魔神の眷族、企む異界の神
そこへとやってきたのは久しぶりだった。鎖で縛られた蒼く燃える太陽。その太陽から蒼い火が落ち、地面で草を燃やさずに燃えている。意味不明なその光景に懐かしさを覚えつつも目の前にいる存在に目をやった。
そこにいたのはいつぞやに会ったことのある真理奈という少女だ。少女は俺を見つけると剣を構える。
「物騒だな、おい」
「あなたにはここで死んでもらう。魔神様の元へは行かせない」
その瞳には死の覚悟さえ滲み出ていた。死を覚悟した者は強い。死兵と呼ばれるものや決死隊と言われるものは総じて死を覚悟してどんな事すらも恐れずに突っ込んでくるために脅威だ。
けれども、どれだけ強くとも俺には勝てない。ここまで来るのに魔力をほぼ全て使ったとはいえ、神力が残っている。暴喰を使えばあっという間に殺せるだろう。
「何故、そこまでしてあいつを庇う」
「それは私が魔神様の眷属だから。あなたはここで殺す。それが魔神様の為になる」
笑止。魔神は死を望んでいる。その眷属たる者が主の邪魔をするなどもってのほかだ。
と、言いたいがそれは通用しない。俺には分かるからだ。守りたい者の為に命を掛けるその姿は俺に似ているから。
「……来いよ。お前は俺の前に立ったんだ。俺の敵だ」
「言われなくても!」
その少女はもはや満身創痍だった。神力もほとんどないし、魔力も俺の万分の一もない。一般人の半分以下しか魔力はなかった。それでも少女は俺の前に立ち塞がる。全身全霊で敵として向かってくる。ならば、こちらも全力で相手をしなければ失礼というものだ。いや、細かい理屈など必要はない。俺がしたいことをする。ただそれだけだ。
少女は剣を振るう。俺はそれを避け、暴喰を発動する。たったそれだけの攻防。数秒にしか満たないその戦いはそれだけで終わることになった。全てを喰らうその力は少女の半身を飲み込んだ。地に倒れ伏せ、こちらを見る瞳は悲しげであった。
「魔神様は……」
「あいつは死を望んでいる。お前も分かってるんだろ?」
「でも、死んでほしくない。私はあの人を守りたい。私はあの人に救われたの」
どんな事情があるのかは知らない。俺には想像のしようもないし、同情する気もない。全てを終わらせるためにここでこの少女を殺す。後顧の憂いを取り払う為に俺は神力を練り上げた。
「私は、どうすればよかったの?」
「さぁな。最後まで側にいてやれば良かったんじゃないか? そうすれば少なくとも少しの幸福は味わえたはずだ。お前にはそれだけで充分なはずだしな」
「……そう。そうね。私はそれだけで幸せ」
愛しい人の側にいるだけで幸せになれる。とことん俺に似ていて、そしてどうしようもなく決定的に違うのは俺の方が強かったということだ。人を想う心は尊い。それは誰よりも俺自身が実感している。楓のために俺は何でもするし、実際に神殺しを実行しようとしている。
この真理奈という少女がもう少し賢ければまた別の未来はあったのかもしれない。それももしもの話でしかない。神力を練り上げた俺はそのまま死の力へと変換した。死神として持つ俺の全ての基礎にして奥義、それが死神の神威。少女を包み、やがて少女は跡形もなく消え去った。
「さて、行くか」
感情に浸る暇もなく、俺は次の場所へと歩こうとした。次の瞬間、俺の真下に穴が開き、別の空間へと引き吊り込まれる事になった。
▽▽▽
その場所はとても穏やかな風景をした大草原であった。太陽が昇り、風が舞う。そんな風景に俺は驚きつつもこの場所へと俺を誘った正体にも当たりを付けていた。まさか、俺や魔神以外にも神がいるとは思わなかった。
目の前の空間が歪み、そこから一人の老人が現れる。その身に纏う膨大な神力に俺は思わず眉を潜める事になった。
「ふむ。生きておったか。殺すつもりであったのだがのう」
「あんたは?」
「儂か? わしはオーディン。いずれ世界を統べる者じゃ」
そう言った老人を観察する。腰の曲がった様子はなく、ぴんと背は高く伸びている。その手に持つ槍には見覚えもあった。千代さんが持っているはずの隻眼槍が何故ここにあるのから知らないが名前から察するにこの老人が作ったか複製をしたのだろう。
世界を統べるなんて言う馬鹿な神がいるとは思わなかった。つい、俺は失笑をもらしてしまう。世界を統べるならさっさとしてしまえばいいものをこの老人は慎重に行動しすぎているのだ。恐れる者がある証左だ。全くもって詰まらない神だ。
「あんた、馬鹿じゃないのか? こんな所で油を売ってる暇があったらさっさと人を助けてこいよ。そうすりゃ崇められるだろうしな」
「その前にお主を殺さねばと思ってな。こうしてここに招待したわけなのじゃが」
「そうかい。なら、とりあえず死んでくれ。邪魔をする奴には容赦しないって決めてるんでな」
暴喰を発動させるもオーディンは神力を放出させて消滅させる。いくら暴喰とはいえ、一度に喰らえる限界はある。力を全力で込めればオーディンも喰らえるだろうがその後に移動するための力が残らないだろう。
オーディンは余裕な表情を見せたまま、突っ立っている。本当に舐められたものだ。俺はまだ本気すら出していないというのに。これだけで全てだと思われては困る。
「死ぬ覚悟はできたか? ジジイ」
「ほほ。若造が粋がるなよ」
俺の言葉にオーディンが怒気を発する。俺はそれに合わせて魔力と神力を練り上げて戦うための準備を整えた。




