた。


(今のどこに感動要素があったんだよ……)





翌日の午後──


「そしてお姫様と王子様は末永く幸せに過ごしましたとさ…めでたしめでたし!」


そう言って、パタリと絵本が閉ざされる。俺はミアの膝の上でぐったりとしていた。上からミアが俺を見ると口を尖らせて言った。


「ギルバート様、どうしたんですか?そんなに頬を膨らませて…いくら膨らませてもただ可愛いだけですよ〜!!」


そう言って、俺の頬を何度もぷにぷにと触る。

俺は不機嫌…というかこの状況に呆れていた。だって、だって…普通……


(男児にお姫様の恋愛物語を読み聞かせするか!?)


勝手に男児にする異世界の読み聞かせの相場は勇者と魔王の物語だと決めつけてしまっていたのかもしれない。

俺が一向に反応を見せないのを察したのかミアが俺の脇に手を入れて持ち上げた。自身の両腕を伸ばして、俺の顔を真正面で見つめる。


「もう…仕方ないですね。ギルバート様は読み聞かせが余りお好きではないようですし、今から私と冒険しに行きましょうか!」


そう言って、ミアは手馴れた様子でウィンクをした。




編まれた帽子に水色のリボンが巻かれたやけに可愛らしい麦わら帽子を頭に被せられると、ミアに抱えられて屋敷の建物から出る。


(俺…子供とは言え、一応…男なんだけどな)


「じゃじゃーん!ほら、見てください!綺麗なお花がいっぱい咲いてますよ〜」


建物の中から出るとそこには沢山の花壇と綺麗に咲く花々が広がっていた。水を与えられたばかりで花弁につく水滴が太陽の光に照らされて、キラキラと輝いていた。

外を歩いていると、少し離れたところに1人の老人を見つける。手にはハサミが握られていて、暑い日差しの下で作業しているようだ。


「あの方は庭師のパーカーさん!ギルバート様のお父様が子供の時から居る超スーパーベテラン庭師さんなんですよ〜!」


ミアがそう大きな声で言うと、こちらを見た。目が合うと、顔の皺をくしゃと寄せてゆっくり頭を下げてからふわふわと控えめに手を振った。俺はすぐさま、手を振り返した。

庭師のパーカー…なるほど、名前を覚えておくことにしよう。父の幼少期から居る屋敷の人間なんてそうそう居ないし、母について何か知っているかもしれない。なんて考えながら、また歩き出した。少し歩くと、先に小さなテラスとテラスでお茶をする優雅な母の姿を見つけた。母の方へと近付くと、母はカップを机に置く。


「ギルがテラスに居るだなんて…珍しいこともあるものね。」


そう言って、机の上から1枚クッキーを取って口にした。近くに居た母の使用人の執事が何も言わずに母の正面の席をソッと引いて、手の平でそこを指し示した。ミアは俺をゆっくりと椅子に座らせると、1歩後ろに下がったところで立った。

執事が皿を用意して、そこに2枚のクッキーと小さなケーキを置く。俺の目の前にソッとフォークを置くと、手馴れた手付きで膝の上にナプキンを置いた。


クッキーを手に取って、口にすると甘く優しい味が口の中に広がる。心做しか、そのクッキーから花の甘い匂いのようなものが感じられた気がした。

母が偶にテラスでこうしてお茶をしていたのは知っていたが、実際に母がそうしている姿を見るのは初めてだった。


「ギル、最近体調はどう?」


母の空になったカップに執事が何も言わず、自然に紅茶を注ぐ。

俺はその言葉に俺は手で拳を握り、親指を立てて見せた。母は俺のその様子に微笑を浮かべると嬉しそうに目を伏せた。


母の紅茶のカップにミルクが注がれて、ソッと母の前にカップが差し出される。


「…それなら良かったわ。ギル…貴方の声のことだけれど…」


ゆっくりと母が口を開く。静かで穏やかなテラスを風が通る。母の長い髪がふわりと揺れて、冷たい風が頬にぶつかる。

角砂糖の入った鮮やかな装飾の瓶の蓋を母はソッと開ける。


「治せそうにないの。ごめんなさいね…」


そう口にした母の表情は俯きがちで上手く見えなかった。けれど、そう言った母の身体は俺と比べれば大きいはずなのにどこか小さく見えた。

そう言うと、母は瓶の中から角砂糖を1つ…また2つと紅茶の中に入れた。


「直ぐに治すことは出来ないわ。でも、私達は変わらず治せる方法を探すつもり…だから、貴方は──」


また1つ、ポチャンと角砂糖が紅茶の中に落ちる。


「貴方のやりたいことをやりなさい。」


ポチャンと小さな水音が鳴る。


「いいわね?」


そう言って、ポチャンとまた音が鳴る。

ティースプーンを手に取って、ぐるぐると上品な手付きで紅茶を混ぜる母。母は真剣な眼差しで俺を真っ直ぐ見つめていた。


母の真っ直ぐな視線に貫かれる…ことはなく、俺は母の手元が気になって仕方がなかった。

母が息子の俺に対して、ちゃんと向き合ってくれているということは伝わった。そして、大真面目な雰囲気だと言うことも…だが、にしても…手元が気になって仕方がない。


(どんだけ甘党だよ!?)


ミルクだけで留まらず、角砂糖5個か6個は入れていた。





母と別れ、俺は引き続きミアと共に庭を散策していた。


「ギルバート様、次はここです!」


そう言って、ミアに案内されたのは温室だった。

角ついた円形の建物の壁はガラスになっていて、中には沢山の緑が壁を埋めつくしている。所々小さな花が咲いていて、それはもう見事に咲いていた。

ミアと共に温室の中に入ると、中には見たことの無い珍しい植物が溢れかえっていた。棘が何本も生えたおぞましい見た目の花から、水が花の形を象ったようなものまで多種多様な花があった。広い温室の中を見て回っていると、部屋の奥に一瞬だけ見覚えのある花が見えた気がした。


『あ✗彡ゞ…!(あれは…!)』


身体を乗り出して、手を伸ばす。ミアが驚いたように声を上げると直ぐに俺を手でソッと押さえ込んだ。


「ちょ、ギルバート様!?どうしたんですか、危ないですよ〜」


花の方を指差すとミアは首を傾げながらも、その方向へと歩き出した。近くでミアに下ろしてもらうと、花へと1歩ずつ近付いて行く。

その場所は他の植物の影で隠れており、他と比べ少し薄暗くなっていた。植物の葉の隙間から僅かな光を頼りに花は咲いていた。花の花弁は白く光り輝いていて、近付けば近づくほど眩しいように見えた。

手を伸ばして、近付こうとする。だが、それをミアが俺の目を隠し、花から俺を遠ざけた。


「ダメですよ〜!このお花は生物が近付けば近づくほど、眩しくなるんですよ。3歳のギルバート様だと、簡単に目が潰されちゃいますよ〜!はい、温室は危ないので次の場所行きましょうか!」


そう言って、ミアにまた抱き抱えられた。

俺はミアのその言葉に開いた口が塞がらなくなっていた。額に思わず、冷や汗をかいて震えた。


(い、異世界って…怖ぇ〜……)


にしても、あの花…探している花とよく似ているかと最初は思ったが見てみれば全くの別物だったな。

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