2-2 教会へ
翌日の昼のことである。機動戦士月神部屋の4人は揃って世界探索者教会の東京支部の前に到着していた。その建物は真新しさこそ感じないものの、汚れやほころびは見当たらず、よく手入れされていることがわかる。一行は門をくぐり、狭いながらも整えられた庭を通って正面の扉を開く。中は薄暗く、ステンドグラスによって様々な色に染められた光が奥の祭壇に射し込んでいた。辺りに人の気配はない。桐谷が大きく息を吸った。
「こーんにーちはー! キレー牧師いますかー!?」
その声は何度か教会の中に反響した。返事はなく、また静寂が辺りを支配した。ふと、教会の奥からコツコツと足音が響く。教会の奥の暗闇から、ステンドグラスから射し込む光に照らされてキレー牧師が現れる。
「フフフ……待っていたぞ、諸君」
彼はすぐさま提げていた岡持ちの中から地獄の業火によって熱されているかのごとく煮えたぎる麻辣カレーラーメンを取り出し、4人へと差し出した。
「――――食うか?」
「――――食うか!」
迫真の声色で拒否した藤倉の反応に、キレー牧師は苦笑しながら手にしたラーメンをすする。その所作は妙に美しく、ラーメンのスープを一切飛び散らせること無く彼は食べ進める。
「残念だな。旨いのだが……」
「バカヤロ、あの翌日僕達全員仲良く地獄を見たんだぞ! よっぼどのことがない限り食わねぇよ!」
門楠の抗議を受けながらもキレー牧師は直立不動のまま完食し、スープを飲み干して食器を岡持ちに片付けた。
「ごちそうさまでした、と。まあ、そのことはいい。それよりも早速だが、君達が発見した『偽聖杯』を見せてもらえないかね?」
その言葉に藤倉は待ってましたとばかりに自身のタンマツを操作して『偽聖杯』を取り出して手に取り、キレー牧師へと差し出した。
「はい、これね」
「随分とあっさり取り出すな。風情のないことだ」
藤倉が祭壇に置いた『偽聖杯』を一通り観察した後、キレー牧師は懐からタンマツを取り出し、それを使って『偽聖杯』を撮影する。
「ふむ……なるほど。やはり、魔力波長がバチカンの記録にある、アンティオキアの『偽聖槍』と類似している……」
「つまり……コレは『偽聖槍』と関係性を持つもの、だということか?」
「断言は出来ないな、君は――確か青本君、だったか。しかし、少なくともその発生メカニズムはほぼ同一と見ていいだろう。詳しく解析をする必要こそあるが、恐らくは我々世界探索者教会が存在すると仮定していた『偽聖杯』そのものだ」
その言葉を聞いて、普段と打って変わって能面のような表情で桐谷がキレー牧師に問いかける。
「で、牧師様におかれましてはこの『偽聖杯』をどうするおつもりなのでしょう? まさか、我々に無償で提供しろ、などとはおっしゃりませんよね?」
「そう嫌味な言い方をしないでくれたまえ。もし我々に提供してもらえるのならば、相応の値段で買い取らせてもらおう。例えば……高級外車1台分、程度だろうか。あるいは、恩義という形で、我々に配信支援などを求めてもらっても構わない」
「……俺難しいことわかんないや。門楠、どうする?」
「藤倉お前それ難しいことがわかんないんじゃなくて、考えるのがめんどくさくなったから僕に放り投げたんだろ、全く……って言っても身の丈に合わない金なんか貰っても困るしな」
しばらく口に手を当てて考え込んだ後、門楠はその顔を上げた。
「ま、ここはとりあえず『貸し』で手を打つのがいいんじゃないか? 僕達にはこれが教会にとってどれくらいの価値があるのか正確にはわからないわけだし、正当な対価、とやらをそっちで調整取ってくれればいいだろ」
その言葉に、キレー牧師が苦笑いを浮かべる。殺人レベルの辛さを誇る麻辣カレーラーメンを食べても汗一つ浮かばなかったその頬には一筋の冷や汗が伝っていた。
「これはまた……随分と手厳しいな」
「ま、アンタは胡散臭いが、世界探索者教会そのものは信用できそうだからな。あの後ツテを辿って調べさせてもらったよ。アンタ自身はともかく、少なくとも他の牧師は信用できそうだ。だから、アンタ個人じゃなくて組織である教会そのものに恩を売っておけば、いつかは助けになるだろうさ。組織の信用問題にも関わるからな」
「にょっき!」
「おーい、藤倉……暇になったからって遊ぶなよ」
「え? 今の俺じゃないよ門楠」
「じゃあ誰だよ、まさか桐谷か?」
「いやいや、私じゃないぞ?」
「念のために言っておくが、オレでもない。」
「青本でもないのなら、じゃあ本当に誰が言ったんだよ。この教会の牧師か?」
門楠は辺りを見回した。が、周囲には機動戦士月神部屋の面々とキレー牧師の5人以外に人影すらなく、辺りを再び静寂が支配した。ふと、門楠は視界の端に違和感を覚えた。その違和感の正体を探るべく、彼は改めて辺りを観察する。果たしてその違和感の正体とは祭壇に置かれていた『偽聖杯』であった。最初に藤倉がそこに置いたときよりも、その高さが5cmほど高くなっていた。否、そうではない。もっと根本的におかしい所が増えていた。だが、門楠の脳がその理解を拒む。
「……????????」
門楠の様子に気がついたのか、キレー牧師もその視線の先、祭壇に置かれた『偽聖杯』に目を向ける。
「……先程は、あんなデザインだったかな?」
2度、3度と見返してようやく門楠は理解し、事実を受け入れた。
「足が……生えてる……?」
宇宙の真理を直接頭の中に叩き込まれた猫のような表情で固まる門楠。他の面々も門楠の言葉で何が起きたのかに気がついたのか、皆その場で固まって『偽聖杯』を見つめていた。
彼らが呆気に取られているその隙を待っていたのか、突如として『偽聖杯』がその両足で走り出した。そのスピードはとても長さ5cmの足から出せるとは思えないほどの猛スピードであり、『偽聖杯』はまたたく間に教会の外へと飛び出して行った。目の前で起こった異常な光景に対して最も早く反応し、教会の出口へ駆け出したのは藤倉であった。
「逃げたぞ、追え!」
「なんでだよっ!? なんで偽物とはいえ聖杯に足が生えるんだよっ! なんで意思を持って僕達から逃げてるんだよぉっ!?」
そう言いながら門楠が藤倉に続き、更に残った3人も『偽聖杯』を逃がすまいと全速力で走り出した。




