神の悪戯=神託
残酷なる神託。後にそう呼ばれるようになるその出来事は俺が眠っている間に起きていたらしい。布告をするといっていたのがそれらしいのだがその内容がとんでもないものだったのだ。
目覚めた俺は腹の上に座る金と銀の狐を視界に収める。俺に気付いたらしい金と銀の狐はきゅーんと鳴いたかと思うとどこかへと行ってしまった。その方向を見てみれば楓が血走った目をする男に襲われている最中であった。
「何というかテンプレだな」
暴漢からヒロインを助ける主人公を思い描いた俺はなにはともあれと身体強化をして楓の元へと駆け付けた。今にも襲い掛からんとしている男の頭を鷲掴みにして暴喰で剣を半分ほど喰らっておいた。
「……先輩」
「呼んだか?」
少しだけ楽しくなっていたのは否定しない。テンプレとは楽しむものだ。むしろ、それ以外でどうしろと言うのか。テンプレはその後の展開が分かっているからこそ面白いというものだ。それでも飽きずに求めてしまうのはそれが好きだからだ。決まりきった行動をこそ求めたい時もある。
思考がブレたので元に戻す。軽く抱きしめていた楓を解放し、暴喰で男の四肢を喰らう。これでもう動けまい。
「グァァァァァァアアア!」
「何じゃこりゃ。完全に理性を失ってるな。そういうウイルスか? それとも新手のスキルか?」
「最近流行りの狂化系スキルですよ、先輩」
久し振りに聞いた気がする楓の声に俺は笑みを浮かべて挨拶をする。
「おはよう、楓。最近流行りのってのはどういうことだ?」
「先輩が寝ている間に色々あったんですよ。大変だったんですから」
「悪い。どれだけ寝てたんだ俺は」
「一ヶ月です。寝坊し過ぎですよ、まったく」
「面目ない。まぁとりあえず、色々聞かせてくれ。明確に目標が決まったから整理もしたいしな」
そう言った俺に楓は首を傾げるのであった。
自称勇者らしい男を地面に顔だけ出して埋めた後、俺は近くにあった木にもたれ掛かり、楓から話を聞くことになった。一ヶ月も寝ていたとなると相当なロスタイムだ。俺がこれから神を殺すにもそれなりの時間と覚悟がいる。そのためにも情報は疎かにはできない。
「さて、まずは一ヶ月前に起こった出来事からですね。初めに、神託がありました」
「神託?」
「はい。自称神の神託です。その声曰く、自分は魔物を生み出した魔神であり、今の世界を作り出した張本人であるとか。更に自身を殺せる者を見つけるために魔物を作り出したと言っていました」
「……あいつ、マジで言いやがったのか」
「先輩?」
「いや、何でもない。続けてくれ」
神が真面目に神託をするとは思えにくい。娯楽性を求めている節もあったのだ。何か小細工しているに違いない。案の定、それは当たっていた。
「そして、一番厄介なのは人を殺すことでスキルを手にできるようにした事です。それは一般人が殺しても例外ではありません」
「なるほどな。それはまた厄介だな。一般人がスキル持ちを殺した例はあるのか?」
「何度かありますね。かく言う私も、先輩も狙われていますよ。特に先輩は危うそうです。魔王の依りしろとか言われてましたし」
「俺が? 何というか嫌な予感しかしないなそれ。で、この男はどうしてこんなに狂ってるんだ?」
「ああ、これですか。これは先ほど言った狂気系のスキルですよ。狂気系のスキルは神託後に現実を受け止められなくなった人達が持つようになったスキルですね。今の所、ユニークスキルでは確認されていません」
「現実を受け止められなくなる、ねぇ。神託だけでそんな事になるか? 怒りを覚えるならともかくなぁ」
「ええ。ですから次の話になります。真実味はあまり無いのですがこのディザスター・フォレストを越えた先から魔物の群れがやってきているとの噂が出回りました」
「へぇ、そりゃまた恐ろしいな。それを信じた奴はいるのか?」
「はい。真偽は見てみるまでは分かりませんからね。そこで視力強化系のスキル持ちに偵察に行かせた所、本当だと判明しました」
「ふーん。って、俺達、ヤバくないか?」
「まだ大丈夫ですよ。ゆっくり進んでいるみたいでここに到達するまでまだ一ヶ月以上は掛かりますからね」
どう考えてもそれは神の仕業にしか思えない。あいつは俺を自分と同じ領域に引き上げるのを目的としていそうだし、魔物をぶつけることで成長を促そうとするのは自然と考えられる事の内の一つだ。
神託、魔物の大群。二つだけでも色々と精神的負担が大きいのにそれらがほぼ同時に確認されれば精神がいかれるのも無理はない。まぁそれで他人様に迷惑を掛けるのはどうかとは思うが人とは結局その程度の弱さでできあがっているのだから仕方もないか。
俺の体もそこそこ体力が落ちているので大群と戦うには厳しいものがある。魔力は何故か増えているが神の領域とやらに無理やり上がらされたからだろう。これからどうするべきか。そんな事を考えていると楓がこれからのことについて聞いてきた。
「それで先輩、これからどうしますか? 私は拠点に戻って大群が来る前に引きこもるのをお勧めしますが。一ヶ月弱ではどうしても対抗できるとは思えません。中にはドラゴンも確認されていると聞きますからね」
「あー悪いけど、逃げる選択肢は無しだ。神とやらを殺すには必要なことだからな」
「神を殺す、ですか。もしかして夢の中で神様とあったとかいいませんよね?」
「おお、凄いな。その通りだ。と言うわけで、だ。俺は強くなることを目標に明確に定めることにしたんだ。神曰く、俺は神になれるらしいからな」
俺がとんでもない事を認め、とんでもない事を言うと楓はどこか疲れたような溜め息を吐いた。そんな楓はすぐさま気を取り直したのか、こんな事を言う。
「先輩って巻き込まれ体質ですよね。きっと生まれ変わっても治らないと思いますよ。私が保証しますよ」
「保証されても嬉しくないんだが。まぁいいや、ともかく大罪のスキルを全て開花させる事からだな。それからあの群れに対抗する策も考えておかないと」
考えること、やることが多すぎて正直何をやっていいか分からない。神の野郎も無茶苦茶な事を押し付けてくれる。特別深い恨みは両親のこと以外はないがいつか本当にぶん殴ってやる。
「先輩」
「ん? 何だ」
「私も」
言葉を切った楓の方を見る。一ヶ月が経ったというのは本当だと認められる程に楓の髪は伸びていた。背中まで伸びているであろう黒髪が風に揺れて動いている。その表情もどこか大人びていて成長を感じさせる。黒い瞳には強い意志が感じられ、強く惹かれるものがあった。
楓がいつの間にか伸びしていた手が俺の頬に触れる。柔らかくも暖かい手から温もりが溢れ出す。この温もりは二度と手に入らないと思っていた家族の、父さんと母さんの温もりだ。
「私も一緒に行きますよ。先輩がどこに行くのかは知りません。けれど、着いて行きますから。どこまでもずっと。遥か彼方まで」
「……ああ。それは有り難いな。とても」
この温もりが忘れられなかった。両親が死んだ時、様々な思い出が蘇った。もう誰も俺に優しく触れてくれる事はないのだと思ったら悲しくなったのを覚えている。二度と手に入らぬ家族との時間と温もり。
それが今こんなに近くにあったのだと自覚し、俺は笑った。こんなにも近くにあったのならもっと早く知りたかった。いや、時間が掛かったらこそ見つけられたのか。どちらにしてももう見失うことはないし、手放すこともない。誰かに奪われることももう許しはしない。
「どうかしましたか?」
「何でもない。そろそろ行こうか」
いつの間にか精霊が集まってきていた。四つの色が輝き、空の星のように無数に光る。それはまるで俺の新たな門出を祝うかの如く、無数の点滅をもって歓迎しているかのように見えた。




