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因縁の魔物

 それから千代さんがやってきたのは午後が過ぎた頃であった。魔物の襲撃に備えて見回りを立てているので千代さんもそれに加わらないといけないはずだったのだが今回のことを受けて主戦場として正式に雇われたらしい。斉藤も馬鹿ではないので千代さんを有効に活用するだろう。その前に敵討ちをさせるところがなかなか分かっている。


「二人とも、仲がいいのね。羨ましいわ。結婚したらどう?」

「千代さんが羨む要素はないと思うけど? 気が向けばするかも?」

「そうですね。普通に話してるだけですし。気が向けばってどう言うことですか」


 二人揃ってそう答えたが千代さんは翳りある笑みを浮かべるだけで答えることはなかった。代わりに別の話をし始めた。


「そんな事よりそろそろ行きましょう。あいつが近くにいるから今の内に討っておきたいの」

「イビル・アブソーブですか?」

「ええ。スキルも魔法も効かないのよ。厄介な相手でしょう? 私の槍もお手上げ状態」

「それなら俺のスキルもダメそうですね。対策はあるんですか?」

「まぁね。奴は知覚されるまでは吸収は使わないの。そこが唯一の弱点ね。そして吸収を使える額にある目を狙えば無力化できるわ。その後は暴走状態になってとても強くなるけどそこからは私でも倒せるわ」

「どうしてそこまで分かってるんですか? 試したとか?」

「いいえ。神に対価を払って教えてもらったの。それに今の内に倒せばあいつはもう現れないとも言ってたし、倒さなきゃね」


 無理に笑う千代さんはどこか痛々しかった。それから千代さんは楓と話をはじめる。

 何があったのかは詳しくは知らないがきっと大事なものを失ったのだろう。俺に似ていると感じたのはきっとそれだ。俺も大事な家族を亡くしているけれど、今こうしていられるのは楓がいたからだ。

 隣の楓は千代さんと楽しそうに話している。俺にとって楓は新たな家族であり、護るべき対象だ。それは楓を助け拾った時から決まっていた事だが今ではそれが当たり前のようになっているのが不思議だ。胸に湧き上がる暖かいものに俺はつい笑みを浮かべてしまう。


「先輩、止まってないで来てくださいよ。置いてっちゃいますからね」

「悪い。行くよ」


 いつの間にか足が止まっていたらしい。たった一ヶ月しか経っていないのに美しさが何倍にも増した気がする楓を見つめながら俺はイビル・アブソーブを倒すために気合いを入れ直した。


 イビル・アブソーブがいるのはここから北東方面に歩いた所を少しした辺りらしい。どうにも都合よく近辺に魔物が出てくるがどうしてだろうか。魔物はあの魔神が生み出しているので眷属と言っても過言ではないので不思議では無いのかもしれないが。

 銀色の槍を背負う千代さんを先頭に俺、楓とその細い道を続く。北東方面は地崩れが激しく地形が時々崩れるらしいのだ。現に今も崩れて道が変わってしまっている。


「ここは私の婚約者が住んでいた場所なの。もう原型すら見られないけどね」

「ここが、ですか」

「ええ。彼は優しい人だったわ。争いごとも苦手な人でね。スキルを手に入れてもあまり使わなかったわ」

「それがどうしてお亡くなりになったんですか?」


 楓と千代さんの会話を聞きながら俺は険しい道を歩く。魔物に家族や恋人を奪われるなんてのはこの世界にはありふれたものだ。ごまんとあるそれらは決して適当に流していい話ではない。経験したからこそ分かる。大切な者を失った者の行動は二つ。死ぬか、復讐か。そのどちらかしかない。復讐する相手がいなければ死ぬしかない。まぁ極論なので決してそのどちらかをするという事ではない。


「イビル・アブソーブが突然現れたのよ。急に現れた奴は私を攻撃してきた。そんな私を彼が庇ってしまったの。唯一のスキルを使ってね」

「……そうなんですか」

「まぁ今はそれほど辛くはないわ。思い出さない訳じゃないけど、彼の分も生きないとって思ってるからね。ほら、着いた。ここが奴がいる場所。そして、あれがイビル・アブソーブよ」


 話をしている内に目的の場所に着いたようでその場所を視界に収めることになった。そこは何もない平地。その中心にポツンと一つだけ陰があり、丸い球体が浮いていた。一つ目のその魔物は目の上に小さな目を一つだけ付けており、ただずんでいた。


「あれがイビル・アブソーブ。先輩、届きますか?」

「スキルは届くけど、気付かれずにとなると分からないな。ごり押しでいけるならそれで行きたいけど、こんだけ遠距離だと無理だろうし」

「そうね。まずは作戦を決めましょう。まぁ一つ目の上にある目を潰すこと。これが第一目標ね」

「これが吸収を使う本体みたいですからね」

「ああ、吸収されるのはごめんだな。手が打てなくなる」

「その後は各自攻撃ね。あの目さえなければ私でも倒せるわ。何か質問は?」

「無いな。とりあえずあの目を狙ってみるか」


 作戦が決まったのでともかく攻撃だ。イビル・アブソーブ自体はその場でじっと浮かんでいるだけで特に何かする様子もない。暴喰グラトニーを発動させ、その小さな目を目掛けて喰らおうとした。直前にこちらに気付かれ、暴喰グラトニーが消失する。いや、吸収されてしまった。


「気付かれた。何でだ?」

「来るわよ!」

「ファイアーショット!」


 楓が魔法を放つのとイビル・アブソーブが動くのは同時であった。何もかもを吸収するというのは伊達ではない。文字通り魔力を全て吸収している。ファイアーショットも効果を発揮することなく吸収されてしまう。その間にもイビル・アブソーブが迫ってくるが打つ手がない。


「千代さん、物理は効くんだよな?」

「ええ。けれど、至近距離で吸収を使われたら体ごと吸収されちゃうわよ」

「なら、遠距離がいいな。こんな事もあろうかと紐を常備しておいて正解だったな」

「紐ですか? そんなもので何を……あ!」


 適当に拾った石をスリング用に調整した紐に通して固定。後は振り回して投げるだけ。スリングはお手軽投石道具であると同時に誰にでも使える代物でもある。これがあれば君も一人前の投石者だ、と通販で売り出せるレベルだ。

 ブーストには魔力の身体強化を使う。本体には魔力は使わないのでこれで吸収されないはずだ。ぶんぶんと一定回数、振り回した後に俺は思いっきり手を離した。手から離れた石はかなりのスピードでイビル・アブソーブの小さな目を抉り、吹き飛ばした。声無き絶叫が聞こえてくる。本当に当たったようである。


「うまく行き過ぎじゃないかしら?」

「先輩ってチートですからね。存在そのものが反則です」

「おいおい。酷い言われようだな。俺だって力をそれに合うように使ってるだけなのに。さて、暴喰グラトニー喰らえ」


 暴喰グラトニーはあっという間にイビル・アブソーブを喰らい、この世界から消し去ってしまった。こうして呆気なく、敵討ちは終わりになってしまった。


「……先輩」

「いやぁ早く終わったな。敵討ちなんて辛気くさいからやめてくださいね?」

「ふふ、そうね。私もそろそろ疲れてたからこれぐらいがちょうど良かったのかも」

「でしょ? さぁ帰ろうか。ん?」


 俺は不意に光る物が見えたのでそれを手に取る。それはシルバーリングで裏にはK.Nと掘られていた。それを千代さんに渡す。


「千代さん、これ」

「これは……あの人のね。まさかこれを残すためにスキルを使ったのかしら」

「スキルですか? そう言えばどんなスキルを使ったのか伺っていませんでしたね」

「ああ、それはね。固定というスキルよ。対象を固定する。初めはあまり使えないスキルだと思ったけど。そう、あの人はこの指輪の存在を固定したのね」


 千代さんは嬉しそうに笑った。それがどんな意味を持つのか俺には分からなかった。ただ喜んでいるのであればそれでいい。人が笑顔でいるのにあれこれ詮索するのも野暮だとそれ以上の話はしなかった。


「さ、帰りましょう? 今度何かあったら私が手伝うわ。その時は言ってね」


 いつものお姉さんに戻った千代さんは朗らかに笑ってそう言ったのであった。


▽▽▽


 千代さんと別れた後、俺はディザスター・フォレストにまで戻ってきていた。どういうわけかこの場所は俺を守護してくれる精霊がいるので下手な場所にいるより安全なのだ。隣に並ぶ楓と共に木の根をしっかりと乗り越えながら進む。


「先輩、千代さんはどうして最後、笑ったのでしょうか」

「さぁな。あの指輪にはそれだけの価値があったんだろう」

「あの婚約指輪ですか。先輩は何も感じませんでしたか?」

「何も。強いて言うならもっとスキルを使いこなしてたら生きていたかもな。千代さんの婚約者は」

「そうでしょうか。どのみちどこかで同じ目に合っていたかもしれませんよ」

「夢がないな。せめて想像でくらいはハッピーエンドにしとけよ。そうじゃなきゃ夢がない」

「それもそうですね。ところで先輩、いつするんですか?」

「何が?」

「結婚です」


 楓がそう言うのと合わせて俺は目を逸らした。冗談で気が向けばと言ったのだが本気にしたのだろうか、ならば申し訳ないが今はその気はない。せめて神殺しを終えた後、その後に手順を踏んでからしたいものだ。あくまで自分の中の妄想なのだが。

 そんな俺に溜め息を吐いて楓が小さく呟く。


「ヘタレですね、先輩は」

「何か言ったか?」

「いいえ、何でも。まぁ先輩が結婚なんて無理そうですし、おすすめはしませんよ」

「酷い言い草だが全くその通りだ。まだお気楽な人生を生きていたいからしばらくは考えたくもないな」


 二人揃って歩く時間が愛おしく感じる時がある。隣にいる女の子がとても可愛くてどぎどきする。そんな当たり前の感情を感じる日常を俺は大切にしたい。そのためにもやらなければならないことがある。全てを片付け終えた後、いつか……


 精霊が集まってくるのを見て俺はこれから先の計画について思考を切り替えた。

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