17話 追いかけっこは分が悪い
書店を後にして、1冊の分厚い本を両手で抱える。
「ギルバート様、いいんですか?本当に……本なら私が持ちますよ?」
その言葉に頭を横に振って、本を抱える腕に力を込めた。ミアは少し困ったように笑うと引いてくれて、また俺達3人は歩き始めた。
さっきとは別の道を歩いていると途中にボロボロの屋台が目に入った。1人の白髪の老人の商人が色んな小さな仕掛けを持った機械のようなものを売っていた。立ち止まって、商品を見始めると大きな声が聞こえた。
「わ〜!!これ、とっても可愛いですね!しかも、こんなに格安!」
そう口にしたミアの手の中には小さな花の蕾の形をした機械だった。老人がソッとミアに手を伸ばしたので、そこに機械を置いて渡すと老人は蕾の後ろにあったネジをぐるぐると2回ほど大きく回した。するとネジは音を立て始めるとゆっくりと花弁が開き、数秒で花が綺麗に咲き誇った。その途端にパンッと破裂音がして、驚くと花の中心から一輪の本物の花が咲いていた。老人はて慣れた手つきで花を手に取るとリックの方にソッと差し出した。嬉しそうにそれを受け取るとミアの腕の中で忙しく手足をバタバタさせた。
「これ、ください!」
ミアはそう言うと手元の鞄からゴソゴソと漁ると小さな布袋を取り出した。金属のぶつかる音が微かに鳴って、袋の紐を緩めた。
その途端に建物の角から何かが物凄い剣幕と速度で飛び出した。それは一直線にミアの手元の袋を強引に奪い、そのままミアにぶつかり、足がよろけて、手が緩んで、一人の赤子が宙を舞う。
『○△彡✗✗!?』
咄嗟に声を荒げ、両手を前に伸ばした。手足に力が入って、心臓の辺りが熱くなる。突然の風が辺りを舞って、地面に鞄の中身の物が転がり、広がっていく。ミアは尻餅を着きながらも直ぐに此方を見て、俺達の無事を確認した。急なことに肝が冷えて、溜息を零すがそんな俺とは対照的に俺の腕の中には楽しそうに笑うリックが居た。
目の前を通り抜けた黒い影の先を見ると、少し離れた場所の廃れた石橋を小さな布袋を持った大きな耳の少年が走り去っていくのが見えた。フードを被っていても漏れ出てしまうピンッと針金が入ってるかのように立った三角形の耳と布の下から見えた赤茶色の毛並みが俺の興味を引いた。
気付くと俺は、リックをミアに手渡すと地面に落ちた本など二の次でその少年の方へと走り出した。
「ギル様!?!?ちょ、ちょっと…!」
ミアの珍しく混乱した声と静止を気にも留めず、ただ走り出していた。
短い足で必死に足を伸ばし、走った。目の先の少年との距離は増していく一方で到底追いつけるようには思えなかった。走れば走るほど、それは現実味を帯びていく。出来るだけ早く、1歩を大きく、前へと進む。けれど、少年の姿は小さい…寧ろさっきよりも小さく、遠くなっているように感じた。既に今の俺の力では限界が近かった。これ以上、速度を出すことは到底出来ない。足の力が緩まる。速度が落ち、その間に更に少年は遠ざかっていく。
追い付くことは不可能だ。そう自覚し、足の動きを止めようとした時だった。離れたところから、聞き馴染みのある赤子の元気な挨拶のような声が聞こえた。
「あいっ!」
声の先には息を切らしたミアと此方にそう声を上げて、小さな手の平を向けたリックが居た。リックが俺にそう手を翳した瞬間にどこからともなく、冷んやりと冷たい風が俺の背中を押した。驚いて、挙動不審に身体中を見渡した。細い黄緑の魔力を帯びた線がグルグルと俺の身体を覆うように巻き付き、それは糸のように伸びてリックの指先から揺れ出ていた。プツリと風が突然止んで、無邪気にもリックは小さな腕を大きく振って此方を見て笑っていた。
『(これがあれば…追いつけるかも)』
そう思って、心臓にソッと手を当てた。身体の中の魔力を素早く、派手に大袈裟に揺らし、動作させる。そうすることで、魔力の本来の安定したバランスを敢えて崩すことで綻びが生じる。その綻びが出来る時の衝撃を利用することで詠唱が必要だという魔法の常識を覆すことが出来た。
『(風…扇風機?いや…もっと強い何か……』
僅かな優しい風が自身の背中を撫でる。
走る速度を出すためには人間を押し出せる威力が必要だ。何を想像すれば、何に例えればいいんだ。飛行機やヘリコプター?どれもエンジンというエネルギーで動いているものばかりだ。何か良いものは……
『(そうだ。台風、ハリケーン!)』
そう思いつくと、突如自身の背から物凄い勢いの風が吹き出す。足を運ぶよりも先に風が勢いよく、俺の背中を押し出し、どんどんと建物の隙間の裏道を進んで行く。もはや走る…ではなく、飛んでいるに等しく俺の足は宙に浮き、風にただ押されているだけになる。
風は段々と速度を増し、気付くと既に先程とは比べ物にならないほどに近づいた少年の後ろ姿が見えた。少年は酷く青白い顔で焦ったようにより一層歩みを早めた。辺りは気付くと、先程の通りよりも更にボロく、薄汚れて、どこか悪臭のするようになっていた。そのまま進み、そろそろ速度を抑えよう。そう思って、魔力を止めようとした。
だが…魔力の供給自体は止まったものの、既に供給されている魔力が思ったよりも多いようでそのまま猪突猛進で進んで行く。
『(あとちょっとで…!)』
目と鼻の先に少年が居て、片手を少年の羽織るローブのフードに伸ばした。その瞬間、俺の手は空を切り、そのまま止まることなく、少年を追い越した。
「は!?!?」
少年と思わしき大きな声が耳に入る。木の古い家屋にぶつかった。物凄い衝撃で右の手の平がぶつかって、次に体が家屋の壁に当たる。その衝撃で跳ね返って、体全身を地面に打ち付け、酷い痛みが全身に走る。地面に倒れ、痛みとは裏腹に雲一つない晴天がまるで俺を煽っているかのように感じる。暫くの間、手足がろくに動かずに痛みに悶え、ジッとしていると視界の上から三角形の布が現れる。そして、次には青灰色のまるで宝石のようなものがこちらをジッと見つめていた。




