二人の騎士と育ちつつある災いの種
お待たせして申し訳ありません。実生活が落ち着くまでまだまだ時間がかかりそうなので、かなり不定期更新になりますが、よろしくお願いいたします。
「おもったよりはやくみつかってよかった~。」
クリムさんの店を出てすぐに、そう言ってアレクはホッと安堵の息を吐いた。
「・・・もし、ここでみつからなかったらどうするつもりだったの?」
アレクの事だから他にもいろいろ候補地は決めていたと思うのだけどと、興味本位で尋ねると、アレクはちょっとだけ困った表情を浮かべながら「あー・・・うん・・・そうだねぇ・・・」と言葉を濁した。
「?」
「・・・じつはね、シェリル。あんしん、あんぜんをうたっているこのがくえんとしにもね、やみのぶぶんはそんざいするんだよ。」
「・・・というと?」
「クリムのみせからもっとずっとおくにいくと、かかくたいもずっとこうがくなしょうてんがたちならぶくかくがあってね。・・・そのなかのとあるみせがやみいちをひらいているんだ。」
「ノワール・・・バザール?」
「そう・・・おもにはとうひんのきょうそうばいばいらしいんだけど・・・ね。ときどき、しゅうしゅうかむけの、きゅうじだいのいさんげんていいち、なんていうのもおこなわれてるらしいんだ。」
「・・・やけにくわしいのね?」
「それは・・・その・・・・・・ぜんせいのぼくが、いちどだけ、りようしたことがあるから・・・かな。」
「!!?」
あの時は、アンジェリーヌの為に、どんな手段を用いても手に入れたいものがあったんだ。苦労して手に入れたその品も、アンジェリーヌが喜んで笑ってくれるなら、それだけの価値はあったのだと・・・今にして思えば、自分勝手に国益を浪費しただけに過ぎない愚かな行為なんだけど、あの頃の僕は、それすら気づかない最低な人間だった。と、そう語って悔しそうに目を閉じたアレクは、けれど次の瞬間、力強い意志を、その瞳に宿し、前を見据えていた。
「もし、ここでみつからなくても、ぜんせいのきおくをたよりにやみいちをりようするつもりだったんだ。もくてきのものだけてにいれて、あとはてきはつするつもりで・・・ね。だから、ぼくらからはかくにんできないけれど、しろからせいえいのきしをはいびしてるんだよ。」
まぁ、無駄になっちゃったけどね。と苦笑したアレクは、過去、どのアレクとも違う雰囲気で・・・頼もしくもあるけれど何処か危うい印象を受ける。
「・・・アレク・・・・・・」
「まぁ、なにごともなくすんなりとおわったんだからよしとしようよ。そのおかげでぼくらのデートのじかんがふえたんだし。」
「!?」
「さぁ、つぎはどこにいこうか?」
そう言ってアレクは私の手を引いて勢いよく駆け出した。
随分と早く目的の店から出てきた小さな主たちを、彼らに見つからず、尚且つ見失わない程度距離を取りつつ、周辺一体に気を配っていた一人の騎士が見つけると、彼はホッと安堵の息を吐くと脳天気に荒事にならず無事に終わったようで何よりだと微笑んだ。
「・・・ダリウス・・・何ニヤけてんだよ、任務中だろ?」
「そうだけど・・・アレク様のあの様子だと、俺たちの『任務』も取り敢えずは終了っぽいよ?」
と、同僚騎士の苦言にダリウスと呼ばれた年若い騎士は微笑ましいものを見るように、視線を、何やら店の入り口付近で立ち止まり会話をしているアレク達へと投げ「あぁしてみると殿下も年相応だよねぇ~。」と、呟きながら頬を緩めた。
「・・・確かに、あぁして見れば、な?・・・実際は化けモンじゃねぇかと思う時があるけどな。」
あの年齢で闇市の存在を把握してるって言うんだから、神様とやらの気まぐれはホント常人には到底理解できねぇよ。と、口は悪いがそれでも自身に課せられた任務を忘れることなく、頼りにならない同僚の分も警戒しながら周囲に気を配っていた騎士は、ふと、妙な感覚に目を細めた。
「・・・ローラン?」
「あー・・・・・・荒事は避けられないっぽいぜ、ダリウス。」
「へ?」
「まぁ、居るよな、普通に考えて・・・・・・・・・・・・この先の路地に2、その周辺に5・・・か?・・・早いとこ王子様たちを回収してって・・・あぁ!?」
ローランの状況判断に直様気を引き締め直したダリウスだったが、突然走り出した幼子たちに、ローランは思わず叫び声を上げた。
「くっそ・・・なんでよりによってそっち行くかなぁ!?ダリウス、急げ!何かあってからじゃ遅い!!」
「お・・・おう!!」
まるで自ら囮になるかのように、ローランが見つけた不審者がいる方へと駆け出したアレクサンドルたちを、二人の騎士が慌てて追う。幼子に脚力で負けるはずもないのだが、予め距離を取っていた分遅れを取る形にどうしてもなってしまう。あぁ・・・後で叱責を喰らうかな、と、ローランは舌打ちを一つ打ち、先に不審者と接触してしまった幼子たちを見遣った。
「おやおや、お坊ちゃんたち、そんなに慌ててどこへ?」
すすっと私たちの行く手を急に塞ぐように現れたのは、如何にも真っ当な仕事はしてませんというかの様な、下卑いた笑みを浮かべた男たちで、それに気づいたアレクは走るのを止め、彼らの視界から私を遮るように、隠してくれた。
「・・・・・・・・・おじさんたち、だれ?」
子供独特の甲高い声だけれど、いつものアレクの声よりは低く、男たちを警戒しているのだと解る。けれど、良い獲物に気を取られている男達には、そんな些細な変化は見抜けなかったようで、まるで野良猫を餌付けするような感覚なのだろう、懐から色取り取りのお菓子を取り出し「こんな所でなにしてるの?」「ママとはぐれたのかい?」と、アレクの問いには耳を貸さず、口々に決まり文句を乗せていた。
「さぁさ、お菓子でも食べてそれからゆっくり――――――――――――ごふっ!!」
「ご無事ですか、アレクさまっ!!!?」
徐々に狭まってくる彼らとの距離に、アレクは不快そうな表情を浮かべているが何故か逃げようとはせず、不意に一陣の風が駆け抜けたかと思えば、男たちは一瞬にして薙ぎ倒されていた。何が起こったのかよくはわからなかったけれど、いつの間にか私たちの前にはどことなく見覚えのある背格好の騎士が立っていて、酷く心配そうな表情で私たちを・・・というか、アレクを見つめていた。
「・・・・・・・・・かるがるしくぼくのなをよぶな、と、いいつけてあっただろう、ダリウス?」
「・・・あっ・・・」
「それに、こういうのを、あらかじめはいじょしておくのがおまえたちのやくめだろう?なにやってたの、いままで。」
「う・・・うぅ・・・それは・・・その・・・えぇと・・・・・・」
颯爽と暴徒を排除したはずの騎士は、アレクの不遜な言葉にしゅんと項垂れ、口篭る。・・・そっか、見覚えがあるなぁとは思ったけれど、彼はダリウスなのね。あれ?でもダリウスってこんな性格だったかしら?
「まぁ、まぁ、若様。そう新人を虐めないでやってくださいよっ、と。・・・ほら、あれですよ。ワザと、泳がせてたってヤツですよ。」
まだ周囲にも居たのだろうダリウスによって転がされた暴徒たちの仲間と思しき者たちを一網打尽に縛り上げて引きずってくる騎士にも見覚えがあるのだけれど・・・うーん・・・誰だったかしら・・・ダリウスと一緒にいる騎士って言うとリュシアンが真っ先に思い浮かぶんだけど・・・どう見ても違うのよの・・・。(リュシアンはこう・・・間違った方向に格好つけているというか・・・こういう口の悪さではないのよね・・・。)
「・・・・・・はぁ・・・まぁ、ローランがそういうのなら、こんかいはみのがしてあげる。・・・ダリウスもろともセルジュのところにつれていって。・・・こんかいぼくらにからんできたということはそうとうまっくろなもののやりとりがあるはずだから、てっていてきにしらべて、あわよくばどさくさにまぎれてせんめつさせてきてよ。」
「・・・御意・・・・・・って、若様っ!!何処へ行くつもりなんっすか!!?」
不遜な態度を取りながらも、アレクは的確な指示を二人の騎士に出していく。そして再び私の手を取ると、後は用はないとばかりに歩き出し、慌てて引きとめようとする騎士ローランの言葉ににっこりと笑顔を浮かべた。
「どこって・・・シェリルとデートのつづきをするんだけど?」
「なっ!!そ・・・それなら俺もお供にっ!!」
「なにいってんの。ダリウスにはちゃんとつぎのしごとをあげたでしょう?それともぼくのはなし、きいてなかったの?」
「っ!?」
「しんぱいしなくても、きけんなばしょにはいかないし、ひぐれまえにはかえるし・・・それにリヴィエールけのゆうしゅうな『みってい』もいるようだし、だいじょうぶだよ。」
そう言い切ったアレクにどこからともなく息を呑むような気配がして、アレクはくすりと「まぁ、一人前というにはまだまだなレベルみたいだけど、ね。」と苦笑すると今度こそ、振り返ることなく歩き出した。
「・・・・・・きづいてたの?」
「ん?・・・あぁ、『みってい』のこと?・・・うん。もともと、ついてくるだろうなっていうのは、その・・・けいけんじょう、しってたから・・・ね。」
でも、何処に隠れているかまではわからなかったよ。と笑うアレクに私も苦笑を浮かべた。
「そっか・・・。でも、びっくりしたわ。ダリウスってあんなせいかくだったのね?」
「ちゅうせいしんはひといちばいってところはかわってないんだけどねぇ・・・なんでかぼくのそばにいたがるんだよねぇ・・・うっとうしいことこのうえないんだけど・・・」
と、心底嫌そうな顔をするアレクだが、私には心当たりがある。
前生でのダリウスはアレク付きの護衛騎士で、常にアレクの傍に静かに控え、彼の言葉に良く従っていたのだけれど、アレクがアンジェリーヌと親密になる事だけは許し難かったようで、最終学年に入る頃には自らの意思でアレク付きの騎士を辞め、そして近衛騎士に戻ることも拒絶した彼は何を間違えたのか、リヴィエール家の私兵になっていたのだ。
ダリウスとしては、なんとしてでもアンジェリーヌを蹴落とし、再び私とアレクの仲を取り持とうとしてくれていたのだろうけれど、それも無意味な程、あの二人の絆は硬い物になっていた。学院卒業が近づくに連れ、ダリウスはアレクから離れたのは間違いだったのかと思い悩むようになるのだけれど、正解なんて何処にもありはしないのだから考えても無駄なのにと、何度思ったことだろう。そこから先は私は心を壊してしまっているので推測でしかなくなるのだけれど、アレクが後悔から【逆回転の大時計】を起動させる前まで、恐らくダリウスはリヴィエール家と他国の支援者の協力を得て反乱を起こしているはずだ。その最中もずっとアレクの傍から一時でも離れてしまったことを悔い続けていたのならば、その頃の記憶はなくとも魂の何処かに刻みつけられたその不安から、過保護な現在のダリウスを形成しているのかもしれない。
「まぁ・・・すかれているのはいいことだとおもうよ?」
「そうかなぁ?でもおとこにすかれてもきもちわるいっていうか・・・ダリウスのはなしをしてもおもしろくないから、やめにしよう・・・。」
疲れたような溜息を零すと、アレクは迷いなく路地を進んでいく。そして、いつの間にか商店街を抜け、緩やかな坂を登りきると、丘の上は広い公園になっていて、アレクに促されるまま足を進めると、そこから見下ろすと、学園都市の全景が見渡せるようになっていて、その壮観にほぅっと息を吐くと、アレクは嬉しそうに「気に入った?」と尋ねてきた。
「・・・うん。」
「シェリルはこういうところきたことないだろうなっておもったから・・・」
「それは・・・まぁ・・・そうね・・・」
公園内から響いてくるのは元気良く駆ける平民の子供たちの声。時折下級貴族と思しきカップルが散歩がてらのデートを楽しんでいるようだ。そもそも私やアレクのような高位貴族が利用するのは一般解放された公園ではなく、貴族専用の庭園で、騒がしさとは無縁の場所なので、確かに、新鮮ではある。何よりこの壮観な眺めはここでしか見ることができないのだから尚更だろう。
「おうじょうからおうとをながめるけしきも、ここからがくえんとしのまちをながめるけしきも、おもむきはちがうけれど、よく、にているんだ。」
「・・・?」
「こうしてみるけしきって、ちっぽけなものにみえるだろう?けれど、そこにはかぞえきれないくらいおおくのいのちが、あるんだ。」
豊かであればあるほど、守るべきものが多いんだって、そう実感するし、怖くもある。・・・前生の僕はこの景色をただの風景位にしか思っていなかったけど・・・・・・この先、僕が狂わない、なんて保証もない・・・でも僕はあんな歴史は嫌だから・・・・・・・
ぽつりぽつりと語るアレクの言葉に胸が締め付けられる。・・・それは・・・その思いは私も同じからか・・・
「・・・だから、シェリルには、そばでぼくをみまもっていてほしいんだ。もし、ぼくがみちをたがえそうになったそのときは・・・・・・」
「・・うん。だから、そのときはちゃんと、わたしのはなしを、きいてね?」
「!!?」
恐らくアレクは一番最悪な方法を私に告げようとしたに違いない。それほど思いつめた表情をしていたから。でも・・・それはあくまで最終手段であって、私は・・・アレクにも幸せになって欲しいんだから、それだけは絶対に認めない。だから言葉を被せるように口を開けば、不意にアレクは泣き出しそうな表情を浮かべた後こくんとゆっくりと頷いた。
「だいじょうぶよ。いまのアレクなら・・・ちゃんとまもるべきものをりかいしてるのなら・・・だいじょうぶ。」
だけどね、アレク。どうか、そこまで思いつめないで。一人で抱え込まなくていいんだよ。だって貴方のそばには―――――――――――――――――――――――
「ねぇ、ママ。ほんとうに、いつかおうじさまがアンジェをみつけてくれる?」
きらきらとした目を母親に向ける幼子に母親は笑顔で「もちろんよ。」と言い切った。
「アンジェが良い子にしていたら、心優しい子で居続けたなら、その美しさを王子様が見逃すはずがないもの。」
「そっか・・・うん!アンジェ、いいこになるっ!!やさしいこになるっ!!それで、おうじさまにみつけてもらって、おしろでしあわせにくらすのっ!!」
「えぇ・・・きっとアンジェならなれるわ。」
幼子の可愛らしい夢だと母親は微笑ましく思いながら幼子の頭を撫でるけれど、幼子のその願いはとても真剣なものだと、気づきもしない。
(アンジェはおうじさまにえらばれるただひとりのおんなのこなの。ママも、アンジェがおうじさまのおよめさんになれるっていってくれたもの。うそつきはわるいこなのよ。アンジェのママはわるいこじゃないもん。よいこなママのむすめのアンジェもよいこだから、おうじさま、ぜったいにみつけてくれるはず!でも、もっとみつけてもらいやすいように、もっとよいこで、もっとやさしいこにならなくっちゃ!!)
「ママ、なにかおてつだいすることなぁい?」
「おや、僕たちの天使は本当に心優しい子だねぇ・・・」
「あ、パパっ!!おかえりなさい!!」
いつの間にか戻ってきていた父親の言葉に、幼子は嬉しそうに彼に飛びついていく。その表紙に胸元からはらりと落ちた一枚の紙に母親が首を傾げた。
「おかえりなさい、あなた。あら、それは?」
「ん?あぁ・・・街で号外が出ていてね。アレクサンドル殿下とリヴィエール公爵家のシェリーフルール様がご婚約なさったらしい。」
「まぁ、それは素敵ね!」
「・・・?」
「アンジェもいつか素敵な男性と婚約できるといいわね。」
「うん!わたし、おうじさまとこんやくするのー。」
「そうかそうか・・・うん。パパとしてはずっと家で居てくれる方がいいんだけどなぁ・・・。」
「そうねー。でも、アンジェの花嫁姿はきっと吃驚するくらい綺麗でしょうねー。」
「!!?よ・・・よし、パパ、これからも頑張ってアンジェのために、一番綺麗な花嫁衣装を仕立てるために働くからね!!」
「うふふ・・・さぁ、ご飯にしましょう。アンジェ、食器を並べてくれる?」
「うん!」
ごく普通のありふれた光景。幸せな日常。けれど・・・・・・
「ねぇ、パパ?こんやくすれば、こんなふうにかみにかいてまちでくばられるの?」
「ん?あぁ・・・これは特別なんだよ。今回のは・・・」
「うふふ、アンジェ。これは貴族様のご婚約だから、出来ることなのよ。」
「きぞく?」
「そう。アンジェも王子様に見つけてもらえたならこんな風に配ってもらえるわよ。」
「そうなんだー!すてきっ!!」
きゃっきゃと笑う愛娘に、父親は複雑そうな表情を浮かべた。
「・・・ママ・・・?」
「可愛い娘の可愛い夢を壊すのは早すぎるでしょう?もしかしたらアンジェならそれもありうるかもしれないでしょう?」
「うーん・・・でもパパは・・・身の丈にあった恋をして欲しいんだけどなぁ・・・」
高望みしすぎるのは破滅しか齎さないんじゃないかな?と困惑する父親に、母親も苦笑しながら「この頃の夢なんて大人になるにつれて現実を見るようになればすっかり忘れてしまうわよ。」と言うと、愛娘の方へと視線を投げた。
「・・・アンジェは頭の良い子だもの。叶わぬ思いもすぐに理解するわ。」
しかし、その幼子の願いは生涯変わることない、執着にも似たものだと発覚するのは数年先のことである。