魔物の奇襲
「なぁ楓、俺の見間違えじゃなきゃ、あそこ襲われてるよな?」
俺の言葉は楓の無言の頷きによって肯定されてしまった。どうしてこう行く先々で問題が起こってしまうのか。いい加減、平穏に暮らしたいんだけどなぁ。
そんな俺の本音も時間を消費するだけで解決はしない。目の前の光景は俺の予想を遥かに超える形で最悪であった。魔物がコミュニティーを襲う。これは今までは有り得ない事だった。どれだけ強い魔物でも人の多い場所には近付かない。それが人を集め、安全圏を作り出したのがコミュニティーの始まりだ。それが今目の前で破られている。仕方ないと覚悟を決めて一言、楓に告げる。
「助けるぞ。斎藤にはまだ借りを返してもらってないからな」
「はい。どこから行きますか?」
「真っ正面からだ。一番目立つからな。先に行くぞ」
それだけ言うと俺は身体強化をして走り出した。目覚めてからの身体強化の強化率がかなり上昇している。これも神の領域とやらにいったおかげだろう。嬉しくとも何ともないが無いよりはマシだと自分に言い聞かせる。
あっという間にコミュニティー前まで着くと俺は暴喰の力を解き放った。目の前にいた魔物が全て消え失せる。魔力がかなり消費したが今はそれどころではない。更に奥に進むために千剣万化を発動、文字通り千の剣を生み出して進み始めた。
これだけの数が多ければ制御できないとも思っていたが意外と何ともない。むしろ、まだまだいけるみたいだ。神の領域には人が入れないことを考えるとこの成長は当たり前なのかもしれない。
しばらくしている内に千代さんの姿が目に入る。俺は声を掛けた。
「千代さん!」
「玄人くんか。やっと起きたのね」
「ええ。それよりこれはどういうことですか?」
「神とやらの宣戦布告よ。腑抜けが多いから刺激を促すために魔物を使って攻めてきたの」
「また神ですか。仕方がないですね。とりあえず片付けますよ。もうすぐ楓も来ますから」
「分かったわ。精々、頑張りましょうか」
千代さんは手に持つ槍を振るい、敵を薙ぎ払う。その背中は幾百の言葉よりも心強かった。俺も頑張らないといけないか。そう思い千の剣の指揮に集中し始めた。まぁ俺の方が強いんだけどな。
「ほらよっと」
千剣万化で生み出した千の剣が宙を舞う。有り余るそれらを魔物にぶつけて串刺しにしていく。豪快に消費していくが魔力は千剣万化を使う程度ならば減らないので問題はない。次々と体に剣が刺さり、地面に固定されていく魔物達は血を大地に流していく。
ここには弱い魔物しかいないようでゴブリンやイビルボアくらいしかいないようだ。この程度なら魔力無しでも倒せる。そう判断した俺は更に剣を量産、辺りにばらまいて地面に突き刺していった。
「手が開いている奴は手伝え! 戦わなければ死ぬぞ! 友が! 家族が! 愛する者が! 守りたければ戦え! この俺が守ってやる!」
「あら、そんな事言っちゃって大丈夫なの?」
剣を手に取った者が一人、俺が突き刺した魔物を突き殺す。一人目が出れば二人目が、二人目が出れば三人目が、次々に剣を手に取り、戦い始めた。
「「「うぉおおおおおおおおおおおお!!!」」」
それは戦場特有の狂気。されど、今はそれこそが必要であった。剣を手に取る人が増える度に殲滅スピードが増える。俺は次々に魔物を串刺しにしていくだけの簡単なお仕事だ。これほど楽なこともない。
「大丈夫ですよ。楓も来ましたからね。それに俺はまだ本気を出していませんよ」
「ファイアーショット! 先輩、後五百はいますよ。ここに来るまでに百は片付けたので残り四百です」
そう言ってやってきた楓に頷き、俺は千代さんを見る。銀色に光る槍を振り回し、器用にゴブリンを打ち、あるいは刺し殺している。打たれたゴブリンは別のゴブリンに辺り他の魔物を巻き込んでいく。突き刺されたゴブリンは心臓をきっちりと突き抜けられていた。どうやら相当な業物らしい。スキルによる効果なのか、あるいは槍そのものがスキルなのか。
楓が魔法による援護を始めた事で俺の手もようやく落ち着いてきた。いくら千本操れるようになったとはいえ、流石に全て同時に、とはならない。狙いもまだまだ甘々でとてもではないが実践では使えない。これでは神殺しも夢のまた夢だ。
「さて、そろそろ終わりにするか?」
「そうですね」
「じゃあ決めちゃってね。私はゆっくり休むわ」
俺は楓と共に最後の攻勢を掛けた。
民間人に無理やり協力させた防衛戦は死者数十人程度で終わりを迎えることになった。この戦いは人類に衝撃を与えるのに充分な出来事であった。もう戦う以外に生き残る道はなくなったのだ。そしてその果てにあるのは神の死であることも。
これから誰もが武器を持ち歩き、魔物に備える時代が来る。きっと今までは神が魔物を動かさないようにしていたのだろう。それももう終わった。神は俺という駒を動かすためにありとあらゆる事をするはずだ。面倒くさいが仕方がない。思い通りに動くのも癪なので全て片付けて堂々と神の領域とやらに乗り込んでとっちめてやることにする。
千剣万化は鍛冶がないこの世界では有用である事が分かったし、楓の四魔融合もかなり強力だ。
これからの時代、神が死んだとしても魔物は残っていく。その後にどう人類が生き残っていくのかを考えればスキルや魔法を研究していかなければならないだろう。俺はそこまで背負う気はないので他の人に託す。神殺しが終われば流石に俺もゆっくりしたい。そうでなければ身が持ちそうにないからだ。そんなわけで魔物の奇襲という形で始まったこの戦いは終わりを告げた。
「先輩、聞いているんですか?」
「ああ、聞いているよ」
戦後処理の話を楓から聞いていた俺はこの後に合流予定の千代さんとの待ち合わせをしていた。遂に仇敵の魔物の居場所を見つけたと言っていたので退治にでも行くのだろう。
「それで俺が雇われるかって話だったか?」
「それはこれの次に話す予定の話ですよ。本当に聞いてたんですか?」
「悪い悪い。まぁなんでもいいよ。俺と一緒にいたんだから大体分かるだろ? 適当に決めてくれ」
「分かりました。本当にいいんですね? 結婚してくださいと言う手紙が304件も来ていると報告があるのですが」
「は、はぁ? 何だって結婚の話になるんだよ。まさか斎藤の奴か?」
驚く俺に呆れる楓。こっちが呆れたくもなるが楓はそんな俺を省みることもなく、説明を続ける。
「斉藤さんのお子さんが精霊だったからですよ。別に先輩じゃなくてもいいんですが強い人の方がいいと勝手に解釈したみたいですよ。どうするんですか?」
「なるほどなぁ。断っといてくれよ。俺はそういうのなんかやだわ。義務的に生まれた子供なんて可哀想だし。何より浪漫がない」
「何ですか浪漫って」
「そりゃあ男の俺でも好き人に捧げたいという奴だよ。そもそもそんな淫欲だらけな事できるか」
「へぇ先輩にもそんなまともな考えがあったんですね」
「俺を何だと思ってんだよ、お前は」
「ただの朴念仁だと思ってます」
普通にそう返されると凹む。確かに人の気持ちには鈍感な方だがそこまで言われる筋合いは無いはずだ。まぁ別に言われたから直すとかそういうのでもないし、別に気にしない。気にしないったら気にしないのだ。
「楓、帰ったらご飯抜きな」
「なっ! そんな事で拗ねないでください。そんな先輩は初めてです!」
「今思いついたからな」
「思いつきで言わないでくださいよ。私のお腹はどうなっちゃうんですか」
「さぁね? 俺には分からん。帰る頃にはぐーぐーなってるかもな。隣で俺が飯食ってるから」
「むぅ。許しませんよ、先輩」
可愛くむくれる楓に俺は笑い、楓はそれに怒る。そんな普通のやりとりを続けながら俺達は千代さんがやってくるまでそうしていたのだった。
いつやってくるか分からない戦い。一時の安らぎはとても重要なものだ。束の間の安らぎを求めて俺は戦うのだ。そしていつか掴むであろう未来を求めて、ただ強く、強く、在るために。




