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18話 喋れない俺と読めない少年

『…これ、生きてんのか?』


目の前に地面に横たわって、目を瞑った黒髪の豪華な装飾のされた装いの餓鬼。自分よりも一回りも二回りも小柄で華奢な子供。土や埃で薄汚れた手をそれに向かって伸ばそうとしたところで手を下ろした。こんなにも大層な服を汚す訳にはいかない。もし、汚したとバレたらどうなるか分かったもんじゃない。

両手を何度も叩き、砂を出来るだけ払った。目で見た手の平にはもう目立った砂は無くなっていた。


『…よし』


そう呟いて、横たわる小さな子供に手を伸ばした。顔を少し上げて、耳を澄ませば微かに呼吸をする音が聴こえた。身の無事を確認し、ハッと肩の荷を下ろした。ふと前に教会を訪ねた医者が子供たちの瞼を下げ、光を放つ小さな宝石の揺れる紐を近付けてきた光景を思い出す。見様見真似でそこに居るそれに同じように触れた。

その瞼の下には色素の薄い紫の瞳があって、それが背中から刺す日光でキラリと輝いたように見えて、綺麗で物珍しいものに見えた。

脳裏に過去の光景が浮かび、手を離した。スラムに突如として現れた怪しい装いの商人。指先には幾つものを黄金に光る輪を付け、贅沢に肥えて肥大な身体、荒い鼻息とオレたちを舐め回すように、まるで展示品を眺めるかのように見物する男。あの男は間違いなく、悪質な奴隷商人だ。オレたち、スラムの奴らは男の発するテンプレートの言葉なもう飽き飽きだった。

「物珍しい髪色だ、お前なら高い値が付くだろう」

「なんて珍しい能力だろうか!」

物珍しい、希少、唯一、そんな一見綺麗な言葉に絆され、無様にも一滴の希望を見出してしまうことで騙され、奴隷になった何人もの同郷の奴らを見た。

「知ってるか?眼球ってのは高く売れるんだ。しかも、それが物珍しければ尚更なぁ?」

その言葉が脳裏に酷く、響き渡る。


『(これがあれば…アイツは……?)』


この眼だけじゃない。服やこの髪色、見目、肌色。これならばきっとヤツは気に入る。これがあれば何かが変わるかもしれない。

ジッとそれを見つめると、小さな呻くような声を出すとその目がゆっくりと開かれた。そしてその眼にオレが映し出され、身構えた。毛が逆立ち、尻尾がピンッと立つ。だが、目の前のソイツは何も言わず、不気味なほど落ち着いた様子で立ち上がって、埃を払った。

余りの静けさに最悪な想像を膨らませる。1歩、後退ってソイツを睨み付けた。


『…金なら返さないからな』


オレがそう口にするとソイツは目を見開いて、何やら不思議そうに首を傾げた。何も理解できていないみたいだった。

予想外だった。何故なら、オレの狙うターゲットは何時だってオレよりも足の遅い奴らのはずだったから。盗みを働くだけなら教養のない馬鹿でも出来る。だが、それが成功するかどうかは別だ。狙う奴らは女と子供。そう常に決まっていた。女は肉体的に男とは劣っていて、ヒラヒラとした動きの悪い洋服をよく着ているから。子供は身体自体が短く、判断力が鈍い。獣人のオレにとってはどちらも撒くのに適した相手だからだ。失敗したことは1度もなかった。今日、この日までは。





目の前の少年のフードが風に煽られ、落ちる。顕になったそこにはピンッと立った赤茶色の大きな耳があって、此方を酷く警戒しているようだった。


『…(これが噂の獣人族か)』


少年を見て、最初に思ったのはそれだった。顎に手を当てて、目を細めジッと見つめた。すると少年が恐る恐るといった様子で口を開いた。


「…金は返さないからな」


その言葉に呆気を取られて、固まった。空を食らったように目を見開く。数秒の間、うまく理解できなくて首を傾げた。自分はただ目の前の存在に興味をそそられ、衝動的に動いただけだ。

そして、自分がすっかり少年に金を刷られてしまっていたことを忘れていたことを思い出した。


少年は後退ると辺りを挙動不審に見渡すと、突然走り出し、近くの大きめの石を手に持った。それを掲げ、俺の方を鋭い眼で見つめた。

これはあらぬ誤解をされている気がする。まずは相手との対談を持ちかけたいところだが、残念な事にこの身体は不便で音を発することが出来ない。つくづく面倒な身体になってしまったなと思いながらも、体内の魔力を燻らせた。


_ravi de (初め) vous renc(まし)ontrer(て)_


煙が消え、宙に水の文字が浮かぶ。少年はピンッと張った尻尾を揺らし、大きく目を開いた。そして、少年はまた1歩と後退り、より一層警戒したように此方を睨み付けた。


「ま、魔法?もしかして、オレを殺すのか?」


そう少年は口にした。


『(文字が伝わっていない?)』


その一言でそう気付いた。今まで、これの力を使うことで意思疎通を測っていて、それは問題なく可能だった。だが、今思えばこれらの手段は全て『相手が文字を確実に読める』という前提条件のものによって成り立っていたのだ。


『ん"〜…(これは…参ったな。)』


呻き声を上げ、頭を抱えた。こんなこと想定していなかった為、どうするべきか。少年に向かって、笑顔で手を振ると少年は更に毛先を震わせた。少年に向かって、両手を上げると、ビクリと肩を震わせ、目を一瞬細めた。身振り手振りを使って、少年との対話を試みること数分間。その全てが空を切り、見事に逆の結末を迎えていた。暫くして、諦めがついた俺は溜息を付きながら汚れることを気にもせず地面に座り込み、俯いた。そんな俺に驚いたように目を見開いた少年はゆっくりと俺に近付いた。


「アンタ…全然喋んねぇんだな……?」


その言葉に顔を上げ、俺は右の人差し指を立てて、口元、喉を指し示した後に口元で両手の人差し指を交差させた。すると少年は少し驚いたような反応をすると、警戒心が何故か解けたようでゆっくりと俺の方へと近付いて、目の前でしゃがんだ。


「アンタ…喋れねぇの……??」


その言葉に何度も頷くと少年は小さな声で何かをボソリと呟いた。その言葉は余りにも小さくて、上手く聞こえなかった。

その途端、視界が暗くなって、突然目の前の少年が視界の上へと消えた。


「はぁ…危ねぇ事に自分から足突っ込んで、俺様の休日邪魔してんじゃねーよ。」


聞き覚えのある声が頭上から聴こえて、顔を上げた。そこには普段とは打って変わってかなり軽装な公爵家の騎士団の団長であるセドリックがこちらを大層、ご立腹な様子で見つめていた。

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