死の神
オーディンが動いたのは僅かに回復していた俺の魔力が尽きた後からだった。暴喰で全ての魔力を使い切った俺はそれでもなお、オーディンを倒しきれなかった。半分ほど神力を削り取ったが俺の倍以上はまだある。暴喰に神力を混ぜてこれなのだから困ったものだ。これは予想外だ。
「この程度か。所詮は死神よ。魂の管理者に戦う力などあるわけもなかったか」
そう言って一歩踏み込んだかと思えば目の前にオーディンが現れる。避けようと体を動かすもそれよりも早く、槍で胴体を貫かれてしまう。血を吐き出しながら俺は後方へ吹き飛ばされる。
「ぐぼっ、けっは、けっは」
「ほっほっほ。やはり、弱い。成り立てだからというのもあるじゃろうが、お主は弱すぎる。儂は戦士じゃ。お主が儂に勝てる道理はなくなった。潔くその首を差し出すがよい」
「誰が、渡すかよ」
神力だけでは今の俺にできることはない。せめて、何か一つだけでも神器やそれに変わる物があれば何とかなるのだがそううまく行くはずもない。オーディンは一歩、また一歩と近付いて来る。強者の奢り故か、俺にトドメを刺すのに大袈裟な動作を取る。
俺はそれに苛立ちつつもここで死ぬかも知れない可能性に恐怖で打ち振る得ていた。人が持つ恐怖と言う感情はこの場で無様にも俺を身体の硬直へと導いた。
「くはははは! 震えておるのか? 神である者が何たる様か! さぁ今殺してやろう。そうすればもう何も感じることもなくなる」
オーディンは隻眼槍に神力を込めていく。明らかに過剰に過ぎるその力に俺は思わず笑みを浮かべる。せめて軽口でも叩いておいてやろう。
「どうした? そんなに力を込めて。そんなに俺が怖いのか?」
「死ぬがよい。お主は二度と目を開けることは叶わなくなるじゃろう。儂もこれでようやく安心できる。後は奴を殺すのみじゃ」
何のために強くなったのか。走馬灯のように今までの記憶を思い出していく。いや、文字通りの走馬灯なのだろう。大切な者を守りたいと願い、力を得た。身近な者を守るために力を磨いた。愛する者の為に力を集めた。それなのにここで終わるのか。まだ終わりじゃないはずだ。まだ、何かあるはずだ。
「ではの。隻眼槍」
それは奇しくも槍と同じ名前の技だった。終わりをもたらす力がもたらされるのを見て俺は目を閉じた。万事休すか。無意識に胸元にあるリングを握り締め、俺ははっとなった。
それは両親の遺品。二人の結婚指輪だ。せめて何か身に付ける物を、と思って残しておいたものだ。いずれは楓に付けてもらおうなんて考えもあったのだがまさかこんな所で神器にできる物を見つけることができるとは。忘れていたとはつくづく余裕がなかった証だ。情けないったらありゃしない。
けれど、もう大丈夫だ。これで俺は新たな力を手に入れられる。俺は死神だ。けれど、普通の死神ではない。オーディンも魔神も俺をただの死神だと認識していた。魂の管理者たる死神などではなかったのだ。俺の神としての権能、それは……
「さぁ死よ。俺の前に立ち、全てを殺せ」
指輪に神力を込めて神器へと変える。俺は攻撃を喰らうはずだった。しかし、そうはならず目の前で攻撃が消滅する。狼狽するオーディンに俺は更なる力を行使する。俺は他の神と違って未熟だ。故に神器無しでは力は使えなかった。使えても精々死神の神威くらいだ。けれど、あれではオーディンは死なない。死の力の塊がオーディンの持つ隻眼槍を消滅させる。
「な、なんじゃと! あれは儂の全ての神力を使って作り上げた代物じゃぞ! あり得ぬ!」
「お前も魔神も勘違いしている」
「勘違いじゃと?」
「俺は死神だがただの死神じゃあない。死を司る神なんだよ」
オーディンの思っている死神と俺の知っている死神。似ているようで違う。死神は魂の管理者であって決して死の力を操る存在ではない。神の中でも位の低い神だ。対して死の神は死そのものを司る最高位の神。死という概念を神力を使うことで操る。俺の場合、魂の管理もできるので死神という言葉は間違っていない。ただの死神ではないというのが正解だ。
「死を司るじゃと!? そんなデタラメな存在はどの世界にもいなかった!」
「そうかい。なら、目の前にいるのがそれだ。良かったな。一瞬で死ねるぞ?」
暴喰に喰われただけなら神であればまだ何とかできた。しかし、神の権能にはいくら神でも抗えない。人と人が殺し合いができるように、神と神もまた殺し合うことができるのだ。真の意味で不死身な者などこの世にはいない。
「さて。散々、いたぶってくれたな。げっほ、はぁはぁ、すぐに殺してやる」
「じゃが、お主の神力ももうそこをついておるようじゃぞ? 儂が全力で防御すれば攻撃は通らぬ」
「それは試してみてからのお楽しみだ」
死の概念を甘く見過ぎている。何もかもを死に追いやるからこそ、死の力だ。どんなものでさえ殺すことはできる。概念を与え、突き抜ける以上例外はない。神器を得た代償に七つの大罪の力は失われたが問題はない。あれは神の力に比べれば大したものではなかったということだ。それでも神に対抗できるだけでも凄いスキルだった。
オーディンは全力で神力を纏い、防壁を張る。それに対して俺はただ何をするのか示してやればいいだけだ。死は俺の思いのままに動かすことができるのだから。
「死の波動」
濃密な死の力の塊はたったそれだけで神力を消滅させ、オーディンを絶命させた。これを防ぐ方法はない。人質を取るくらいしか対抗手段はないだろう。我ながらチートすぎる力だが神とは得てして理不尽なものだ。そういうものと思うしかあるまい。オーディンの隻眼槍すら必中という能力があるのだから不思議ではない。
しかし、オーディンというのも人間くさい存在だったな。そんなことを思いながら俺は残りわずかの神力を使い、傷を癒した。
「今度こそ、行くか。空間を殺せば、辿り着けるだろ」
そうして俺はオーディンの作り出した空間を殺して、脱出する事に成功したのであった。




