14話 ヴェルナの街
ガタガタと馬車に揺られ、数十分。窓の外から見える離れていく屋敷の姿を横目に持ってきた本を読もうと、ミアが来る前に仕込んでいた本を取り出そうとする。だが、いくら手を伸ばしても本の感触がない。慌てて、覗き込むがやはり何も無い。対面にリックと共に座っていたミアが薄ら笑いを浮かべ、言った。
「ふっふっふ…ギルバート様の考えることはお見通しですよ!!今日こそは文字を追うのではなく、しっかりと!ご自身の目で色々見ていただきますから!」
そう言うと、ミアは多弁に目的地の街について話し始めた。
今から行く街はヴェルナと言って、ロビルアート公爵家の領土随一の都市としての役割を担っていて、多くの他領や他国からの商人や旅人が行き交う商業が盛んな場所だと語った。
「大昔はこのヴェルナの街がこの国の王都だったんですよ〜!今でも名残りで、当時の王城が残ってて…今は冒険者ギルドとして役割を果たしてるんです。」
ミアがそう語っていると、馬車が止まり、馬車の扉が叩かれる。扉の窓を開けると馬車の御者とミアが言葉を交わし、直ぐにまた馬車が前へと進み出す。少し進んで、また止まると俺達を馬車へ残し、外へ出た。
街へ入るために色々と手続きが必要なようで、その間にミアが持ってきたというぬいぐるみを使って、リックと暇を潰した。
馬車の扉が開き、リックを抱え、足を運ぶ。
「ギルバート様、リック様。ここが公爵家で1番凄いヴェルナの街、ですよ!」
そう言って、両手を広げたミアの後ろには沢山の行き交う人々と活気のある店が多く並んでいた。街の中心には大きな古城が聳え立っていて、その後ろには雲一つない真っ青な空が広がって、圧巻だ。
城を遠くから見上げていると、周りからコソコソと声が聞こえてくる。
「あの馬車…くそ、貴族かよ」
「まぁ、なんて美しい小さな貴族様達」
「初めて見る貴族のご子息だなぁ」
『…(なるほど)』
聞こえてくる声は多種多様で、貴族を恨めしいと思うような若者や容姿を評価する好意的な老婦、物珍しいものを見るかのように好奇心の目を向ける商人の男。
よくある話だと平民は貴族に対して酷い憎悪や恨みを持っているものだが、この世界…いやこの街がかもしれない。そこまで民達の思想が1つに酷く偏っているわけではないようだ。
ジッと行き交う人の通りを見つめ、観察しているとボスッと上から帽子が被さって視界を阻んだ。
「はい、ギルバート様は綺麗な黒髪ですから…光を吸収しやすいので、ちゃんと日陰を作りましょうね〜」
頭の上には、暗めの食物由来の素材で編まれた帽子に紫のリボンが巻かれた帽子が置かれた。いつの間にかリックは、俺が過去に使っていた同じく編まれた明るい色の麦わら帽子に水色のリボンがついた可愛らしい帽子を身に付けられていた。
歩き出したミアの後を辿るように街の中へと歩き始めた。歩いていると肉の焼ける匂いや色とりどりの果物が並んでいたりと沢山の露店がズラリと並んでいた。
辺りを見るのに夢中になっていると、目の前に居たリックを抱えたミアの姿が居なくなっていた。
「2本お願いします!」
そう明るく、大きな聞き覚えのある声が聞こえてくる。声の方を見ると露店の前で何やら購入しているようだった。
はぐれたりした訳ではなかったようで安堵の息を零すと共に相変わらずのミアに呆れてしまう。
『…(普通、使用人が主人の傍を何も言わずに離れるべきじゃないと思うんだけど?)』
そう思うものの、こんな使用人らしくない一面のあるミアだからこそ、公爵家でも好かれて、信用されているのだろうな。
2人の近くへ行くと、露店の店主が言った。
「あいよ、ヴェーツァ串焼き…2本な。」
そう言って、ミアに手渡したのは見たことない青紫色のナスのような触手のように畝った奇妙で謎の食べ物だった。ミアはその謎の食べ物、ヴェーツァを受けると悪気のない満面の笑みを浮かべ、俺の前にそれを差し出した。震える手でソッと受け取る。甘いような香りとどこか鼻の奥を刺激するようなキツイ香りが微かに混ざり合ったような絶妙な香りが俺の鼻を刺激する。ジッと目を細め、見つめてみると、そんなはずは無いのに心無しかぬるぬると動いているようにも見えてくる。
パキッと何かが割れるような音が頭上からする。見てみると、そこには1口齧られた跡のあるヴェーツァの串焼きと頬に手を当てて幸せそうに頬張るミアの姿があった。
『(その反応なら大丈夫か……?いや、でもあのミアの味覚次第か……!?)』
1人、頭の中で奮闘している間にまた1口、2口と頬張るミアの姿が目の前で繰り広げられていく。
深呼吸を何度も繰り返し、意を決して、それにかぶりつく。パキッと口の中で割れた音がして、それを咀嚼する。すると中はシャキシャキとした食感と妙に爽やかな癖のない味と香りが漂ってくる。中は薄い黄色のようになっていて、噛めば噛むほど果肉のようなものが僅かに溢れ、舌を潤す。
『(これは…結構、美味い!)』
ガツガツとまた1口、2口と食欲が進む。そして、気付けばあっという間にヴェーツァは無くなり、手元には串だけが残った。
クスクスと頭上から笑い声が聞こえるとミアがヴェーツァについて説明してくれた。
「ヴェーツァは平民の間では、主流な定番な野菜なんですよ?如何せん…見目が良くないので……あまり貴族の方々には評判が良くなくて……」
その説明を受け、妙に納得がいった。いつも屋敷にならぶ食卓では味は勿論だが、見た目にもかなり手間がかかっているものばかりのように俺の目には映っていた。その理由はきっと貴族の社交界や身分を視覚的に平民と区別するためのものでもあるんだろう。高貴な存在だと平民達に知らしめるため、王族や貴族を高貴な存在だと認識させる手段として。
前世で聞いた歴史の中でも、貴族は毎日の食事にケーキや甘味の贅沢品があったり、派手な見た目の料理の品々があったことはよく教科書などに載っていた。綺麗なものは高貴、汚いものや質素なものは貧しい…それらの感覚は別の世界でも、全く違いがないように思えた。どちらの世界の貴族も、とにかく面子を気にしてばかりの面倒な存在ということだ。
店のベルが鳴り、職員の声が聞こえてくる。
「いらっしゃいませ……って、ミア!?」
「お久しぶりで〜す!!」
そう言って、元気に片手を大きく広げた。
俺達が最初に入ったのは先程の露店の並んだ通りから少し外れた場所にある派手過ぎない、けれどどこか少し豪華な装飾のされた小さな服飾店だった。久しぶりの再会に花を咲かせたのか、突如始まった簡易的な女子会を横目に店内を見て回る。
ショーウィンドウに飾られたのは豪華なご令嬢向けのドレスと比べると見劣りしてしまう装飾の少ない質素な服が1着ずつ並べられていた。店内には貴族に向けた豪華なドレスや部屋着は勿論のこと、平民に向けたエリアまであって、素材や価格も貴族と平民でどちらも区別がされていた。
貴族のコーナーでは高くて金貨2〜3枚、安くて銀貨5〜6枚ほどの値段と記されている。この世界の物価の傾向を知らない俺にはこの額が高いのかどうかはよく分からない。だが、少なくとも…金貨は平民がそうそう持てるような財産ではないということぐらいなら分かる。持てても、銀貨数十枚に満たない程度だろう。
それに対して平民向けのコーナーはやはり質は落ちるが、銅貨2枚から高くて銀貨1枚程度と安価に設定されていた。貴族のもの比較すると、やはり質素で劣っているが安価にしては綺麗な作りをしているように見えた。それがこの店が、客の身分や懐事情に合わせた商品を用意しているということを一目瞭然にしている。
店を一通り、見て周り終えて、ミア達の方へと戻る。そこでは店の職員と共に子供用の服を見て、興奮したミアと首を傾げ、抱えられるリックの姿があった。
「わぁ〜!可愛い!ギルバート様!新しい部屋着としていかがですか!?」
そう言って、出されたのはまるで着ぐるみのような赤ん坊が着るようなふわふわな長い兎の耳の着いた部屋着だった。
そして、俺は溜息を吐き、静かにそっぽを向いた。




