↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/18

3話 大事件です!

花の正体を探るべく、俺は図鑑に多くの時間を費やしていた。図鑑の中には多種多様な品種が記されており、中には燃える花や翼のようなものが生えた花など異世界特有のファンタジーを感じるものもあるようだった。

図鑑と睨めっこすること、1時間。


『あ"☆ゞ✗彡!(あ〜…もう無理!)』


両手を広げて、バタリとベッドに倒れ込んだ。図鑑を見ても、求めている花の情報は見たところ無さそうだし…何よりこの本は3歳児に対しては少し分厚すぎる。1ページ捲るだけでも、この小さな手では相当苦戦を強いられるというのに…この調子じゃあ、完全に読み切るのに1週間はかかりそうだ。

天井を見つめて、あまりに豪華で大きなシャンデリアに小さな手を伸ばす。


この世界に転生して3年。俺には、色々と分かったことがある。まず、この世界は異世界ファンタジー特有の魔法と剣の世界で魔物や魔族と呼ばれる敵対種族の存在が確かにあるということだ。

魔法、剣術。そのどちらも主に身を守る術として使われる印象が強いが、魔法はそれ以外の場面でも多く利用されているらしい。例えば、水魔法で洗濯をし、火魔法で料理を作り、風魔法で濡れた服を乾かす。

便利すぎやしないか?正直、魔物や魔王討伐なんかよりも、掃除機や食洗機として使った方がよっぽど平和的で役に立つだろうに。

だが、この世界は魔法が普及している代わりに前世で言う科学が発展していない。電子レンジやスマートフォンのような科学技術は存在すらしていない。殆どは魔力という摩訶不思議な力に頼りっぱなしだ。そんな世界で、パソコンもゲーム機もスマートフォンも生まれるはずもない。魔法技術だけは発展しているが、それ以外の文明としては中世ヨーロッパの時代ぐらいだろう。


『……』


ベッドの上で寝返りを打つ。


考えてみれば、あの花が図鑑に載っていないこと自体はそこまで意外なことでもない。前世でも、1つの図鑑に世界中全ての植物が載っているなんてことはなかった。ましてや、ここは異世界。前世よりも、その辺の技術が遅れているのだから、未発見の植物や限られた場所にしか自生しない花があっても何らおかしくない。なら…


『…✗○ゞ彡✗ぅ"☆!(…見に行こう!)』


俺はベッドから飛び降りる。


場所は確か、森の中。緩やかな丘の上辺りだったことまでは覚えている。

とはいえ、前回は馬車の中にこっそり忍び込んでいただけだ。途中の道や景色は見ていないし、正確な場所は分からない。だが、馬車が最初に休憩に入ったのは走り始めてから数十分ほどだったはずだ。


『(なら、まだ見つけられるかもしれない)』


問題は、どうやって屋敷の外に出るか…だ。




思い立ったが吉日だ。俺は屋敷内の様子を探ることにした。

書庫に図鑑を返すフリをして、両手で本を抱えながら廊下を歩く。歩いていると、廊下を掃除している使用人や通りかかった者が俺の姿を見るなり思わず足を止めた。


前回のように馬車に忍び込むのが、もう一度通用するとも思えない。だからと言って、ハッキリと両親に『外出したい』だなんて伝えても…あの心配性な両親のことだ、許すはずがない。まぁ、そもそも伝える術がないんだがな。皮肉なこった。


「今日もお掃除、お掃除〜!!…って、えぇぇぇ!?ギルバート様!?」


廊下の曲がり角を曲がるとそこには廊下で掃き掃除をしていたミアが居て、俺を見るなり箒がカランと床に倒れた。口元に両手を当てて、プルプルと肩を震わせながら此方をまるで「信じられない!」とでも言うように見つめてくる。


『……(そんな驚くことか??)』


俺が呆れているとミアが突然、物凄い速さで動き始める。ミアはいつの間にか俺の目の前でしゃがみ、俺の両肩を掴んだ。


「ど、どどど…どーしたんですか!?お、お部屋から出るだなんて……!」


そう言って、俺の肩をブンブンと勢いよく何度も揺らす。その余りの激しさに首がグラグラと揺れ、視界までぐわんぐわんと揺れる。

こいつ…3歳児の首を折るつもりか??


突然、揺れが収まったかと思えば思い出したかのように口にすると俺を置いてきぼりにして走り去ってしまった。


「ハッ、旦那様と奥様に報告しないと!!」


廊下には水の入ったバケツと箒が取り残されていた。


『✗ぃゞ…✗彡☆ゞ"(いや…片付けろよ?)』


アイツ…仮にも使用人メイドだよな??

ため息を一つ吐き、俺は何事も無かったかのように書庫へ向かった。置き去りにされた箒やらは…まぁ、ほかの使用人がどうにかするだろう。





一方、屋敷の執務室では


「どうしたものか……」


両肘を机につき、組んだ両手に顔を埋める大柄な男性は言った。ソファに座る私は紅茶のカップを手に持って、口元へと運ぶ。だが、カップを傾けたところで手が止まって、カップを口元から離す。普段なら紅茶をご機嫌で楽しむけれど、今はそう上手く紅茶が喉を通らない。


(国中の名医に話を掛けているけれど…症状を聞いた途端に断られてしまうなんて……)


部屋には重苦しい空気が広がっていて、その中で私達夫婦は頭を抱えていた。全てはロビルアート公爵家の長男、次期当主…そして私達の息子であるギルバート・ロビルアートの声の不調だった。

ギルバート─ ─ ギルは父親譲りの黒髪と紫色の瞳を持ち、私によく似た白い肌で笑う、愛らしい3歳の息子。目に入れても痛くないと思うほどの私たちの宝物だった。


そんな子が突然、喋れなくなるなんて…


『どうしましょう……まだ3歳ですのに、言葉を交わせないままだなんて…』


焦る私の肩にソッと夫が手を置く。それのお陰でハッとして、落ち着きを取り戻す。

あの日から、私達は国中の医者を回っていた。だが、お抱えの公爵家の医者よりも高い腕を持つ医者など早々居ない上に誰もが「私よりも腕のある人が見て、分からなかったのなら私には無理です」の門前払い。


『このままでは社交界や学院入学にも影響が……』

「…今はギルの身体が第一だ。家のことは私が引き受けよう。」


その言葉を最後にまた部屋の中に暫しの静寂が流れる。時計の針がカチカチと進む音だけが部屋に響いて、酷くその音が大きく感じる。


バン、とノックも無しに部屋の扉が開かれる。扉の先にはギルのお世話をよくしている使用人メイド…ミアだった。


「旦那様、奥様!た、大変ですよ!大事件です、だーいーじーけーん!!」


両手をバタバタと忙しなく揺らし、ミアはこの重苦しい静寂をいとも容易く、終わらせてしまった。ズカズカと主人の執務室に入り込んでくる。使用人として有るまじき行動だ。


『ミーアー……??貴女、主人の執務室にノックもせずにズカズカと入り込むとは一体…何事ですか??』


私は目を細め、笑みを浮かべながら彼女の方へ1歩ずつ近付く。ミアは慌てたように後退り、頭を下げた。私がため息をつくと彼女は苦笑いしながら、自身の頬をポリポリとかいた。


「あ!そ、そんなことより…!!旦那様、奥様!大事件なんですよ!!」


顔を上げ、私達に近付くと両手を広げて大きな声でそう言った。


『そんなこと……??』


私がボソリとそう口にするとミアはビクリと一瞬、肩を震わせる。旦那の方を見ると、「ミアの態度は今更だろう?」とでも言うように私を見つめていた。


(それもそうね……まぁ、でも後でメイド長に指導はみっちりして貰うことにしましょう。)


そう心の中で思いながら、ゆっくりと窓際へ移動して窓の外を見やる。外には花壇に咲く鮮やかな花々が広がっていて、少し遠いところに庭師が葉を整えているのが見えた。


「大事件なんですよ!だって…ギルバート様が!!」


その名前が聞こえた瞬間、バンッと机を叩くと音が部屋に響く。部屋の中へと身体の向きをやると旦那が真剣な様子でミアを見ていた。


「ギルに何かあったのか……??」


その言葉にミアは深刻そうな表情をして、俯いた。ミアの肩はプルプルと震えていた。私は息を飲み、ミアの方を真っ直ぐ、真剣に見つめた。


「ギルバート様が……お部屋から出られたんです!!」


暫しの静寂がまた訪れる。私達は顔を見合わせる。私は大きくため息をついて、一気に肩の荷を下ろした。ズルズルと思わず、壁に背中を預けて床に座り込む。


『はぁぁ〜………怪我をしたりした訳では無いのね…』


そんな私の反応に相対して、旦那は大きな声で叫んだ。


「な、なんだって!?!?!?」


それはもう、屋敷が揺れたのではないかと思うほどに大きな声だった。

そう言うと、机から離れてミアの方へと近付くと深刻そうな表情でミアを見つめた。ミアも同じように深刻そうな、神妙な面持ちをした。ゆっくりとミアが口を開く。


「旦那様…ギルバート様は本を抱えて、書庫へと向かっておられました。」


その言葉を聞いた瞬間、旦那は目を見開いた。そして、直ぐに口を開くと


「よし、行こう!今すぐ、行こう!」


そう言って、執務室の扉へと向かう。その後ろにに続くように移動するとミアが拳を突き上げ、言った。


「旦那様、お供しまーす!!!」

「さぁ、出発だ!」


そう言って、2人は部屋を後にした。部屋にポツンと取り残された私は大きなため息をつき、ソファに腰を下ろした。開かれた扉の先には大柄の男とメイドがルンルンで歩いていく後ろ姿が段々と遠ざかって行くのが見えた。


『はぁ〜……いい歳してなにやってるのよ…』


カチャと茶器の音が部屋に静かに響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。