魔物の殲滅戦前のひととき
酷い目にあった気がする。ぼんやりする思考と共に立ち上がると俺は暴喰の力を解放してすぐ近くに来ていた魔物を喰らった。
「先輩、起きましたか? 来たみたいですよ、魔物の群れが」
「どうやらそのようだな。全く、訳が分からん夢見せられたかと思えば、これだからな」
「夢? ともかく、私達も行きましょう」
「そうだな。湧水の湯船に向かうか」
あれから気が付けば同じ夢を見るようになってしまった。何度も何度も同じ夢を繰り返し、終いには一言一句すら思い出せるようにまでなってしまった。恥ずかしい話だが俺だけしか覚えていないのは何だか癪だ。
色欲のユニークスキルも使えるようになっているし、これで全ての力が揃ったというわけだ。魔物を全て倒すのもこれで何とか目処がたった。まぁ揃わなくとも勝てないことはなかったが。
コミュニティーに辿り着けばそこには多くの人が集まっていた。それでも精々二百人を越えるかどうかの人数だ。いないよりマシなスキル持ちが集まった結果がこれなのだろう。斎藤の奴もよくこれだけ集めたものだ。
「スキル持ち、結構いたんですね」
「そりゃそうだろうな。まぁここで負けたらそれも終わりなんだがな」
「ろくでもないこと言わないでください。先輩が全て片付ければ済む話ですよ」
「まぁな。やれないことはないだろうな」
大罪スキルはそれだけの力を持っている。それに俺は神になったようで神力とも言うべき力を使えば魔力以上に強力な力も行使できるようになっていた。魔神と言われるあの神を殺せば今回の事件は終わる。魔物は残るだろうがそれは別に構わない。今の人が生き残るためには必要なものだと俺は思っているからだ。
全ての力を出し尽くす前に神の前へと辿り着ければ俺の勝ちだ。俺は死神であり、死そのものを権能としている。魔神であっても例外ではない。俺に触れるだけで俺の許可せぬその存在は死ぬ。神力を得たとはいえ未だ人たる今の俺にはこの力は使えないが近い能力ならば使える。いざという時は使うしか無いだろうが。例え、この身が果てることになろうとも。
「玄人くん、来てたのね」
「どうも千代さん。槍の色変わったんですか?」
「ええ。暴風から隻眼槍になったの。投げたら必中って奴よ」
千代さんの背にある槍が銀色から緑色へと変化している。その槍からは俺と同じ神力が溢れ出していた。いわゆる神器という奴なのかもしれない。人が使えるレベルに力を落としたものなのだろう。そうでなければ人が扱うことはできないはずだ。
どうしてスキルとして発現したのかは分からないがそういうものなのだとしか言いようがない。この世界には神は実際にいたようであるし、オーディンもいて千代さんに力を貸し与えたという可能性もある。まぁ実際の所は分からないがいてもいなくても姿を現さない神など今は考えても仕方のないことか。
「それはまた凄いですね。でも、使いにくくないですか?」
「まぁね。それでもだいぶ慣らしたから大丈夫よ。楓ちゃんも参加するのよね?」
「はい。一応、スキルは持っていますし」
「……そう。玄人くん、そろそろ行ってきたらどう?」
「神の領域にですか?」
「ええ。あなたしか行けないんだから任せるわ。詳しくは知らないけど、そうした方がいいんでしょう?」
千代さんは俺の身に起こった事を何となく感じていて行くことを進めている。俺が解決することを望んでいるのだ。俺も本当は行きたいと思っていた。魔物を全滅させればきっとあの神には勝てないと分かっていたからだ。いや、正しくはあの神の元へ行く為の力が足りなくなる。
千代さんの後ろから斎藤の姿を確認する。斎藤の腕の中には小さな赤ん坊の姿があった。半精霊のその子供は仄かに魔力を纏って光っている。その隣では真由美さんが笑って斎藤とその子供を見ていた。
俺がすぐに行かなかったのはそういうものを守りたかったからだ。楓も、斎藤もあの魔物の群れにぶつかって生きていけるとは思えない。それだけが心残りであったのだ。
「楓を残していけませんよ。俺は守ると誓った責任がある」
「それは私が請け負ってあげるわ。だから行きなさい」
「……………………」
魔神に勝てる可能性は万全な状態であっても万に一つもなかった。どれだけの権能を有していようと有効範囲内に入らなければ意味はない。素直に死んでくれるかどうかだけが賭けだった。博打にも程があるが賭ける価値はあった。
俺が本気で悩んでいると楓が言った。本当に何でもないかのように。
「先輩、行ってきてくださいよ」
「楓、それじゃあお前が」
「いいんですよ。さっと行ってさっと帰ってきてください。そうしたら大丈夫なんですから。信じてますよ」
「……分かった。そうするよ。絶対に生き残ってくれよな」
「先輩に言われるまでもありませんよ。私は強いんですから大丈夫です」
そう言って笑う楓に俺は胸が張り裂けそうになるのを抑えて背を向けた。きっと彼女は死ぬつもりだ。あの魔物の群れはそう簡単に勝てるものではない。ドラゴン一体ですら今の俺の魔力ほぼ全てを使ってどうにか屈服させたのだ。向こうには何体もドラゴン級の魔物がいる。もはや、人類に残された選択肢は地下に隠れ潜むか、戦い抗って生き残るかしかなかった。
「お気をつけて、先輩」
「ああ。行ってくる」
楓の言葉にそれだけを返して俺は全ての魔力を使って神の領域へと跳んだ。
▽▽▽
先輩が何を思い、ここに残っていたのかは分からない。少なくともそれは私のためであったのは間違いない。そんな優しい先輩のためにも私は生き残らなければならない。先輩がどこかへと消え去った後、私は千代さんと共に目の前から来た魔物の群れへと視線を向けていた。
「千代さん、どうしますか?」
「それはあなた次第ね。私はあれを片付けるわ。半分は無理でも四分の一なら何とかなりそうだし」
「そうですか。私も本気を出してやりますよ。先輩との約束、守りたいですし」
私が持てる全ての力を持って生き残る。それだけが今の私にできることだ。使い魔生成によって生み出した眷属達を全てこの場に召喚する。金狐と銀狐、鴉や雀、土竜や狼等々。
「みんな、力を貸して」
「きゅ!」
「きゅきゅ!」
金ちゃんと銀ちゃんが代表して答えた。私が生み出す使い魔達は全て現代に生きる動物に魔力を持たしただけの生き物だ。それでもかなりの強さを持つ。これでかなり戦力増強になるはずだ。それでもなお、届かないとはどれだけの魔物がこちらに向かっているのか。少しだけ絶望的だがそんなことを言える暇も無い。
「あら可愛いわね。生き残ったらモフモフしたいわ」
私達全員が死を覚悟していた。周りにいるスキル持ちもここに住む住民も魔物に襲われた時点でこういった事態は予測していた。それでもここで止まっているのは戦えない仲間を、家族を、友達を、恋人を守るためだ。
「待ってますからね、先輩」
そうして後に人魔絶戦と呼ばれる人類の生き残りを掛けた戦いが幕を開け、そしてすぐに閉じることになる。たった一匹の竜が暴れまわったせいだ。いずれ世界の守護竜と言われるようになる黒竜タロスの最初の戦いと言われるそれは本当に呆気なく終わるのだった。




