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2-3 突入

彼らが遂に『偽聖杯』を袋小路となっている路地裏へ追い詰めた頃には、既に東京都の区一つを一周する距離を優に超えて走り回っていた。息も絶え絶えになりながら、桐谷が偽聖杯に向けてつぶやく。


「と、とうとう……追い詰めっ……ガホッ、エホエホ……追い詰めたぞ……」


「流石に……区一つを一周させられるのは堪えた……が、もう……逃げ場は、ないぞ」


桐谷や青本の言葉を理解しているのか、ジリジリと後ずさりする『偽聖杯』がコンという音を立てて背後の壁に接触し、『偽聖杯』はその場でじっと直立する。そしてブルブルと小刻みに震え始めた。


「……観念したらしいな、怯えているのか?」


「いや、『偽聖杯』が怯えるって何だよ青本」


門楠のツッコミが入ったその瞬間、『偽聖杯』の背後の壁に突如としてポッカリと人間大の穴が空いた。そこへすぐさま『偽聖杯』が飛び込み、その姿を消してしまった。


「あっ!? しまった!」


思わず声を上げた藤倉の眼前に残った穴は異音を響かせながら、その中に黒黒とした渦を巻いている。その場に居る5人のタンマツからアラート音が鳴る。突発的なダンジョン発生の通知、発生源は彼らの目の前であった。目に見えて顔を青くしながら、門楠がつぶやく。


「逃げ込まれたのか、ダンジョンの中に……!」


キレー牧師は自らのタンマツを確認した後、機動戦士月神部屋の4人へと向き直る。


「……このような事態は予期できなかった。それは仕方ないだろう、私とて『偽聖杯』に自由にダンジョンを生み出す能力があるなどとは想像もしていなかったのだからな。故にこそ、君達に協力を頼みたい。私とともにこの目の前にあるダンジョンへと潜り、『偽聖杯』の確保をするための探索に助力願おう。見た目こそトンチキではあるが、アレは現に我々の目の前で、恐らくは自らの意思でダンジョンを生み出してみせた代物だ」


「アレを野放しにしたらあちこちにダンジョンが発生するかもしれない。もしテロリストの手に渡れば何かしらの大規模ダンジョンテロの可能性すら考えられる、か……」


「そうでなくとも、ダンジョン生成能力を有した自由意志を持つ存在、という時点で厄介だぞ桐谷。早急に確保して拘束、もしくは破壊も視野に入れて対処すべきだろう」


「まあ乗っかかった船だし、俺もここは手伝うべきだと思うよ青本。そもそも、俺達がアレを教会で逃がしちゃったからこうなっちゃったってこともあるんだし」


「いや待てよ藤倉ッ! そもそもっ! 『偽聖杯』が足を生やして自力で逃げる方がおかしいんだよっ!」


門楠の叫び声が、人気のない路地裏にこだました。




意識を切り替え、目の前の出来事に集中すべく、門楠はブンブンと大きく頭を振ってから自らのアイドルタンマツを操作する。


「とりあえずダンジョンに潜るってなると配信か。ひとまず突発の歌枠で閲覧者がどれだけ集まるか、だな。最低限ダンジョンのエーテルに食われない程度の閲覧数が付けばいいんだけど……」


彼は【歌ってみた!】アプリを起動しつつ配信を開始し、背景合成によって配信上には路地裏ではなく、彼らのホームであるタマリバの配信室が表示されるようにした。普段から愛用している自前のギターこそ無いものの、あらゆる環境のダンジョン内での使用が想定されている【歌ってみた!】アプリによる音楽合成や音声制御によって、十分視聴に耐えうる歌が配信に流れる。その証拠に、告知もない突発の歌配信枠でありながら、既にそこそこ以上の数の閲覧数が配信画面に表示されていた。配信の結果を確認して、門楠は満足そうに頷く。


「うん、これで最低限……というには上等すぎるな。少なくともある程度の戦闘に耐えられそうだ」


「むしろこの状況でなら十二分と言っていい成果だろう。さて、今度はオレの出番だな。想定される敵の陣営を調べるとしよう」


青本は手元のスカウトタンマツを操作し、目の前に空いたポータルのような穴の中身をスキャンさせる。ローディング画面が表示された後、タンマツの画面には大まかな地形や、そこに待ち受ける敵となるモンスターがワイヤーフレームのような形で表示されていた。彼が更に何度かタンマツを操作すると、スキャンが何度か繰り返されたらしく、敵の詳細な情報が追加で表示された。


「なるほど、情報は集まった……が、これは少しマズイな。敵が2グループ居る、片方はオレ達でも対処できる程度の魔力反応だが、もう片方の反応が大きすぎる。オレ達程度じゃとても無理な相手だ」


「どれ、少し見せてもらえないか、青本君」


キレー牧師は青本から彼のスカウトタンマツを受け取り、それに表示されているモンスターの情報と自身のタンマツとを照らし合わせながら操作している。何かを確かめられたのか、キレー牧師は一つ頷いてスカウトタンマツを持ち主である青本の手に返した。


「ふむ、この陣容ならばこちらの強い反応を発しているグループは私が当たろう。君達は自力で対処ができるであろうもう一方の4体を相手するといい」


「感謝する。なら、必要なデータはそちらへと渡しておく。オレ達はオレ達でモンスターへの対処を組み立てるとしよう」


そう言って青本はタンマツを操作し、先程調べた情報を各々のタンマツへと転送する。提案された通り、強力なモンスターの情報はキレー牧師にのみ送られ、機動戦士月神部屋の面々には比較的能力が低い方のモンスター達の情報が送信される。そのデータを見た藤倉が困惑した様子で呟いた。


「人間が居る……?」


「状況からして生成されたダンジョンに巻き込まれた人間が居るとも思えない。まず間違いなくダンジョン内で生み出された人間型のモンスターだろうな」


そう言いつつ青本は手元のタンマツを操作し、フリマアプリ【エムカリ】で手元に残っていた不要なツールを手早く売却する。


「よし、いい感じに売れたな」


「あれ? さっきダンジョンの偵察してたのに何で【エムカリ】動かせてるの青本?」


「この間桐谷と協力してタンマツの最適化をしたからな。軽い偵察程度なら裏で別のアプリを動かしながらでもできるようになったんだ、藤倉。あいにくと、2回も偵察をしてしまえば流石に重くて他のアプリは動かせなくなるがな。今売れた分の金額で戦力増強、と行きたいが残念ながらそんな時間は無いだろう」


「こればかりは仕方がないさ。唐突に発生したダンジョンだ、急いで対処するに越したことはない」


「でも俺の手が空いてるんだし、必要なものがあるのなら、ダンジョンへ入る前にオレが急いで買っちゃうって手もあると思うけどな桐谷。」


「いや、それよりも試したいことがあるんだ。少しタンマツを貸してくれないかな?」


自分のタンマツでウィザードタンマツの専売アプリである【儀式魔法】をオートで動かしながら桐谷が藤倉に提案する。藤倉がその提案に乗り、桐谷へ自らのアサルトタンマツを手渡す。桐谷が少し自分のタンマツを操作してから藤倉のタンマツを確認し、何やら満足したのか彼は藤倉のタンマツを持ち主へと返した。藤倉の画面には本来インストールすることが出来ないはずの【儀式魔法】アプリの起動画面が表示されている。


「……アレッ? ナニコレ? このアプリって桐谷のタンマツにしか無いやつでしょ? なんで俺のタンマツで起動してるの?」


「ま、ちょっとした裏技さ。青本のタンマツをいじってるときに見つけちゃってね。さしずめ【リモートアクセス】ってとこかな? 一時的に他人のタンマツへ、私のタンマツに入っているアプリを貸し出せるようになったんだ。残念ながら、貸し出したアプリは所詮キャッシュデータだから、使い終わった瞬間にすぐ消えてしまうんだけどね。さあ、早速起動して使うといい。【儀式魔法】は処理に時間がかかるアプリだからね、早くしないとダンジョンへ入るまでには間に合わないよ」


「ありがとう、桐谷。でもこれできるようになるの大変だったでしょ」


「なぁに、前回の探索でもそうだったけど、君は私達『機動戦士月神部屋』の戦力の要だからね。戦力増強を考えるのなら、君を強化するのが手っ取り早いだろう? ああ、そうそう。君が毎回使っていた【コンセントレイト】【クリティカル】【ブレイブ】【インパクト】のアプリだったけど、この間タンマツを見せてもらった時にひとまとめにマクロ化しておいたんだ。わざわざ毎回律儀に全部宣言しなくても一気に全部発動できるようになってると思うよ。それにアクション周りも最適化してあるからね、ちょっと配信の貯蔵魔力は食うだろうけど、今までクールタイムで動けなかったタイミングにもう一度攻撃できるようになったはずだ。ぜひ活用してくれたまえ! まあ、今回は私も積極的に前衛に回ろうと思う。活躍で君に負けるつもりはこれっぽっちもないさ」


「さて、準備はできたかね?」


キレー牧師の言葉に4人は彼を見据えて頷いた。


「では、いざダンジョン探索へ向かうとしようか」


一行は各々自らのタンマツを操作し、目の前のダンジョンへと突入していった。

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