現の夢に見る色
夢か現か幻か。あやふやな感覚に身を委ねながら俺は今、危機に貧していた。いや、正しくは色に溺れそうになっていた。目の前にいる裸の女性は俺を獲物のように見つめては迫ってくる。たったそれだけの事に俺は悦に溺れそうになってしまう。下半身は敏感に反応してしまっている。まるでサキュバスのようだなと思っていると不意に体の自由が利くようになった。まるで選択しろとでも言わんばかりに突然に、だ。
「ふむ。動けるな」
一つ呟くと俺はその女性から逃れ、歩き出した。夢とも幻とも知れないその場所に不思議と不安はない。まるで知っている場所であるかのように俺はどんどん先へと歩いていく。
その場所は俺が幼き日に過ごした家の近くにある公園であったり、高校であったりした。あるいは、飛行機が飛ぶ近くであったり、外国であったりもする。
摩訶不思議な空間は次々とその場所を変え、最後には見覚えのある場所へと移り変わった。そこは俺が作り上げた拠点であった。そこには何故か楓が裸のまま、横たわっていた。
「寝てるのか? いや、違うな。精神が混ざってる?」
まるで俺の性欲を試すかのようなこの光景に俺は色欲のユニークスキルについて思い出していた。
▽▽▽
「色欲、ですか? 憤怒に続き、色欲まで手に入れたんですか。それで全てですよね」
始まりは憤怒と色欲の二つを手に入れたことから始まった。全ての大罪スキルを手に入れた俺はいよいよ次の段階に行くのかと思っていたのだが何故か色欲だけは使えなかったのだ。
その事を楓に相談して何かヒントを得ようとしたのだがスキルを持っていない者に聞いても分からないという結論に至っただけだった。
「色欲という程ですから性欲が関係しているんじゃないですかね?」
「そうなんだろうけど。俺、そんなの無いしな」
「先輩、枯れてますもんね」
「誰が枯れてるって? 全く、俺も男なんだからそこそこ性欲はある、はずだ」
「そこは自信満々に言ってくださいよ」
そんなやりとりをした後、俺はふと思い付いて楓に触れながら使ってみたらどうかとやってみた所、案の定先程の光景というわけだ。
▽▽▽
「いや、訳が分からん。色欲は他者と何かしないといけないスキルなのか? どうせ神になったらこんなスキルも関係なくなると思うんだが」
「……んっ、先輩?」
「お、起きたか」
横たわっていた楓が起きたのを見て俺はその場に座り込む。周りに危険は無いようだし、何もないので楓と話す以外にする事はない。
目を覚ました楓は自身の状態を見つめ、ついで俺を見て顔を真っ赤に染めながら上目遣いで言った。
「……変態」
「いや、そんな可愛く言われてもなぁ」
「か、かわっ、可愛いって」
「おう。というか、ここ、本音しか言えなくなってるな」
「そうなんですか?」
「ああ。思ったことがポンポン口に出てしまう」
この空間はどうにもそう言う空間らしい。そんな空間あってたまるかと思うがあるのだから仕方ない。隠すような事もないし、別にいいだろうと俺はそのまま会話をしようとしたが楓は口をパクパクと開けたり閉じたりを繰り返していた。そんな楓に俺は言った。
「そんなに俺のこと、嫌いか?」
「そ、そんな事はありません! あ」
「まぁそれならいいんだよ。きっと俺と楓の気持ちが通じ合えばここから解放される仕組みだろうし」
「どうしてそう言いきれるんですか?」
「そういう設定の方が盛り上がるだろ? 物語の終盤なんだぜ?」
「何ですかそれ。私は小説のヒロインじゃないんですよ」
「知ってるよ。ずっと見てきたからな」
そう、ずっと見てきた。好きになる前からずっと見てきたのだ。ただ隣にあるだけの存在ならいくらでもいる。けれど、楓はそれに甘んじることはなかった。いつも何かしようと気を揉んでいた。結局、スキルが手に入るまでは何もできずにいたがそれでも必死で足掻いていた。
俺はそんな楓の事が好きになった。家族と同じ温もりを与えてくれる楓が好きだ。俺の心を暖めてくれる楓が好きだ。だからこそ、護りたいと思うようになった。これから先ずっと、いつまでも共にいたいと願うようになった。
「俺は見てきたんだ。お前が何かしようとしていたことも、俺のために何かと気を掛けてくれることも、スキルを手に入れてからは守ってもくれたし、俺に家族の温もりを与えてくれた」
「先輩……」
「俺はさ、感謝してるんだ。これからもずっと一緒にいてほしいと思ってる。けど、それは俺がそう思ってるだけだ。楓はどうしたい? お前は俺と一緒にいてくれるか?」
「私は……」
答えは違ってもいいんだ。俺はお前を護るから。
そんな願いを胸に抱きながらもどこかで期待をしていた。そんな矮小さが嫌になるがそれが人間なんだと改めて思う。もう少し、もう少しで手が届く。俺はその答えを聞いた。
「私は先輩とずっと一緒にいますよ。先輩一人じゃ頼りないですからね。その、私も、先輩のこと、好きですから」
「そう、か」
空間が広がって溶けていく。どうやら想いを知ることがここから出る条件だったらしい。その言葉に嬉しさを滲ませた笑みを俺は浮かべた。
「先輩、もしも私がここのこと、忘れても離さないでくださいね」
「分かってるよ。俺はお前が思ってるより執着心高いんだぞ?」
空間が曖昧になり、目の前が真っ白になっていく。体が溶けていき、そのうち思考すらできなくなっていく。その途中で何らかの力が俺に流れ込んでいく。これは……恐らくだが神の力。
「神になれたのか。呆気ないな」
そんな呟きともとれない言葉を残して俺は意識を失うことになった。神になっても人と変わることはないらしい。そんな事を思いながら。




