魔神との対峙
そこに来た時は歓喜の感情しか浮かばなかった。しかし、目の前のものを見て俺は瞬時に冷静になる。そこに魔神がいたからだ。俺の両親の仇であり、世界を無茶苦茶にした張本人。今まさに人と魔物がぶつかり合いになる寸前の光景を魔神は笑いながら見ていたのだ。
「やぁ待ってたよ。思ってたより早いね」
「お前を、殺しに来た」
「うん。分かってるよ、僕も君に殺されてあげるつもりだ。けれど、これはどういう事かな?」
魔神が指差す先にはたった一体のドラゴンが魔物の群れを蹂躙していた。ブレスを吐けば魔物は消し炭になり、爪で攻撃すれば魔物は八つ裂きにされる。その光景はまさに地獄のような光景であった。ドラゴン一体のみで魔物の群れは壊滅している。同族であるドラゴンでさえも手も足も出ていない。俺の支配したドラゴンがこんなに強くなっているだなんて今初めて知った。一応、魔物を蹴散らすようには言っておいたがまさかここまでやるとは思わなかった。もしかしなくても俺の神力の影響を受けたのか?
「忘れてたな。俺の配下だよ、それ」
「忘れてた、ね。君はそんな間抜けじゃないと思うけど。まぁいいや。さて、一つだけ言っておこう。君が僕を殺せばここから出られなくなる。それでも僕のことを殺すかい?」
「約束したからな。お前を殺すって」
「そうか。なら、やるといい」
魔神は目を閉じて静かに横たわった。俺はそれに拍子抜けして思わず訪ねてしまう。
「偉く簡単に言うな。死ぬのが怖くはないのか?」
「怖くない事はないと思うよ。けど、それ以上に疲れたのさ。君にもいつか分かるよ」
俺にもいつか分かる、ね。俺にはその気持ちは理解できないと思うが魔神が言うのならいつかは分かる時がくるのだろう。でも、俺と魔神では決定的に違うものがある。それは愛する者がいるかどうかだ。
俺は楓の為ならどんな事であろうともやり遂げて見せるつもりだ。この空間から出られないなら出られるようにしてやればいいだけだ。
俺は自身の身の内に残る僅かな神力を練り上げて魔神を滅ぼすための力の準備に取りかかる。魔神が突然、語り始めるのを聞きながら俺は神力の出力を上げていく。
「僕はね、気が付けば神になっていたんだ。初めは気が狂いそうだったよ。なにせここには何もないからね。外にも出られなかった。でも僕には魔物を造り出す能力があった。魔神だからね」
一歩、踏み出した。空間が軋む音が聞こえた。
「それから魔物を生み出して生み出して生み出し続けた。けれど、孤独が癒える事はなかった。話してくれる存在にはなりえなかったからね。どの存在も話せる程の知恵は身に付けなかった。そこからだよ、僕が完全に狂ってしまったのは。世界に魔物を解き放ったんだ。どうしてそうしたかはもう覚えてないや」
二歩目で空間に罅が入った。魔神は涙を流す。
「初めはアメリカだったね。あっという間に滅んだよ、次はロシア、その次は中国。大国なのに成す術もなく滅んでいった。爽快だったよ。それと同時に虚しかった。こんなに簡単に人は死んでしまうのに僕はどうして死ねないんだろうってね。孤独に絶えきれなくなった僕はどうしても自身に興味を示す対象が欲しかった。死ぬ前の囁かな願いさ」
三歩目で空間が消し飛んだ。俺と魔神だけがただそこに在った。
「最後は日本、君を一目見て今の計画を始めたんだ。けど、全て君が悉く打ち破った。驚きだったよ。人が僕の計画をぶち壊してしまったんだから。僕にとって君は救世主だったよ。これなら僕を殺してくれるってね。実際、神になってこうして目の前にいる」
四歩目で魔神の体が半分消し飛んだ。それでもすぐに体は回復した。まさに不死身だった。通常の攻撃では死なない。魔神は笑みを浮かべて俺を見つめる。
「今こうしてここで君を見て確信したよ。君は僕を殺せるんだとね。さぁやってくれ。そうすれば世界は君のものだ」
「そうだな。言いたい事は言ったか?」
「たぶんね。君ならば、世界をどうする?」
それは気まぐれな質問だったと思う。きっと意味のない答え。狂ってしまった神がやるべきだったことを問うただけ。俺はそれにこう返した。
「支配するよ。信仰を集めて、魔物を倒せるようにしてやる。人がいる限り、俺達神は飽きることはない。人はどうしようもなく愚かだけど、とても美しい生き物だ。元人間の俺が保証してやるよ」
「そうかい。それなら良かったんだけどね。後は頼んだよ。僕は疲れた」
「ああ。任せろ」
五歩目。死の波動を発動する。死の力の塊は魔神を一撃で死に貶めた。空間が元に戻る。いや、死神の空間として再構築される。俺はそれに手を加えるべく、残る神力を解放した。そろそろ心許ないがこれもやむを得ないことなのだ。
「これは、キツいな。でもこれをやらないと楓に会えないしな」
空間を自身の望むものに作り替えていく。贅沢を言うつもりはない。ただ楓を一目見たいのだ。あの温もりを俺はずっと手の内に囲いたいだけなのだ。もう一人には戻れない。家族の温もりをもう一度手に入れた俺に一人になる選択肢などない。俺はただその一心で空間を作り替え続けた。楓に会いたいが為に。
それから幾年もの月日が流れた。




