1-16 世界探索者教会 ③
「大変興味深い話を聞かせてもらった。その上で、そちらが詮索したからこちらも……というわけではないのだが、貴方ほどの実力者がなぜこんな東京タワーダンジョンの浅層に?」
「構わんよ、当然の疑問だジョン君。そうだな、一言で言うのならば――聖杯探索。本物の、かのお方の血を受けた杯ではないがね? 先程の言い方に習うのなら『偽聖杯』とでも言うべきか」
キレー牧師のその言葉にヴァン兄貴が困惑した様子で問いかける。
「いやいやこんなところにそんなものがあるわけ無いでしょ。あるならもっともっと奥の方の、それこそクソデカ東京タワーダンジョンのダンジョンコアとしてとか……というか、そもそもそんなもの存在するのぉ?」
「確かに荒唐無稽な話だろう。しかしだ、ヴァン兄貴……類似例が既に存在しているとしたら、話は別ではないかね? ――例えば、十字軍遠征におけるアンティオキア」
その単語を聞いたジョンが少し考え込み、すぐに何かを思い出したようだった。
「十字軍、アンティオキア……ああ! 十字軍遠征のアンティオキア包囲戦、聖人の託宣を受けた司祭が、そこに埋まっていた『預言者を刺したかの聖槍』を発掘したという話か!」
「まさしくその話だ、ジョン君。実に荒唐無稽な作り話の類に思えるが、ダンジョンやエーテルの性質と照らし合わせると、いささか話も変わってこよう」
その言葉を聞いてノストラダムスが何かに納得したらしく手を打って声を上げた。
「ああ、なるほど! つまりその司祭が『聖槍があるぞ』みたいな話をアンティオキアに居た人々に広めたわけだ。そしてその認知が集まったことで、そこに後付で聖槍が生まれた、とそういうことなんじゃないか?」
「フッ、先におおよそ説明されてしまったな。その時アンティオキアでは、ノストラダムス君の言った通りに集団ヒステリーも相まって収束した認知が局地的なダンジョンを形成した。そして発見された聖槍こそが――その結果生成された『偽聖槍』とでも言うべき代物だと、バチカンは結論付けている。『偽聖槍』とはいえ、その認知を受けたダンジョンによって生成された物質である以上、聖槍としての機能を実際に有していたのだろう」
「なるほど、そういうことか……! ダンジョンから天使のようなモンスターが現れた今、ダンジョンがそうした聖域であると認識されて、同じところから聖杯が現れるという認知が集まって形を成したとしても何らおかしくはない!」
「そういうことだ、ノストラダムス君。更に言うのならば、『偽聖槍』が発見された場所がアンティオキアであったということにも問題がある。ゴルゴダの丘を擁するエルサレムならばともかく、アンティオキアは決して近い場所ではない。つまりは、認知の形成に地理的条件など無に等しい、ということになる。かつて私が神父だった頃、バチカンで枢機卿だった男にボヤかれた事がある。『日本が創作でバラ撒いた”バチカンの地下には密かに本物の聖杯だの聖槍だのが収蔵されている”という与太話のおかげで、今やどこのダンジョンからも聖杯が現れかねん』とな。彼は今バチカンで最も名が知られた者になっているがね。ともかくそれほどまでに、バチカンはこの『偽聖杯』の可能性を重く見ているということだ。世界探索者教会も、各地のダンジョンを虱潰しに探している程度に重要視している」
「ねぇ!? それって要は現教皇の愚痴ってことだよねぇ!? カソリックと別の独立した教会の牧師が知ってていいことじゃないよねぇ!? やっぱズブズブじゃんかよ!」
「フフ、何、少しばかり昔取った杵柄があってね……それだけのことだよ」
笑みを浮かべてはぐらかすキレー牧師に、それまで考え込んでいたらしいウルトが疑問を投げかけた。
「ちなみにもし我々がそんなものを発見した時は、どうするべきだと思っている? 貴方達に教えれば適切な処理を望めるのか?」
「そこまでは断言はしないし、連絡を強要するつもりもない。ただ、ここまで教えた以上一報くらいは貰いたいと思っているがね。そもそも『偽聖杯』の存在自体、アンティオキアの『偽聖槍』という前例によって推測された仮説に過ぎない。だからこそ我々も躍起になってそれが実在するか否かの確認をしているのだよ。だが、あえて言うのならば……発見したとしても軽率に使おうとせず、慎重に観測してほしい。現れた『偽聖杯』の性質が、いわゆる『猿の手』のようなものとも限らんからね。さて、ずいぶんと時間を取らせてしまったな。長話に付き合ってくれた礼だ、私から君達に一つ、ちょっとしたプレゼントをさせてもらおう」
そう言ってキレー牧師は自分のタンマツを操作すると、テラス席に岡持ちが一つ現れた。中から漂うむせかえるほどのスパイスの香りに、ヴァン兄貴一人だけは笑顔を引きつらせていた。




