12話 Mon nom
魔法に関心を持ち始め、書物を読み漁り、独学で研究を始め、はや1年が経過した。俺の身の回りはここ1年で多くのことに変化があった。
俺は5歳になり、やっとのことで未だに不格好ではあるがギリギリ読めるぐらいの文字を書くことが出来るようになった。最初と比べたら、かなりの進歩だ。この体では当然の事ながら、背も伸びたし、服のサイズもそれに伴って大きくなった。これらはどれも俺がこの異世界で生きているという紛れもない証だろう。
『(もうこの世界は俺にとっては異世界ではない)』
この魔法、魔物、貴族、なんでもありの世界で産まれ、生きているギルバートという存在にとってこの世界は異世界ではなく、紛れもない現実で自分の生きる世界だ。
ずっと異世界、異世界と思っていたがそれは俺が前世の記憶を持っているから思うことで本来、異世界というのは『ファンタジーな力が存在する世界』という訳ではなくて、自分達の生きる現実とは全く異なる現象や物事が存在する世界が異世界だと。この5年間で俺は痛感した。
5年の間に変わったのは俺の身体だけじゃない。この世界に対する認識、生きていく覚悟、新しい家族との生活。前世とは当然何もかもが違うかもしれない。けれど、だからと言ってそれが悪いことだとは思わない。どちらにせよ自分が今、この瞬間生きている世界が自分にとっての現実だからだ。
あの大きな事件の後。弟のリックの魔力は落ち着きを取り戻し、今では小さい暴走はあれど、あそこまでの大事を起こすことはなくなった。事件直後は傷だらけの俺を見て、リックに対して怯えるような表情を時たましていた母も今では忘れてはいないものの…変わらずリックを大切に抱き締めている。あの親バカな父はと言うと、変わらずに親バカはご健在ではあるが…ここ最近はどうにも仕事が忙しいようで御者と共に街へと降りているのをよく見かける。
家族にも、一時の不穏なあれこれはあったものの…今は少しずつ平和を取り戻している。目覚しい成果だ。そして、素晴らしい成果が出ているのは家族のことだけではない。この1年で、俺は持っている知識やこれまで得たものを総動員して、独学で魔法の研究を進めた。普通の4歳、5歳児なら出来ない所業だが、元成人男性の記憶がある俺にはそれが可能だった。
そして、その研究が実を結ぶ日が今日、遂にやって来た。この日の為に俺は何度も何度も実験を重ねた。詠唱が出来ない俺は魔法を発動させるという初期段階にすら辿り着けない。その状況をどう打破するか。俺は研究をする内にとある1つの結論に至った。それは『魔法を行使する上で何が1番大切か』ということだ。世間一般では魔力量がそうとされているが、俺はそうではないと考えた。時に『質より量』という言葉をよく前世では聞くが、魔法に関しては量ではなく質が優先されるべきだと俺は思う。
『(前世で言うなら……電池の容量、バッテリーとかだろうか?)』
数があれば、無くなれば「交換すればいい」と言われれば元もこうも無いが…一々、その都度交換するのはかなりの手間になる。一つ一つが長く、問題なく使えるものがあるのならば人はそれを欲しがるはずだ。当然だ。
『(どれだけ魔力を持っていても、あのように暴走を起こしてしまってはマイナスだ。)』
これらを踏まえ、俺は魔力操作と魔力密度の2つに焦点を当てた。
毎日、必ずそれらの練習を体内で行い続けた。そして、まるで自分の手足のように扱えるようになった時。魔力は最も効率よく扱える状態になることが分かった。操作と密度、それらの技術が磨かれれば磨かれるほど。体内にある魔力を余すことなく、利用することができる。
そして、その純粋な密度の魔力を上手く操作出来るようになったことで研究の幅が広がった。色々と繰り返している内に俺は、特定の動作をした時に必ず起きる現象を発見した。それは密度を急激に変化させた時に起こるもので、一瞬だけ魔力の制御に遅れが生じる。その僅かな時間、魔力は自分で操作可能な最大密度を超え、異常なほどの密度を発揮する。そして、その直後には必ず強い反動が生じた。
『(まるで処理が追いつかなくなって起こる、一瞬のバグのようだ)』
数え切れないほど実践したが、それはどの場合でも変化はなく、必ず数秒間だけ強い反動が生じるのが分かった。そして、それは俺の魔法を使うという目的を果たす要になった。
俺はこの現象を魔力過渡現象と呼び、この現象を使って、半ば強引に魔法を発動させることに成功した。
魔法の根幹には想像力がある。その豊かさと実現したいという欲求が魔力にエネルギーを与え、魔法の発動を促進する。
両手を器のようにして、手の中に魔力を集める。
『(海…水、水滴。)』
想像すると、目の前に大きな雫のような形の水が宙に浮かぶ。魔力を少し動かすと、それは細長い長方形を模す。
『(エネルギー、燃える…熱……熱い炎!)』
そう炎を念じた瞬間に水が焼け、煙が出る。煙に包まれ、姿を消す。ゆっくりと煙が晴れるとそこにはまるで完璧な文字そのものの形を模した水が浮いていた。
_Gilbert Robillart_
と。




