第3話 王都の追跡者
少女の手を引き、王都の路地を駆け抜ける金太。
やがて二人は、建物に囲まれた開けた通りへと飛び出す。
その瞬間、建物の陰から兵士が飛び出し、横合いから斬りかかってきた。
「うおっ!」
金太は咄嗟に身をかわし、少女を背後へ引き寄せる。
足を止めた二人の周囲に、次々と兵士たちが現れた。
「くそっ!囲まれた!師匠、何やってんだよ!」
金太は少女を背中にかばい、刀を構え直した。
前方に三人、背後にも三人。六人の兵士がじりじりと間合いを詰めてくる。
「ほんとしつこけえな!」
「その娘を渡せ!」
「嫌だっつってんだろ!」
正面の兵士が斬りかかってきた。
金太はその一撃を受け流し、相手の腹を蹴り飛ばす。
しかし、すぐさま左右から二人の兵士が迫った。
「うおっと!」
身を沈めて一方の刃をかわし、もう一方の刀を弾く。
その隙に、別の兵士が少女へと手を伸ばした。
「大人しくしろ!」
少女は白い鞘の刀を抱きしめたまま、素早く身をひねってかわす。
続けて掴みかかる兵士の腕をくぐり抜け、壁際へ逃れた。
「そいつに触んじゃねぇ!」
金太が助けに向かおうとするが、別の兵士が行く手を塞ぐ。
「行かせん!」
「どけっ!」
金太は勢いよく斬りかかるが、その一撃は兵士の刀に受け止められる。
さらに背後から別の兵士が斬りかかり、金太は辛うじて身をかわすも、体勢を崩して石畳に片膝をついた。
「くそっ……!」
追撃を辛うじて弾き返し、立ち上がる。
その間に、少女は二人の兵士に追い詰められていた。
伸ばされた手をかわし、壁際をすり抜ける。
だが、逃げた先にも兵士が立ちはだかった。
「いい加減大人しくしろ!」
「させるかぁっ!」
金太が強引に割って入り、兵士を斬り払う。
返す刀で別の兵士を弾き飛ばし、少女を背後へかばった。
「大丈夫か?」
少女が小さく頷く。
「俺から離れるな」
しかし、兵士たちは容赦なく攻め立ててきた。
一人を斬れば、別の一人が迫る。
金太は必死に刀を振るい、少女へ伸びる手を払いのけた。
「これでっ……終わりだっ!」
渾身の一撃で最後の兵士を斬り倒す。
ようやく、路地に静けさが戻った。
「へっ……ざまあみろってんだ!」
金太は得意げに笑い、軽く息を整えた。
「なかなかやるではないか」
不意に頭上から声が降ってきた。
「……あ?」
金太が見上げると、建物の屋根の上に一人の男が立っていた。
白い着物に黒い虎縞模様。肩には巨大な大剣を担ぎ、堂々と胸を張っている。
男は不敵に笑うと、勢いよく屋根を蹴った。
「とうっ!」
ひらりと宙を舞い、
ドスン!
砂埃をあげ、金太たちの前に着地した。
「むふふふ」
わざとらしく大剣を肩に担ぎ直し、得意げに笑った。
男は倒れた兵士たちには目もくれず、少女へと視線を向ける。
「ほぅ。この子が例の女子か……思ったより幼いのぉ」
「なんだ?変なおっさんだな」
「お主!」
男の眉が跳ね上がった。
「なんだよ?」
「儂は、こう見えても十六じゃ!」
「嘘つけ!どう見ても三十くらいだろ!」
「馬鹿かお主は。儂のどこをどう見たら三十に見えるんじゃ!」
「声でか……つーか、おっさん誰だよ?」
「なんと!儂を知らんとな!仕方ない。では……」
男は姿勢を正し、胸を張り、わざとらしく咳払いをした。
「うぉっほん!」
片足を大きく踏み出し、右手を天へと掲げる。
「儂は光の四神がひとり!白き猛獣――白虎様じゃ!」
白虎は勢いよく腕を振り下ろし、金太へと指を突きつけた。
「いざ尋常に勝負!勝負!」
「おっ、名乗りか!いいねぇ!」
それを見た金太は、嬉しそうに刀を納める。
「じゃあ俺も……」
少女が不思議そうに金太を見上げた。
「うぉっほん!」
金太は大きく足を開き、歌舞伎役者よろしく見得を切る。
「俺の名はぁ!黒獅子が一番弟子ぃ――金太様だぁ!」
ぐっと腰を落とし、片手を前へ突き出す。
「その勝負!あ、受けてぇ~やるぜぇ!」
しん、と辺りが静まり返った。
少女がぱちぱちと瞬きをする。
白虎はしばらく金太を見つめていたが、やがて満面の笑みを浮かべた。
「お主、よいの~!」
「へへん!」
金太は得意げに鼻をこすった。
「じゃが勝負は勝負。まいる!」
「来い!」
白虎が力強く地を蹴った。
巨体からは想像もつかない勢いで、金太との間合いを一気に詰める。
「――っ!?」
反射的に刀を構えた金太の目前へ、白虎が滑り込んできた。
鋭い一撃。
金太は辛うじて受け止めたものの、腕に強烈な衝撃が走る。
「ぐっ!」
続けざまに二撃、三撃。
重い。
それも、先ほどの兵士たちとは比べものにならない。
金太が刀を振り下ろす。
しかし白虎は避けようともせず、大剣で真正面から受け止めた。
ガキィン!
「なっ……!」
金太が力を込めても、白虎の大剣はびくともしない。
「ほれ、どうした?そんなものか?」
白虎は不敵に笑うと、大剣を力任せに振り抜いた。
「うおっ!」
金太はその衝撃に押され、体勢を崩す。
「軽いのぉ!」
白虎はすかさず一歩踏み込み、金太の懐へ飛び込んだ。
「なっ⁉︎」
次の瞬間、強烈な拳が金太の腹部に突き刺さる。
「ぐはっ!」
金太の体が後方へ吹き飛び、石畳を転がった。
「……!」
少女が不安そうに金太を見つめる。
金太は痛む腹を押さえながらも、少女を心配させまいと笑顔を向けた。
「心配すんな……しっかし、変なキャラのくせして、強すぎんだろ……」
白虎は肩をすくめた。
「もう終わりか?もちっとやると思ったんじゃがのぉ」
「まだ……終わってねぇよ!」
金太は再び立ち上がる。
だが、その足元はふらついていた。
「ふむ。威勢やよし!」
白虎の表情から、ふざけた笑みが消える。
「じゃが、ここまでじゃな」
ゆっくりと構えを取った。
「安心せい。命までは奪わぬ。その代わり、少し眠ってもらうぞ」
白虎が踏み込む。
金太は刀を構えたが、すでに体が反応しきれない。
迫る一撃。
その刃が金太へ届こうとした瞬間――
甲高い金属音が響いた。
「……なっ?」
金太の目の前で、銀色の髪が揺れていた。
少女だった。
いつの間にか抜かれた白い刀が、白虎の大剣を鋭く弾き返す。
「むうっ⁉︎」
思わぬ反撃に、白虎が一歩後ずさった。
少女は金太をかばうように、白虎の前に立ちはだかった。
「お前……」
金太が呆然と呟く。
少女は答えない。
ただ、白虎を真っ直ぐに見つめていた。
白虎の口元が、ゆっくりと吊り上がる。
「ほぉ……なんじゃお主、強いではないか」
その瞳に、好奇心が宿る。
「よいの~!」
白虎が再び斬りかかる。
少女は半歩だけ身をずらし、刃を受け流した。
続く攻撃も、無駄のない動きでかわしていく。
金太は息を呑んだ。
先ほどまでの少女とは、まるで別人だった。
白虎の斬撃が右から迫る。
少女は刀を立てて受け止め、瞬時に刃を返す。
白虎が身を引く。
その胸元を、白い刀身がかすめていった。
「おおっ!」
白虎は楽しそうに声を上げる。
「危ない危ない!これは油断できんのぉ!」
少女は追撃する。
一歩、二歩。
足運びは静かで、刀筋には迷いがない。
白虎の重い一撃を最小限の動きでかわしながら、鋭い反撃を重ねていく。
白虎もまた、笑みを浮かべたまま応じた。
互いの刃がぶつかり、火花が散る。
石畳を踏む音。
衣擦れ。
そして、絶え間なく響く剣戟。
「すげぇ……」
金太は思わず呟いた。
自分がまるで歯が立たなかった相手と、少女は互角に渡り合っている。
だが、その戦いは長く続かなかった。
「白虎くんが手こずるなんて……報告通りね」
不意に、また頭上から女の声が響いた。
金太が顔を上げると、建物の屋根の上に二つの人影があった。
一人は、艶やかな黒髪をなびかせた美しい女剣士。
白い片袖の着物に鮮やかな赤い袴をまとい、その腰には二振りの刀が差されている。
凛とした佇まいには、どこか近寄りがたい気品が漂っていた。
そして、その隣に立つのは十七歳ほどの少年。
黒い装束の上に深緑の羽織をまとい、腰には小太刀を携えている。
少年は屋根の端に静かに立ち、穏やかな表情で金太たちを見下ろしていた。
「でも、僕たちが来たからには無駄な抵抗だよ」
そう言うと、少年は屋根を蹴り、軽やかに地面へ降り立った。
続いて女剣士もふわりと宙を舞い、赤い袴を翻しながら着地する。
「……おい」
金太が呆れた顔で三人を見回した。
「お前ら、なんで屋根の上から出てくんだよ!」
「何を言っておる。その方が、カッコ良かろうがっ!」
白虎が得意げに胸を張る。
「だから普通に出てこようって言ったのに……」
玄武がぼやく。
「……白虎くん、言い出したら聞かないでしょ」
朱雀も小さくため息をついた。
白虎が顔をしかめた。
「それより朱雀!玄武!今いいとこなんじゃ。邪魔するな!」
朱雀は呆れたように息を吐く。
「もう、遊んでる場合じゃないでしょ」
玄武も困ったように笑った。
「軍師が早くしろ〜、ってうるさいんだ。さっさと済ましちゃおう」
「軍師が?……うむむ」
白虎は露骨に嫌そうな顔をした。
「仕方ないのぉ」
少女へと向き直る。
「というわけじゃ。すまんが……本気でいくぞ!」
空気が変わった。
先ほどまでの陽気な雰囲気が消え、白虎の全身から鋭い気迫が放たれる。
少女がわずかに身構えた。
次の瞬間、白虎が動いた。
先ほどとは比べものにならない速さ。
少女は刀を合わせるが、凄まじい一撃に吹き飛ばされる。
「悪いわね、時間がないの」
朱雀は赤い袴を翻し、舞うような足運びで少女に迫る。
その両手から繰り出される二振りの刃が、美しい弧を描きながら少女を追い詰めていく。
少女はかろうじて斬撃を受け流すが、背後から玄武が迫る。
「こっちだよ」
「させるか!」
金太が飛び込む。
玄武の攻撃を刀で受け止め、少女をかばった。
「てめえら!女相手に三人がかりなんて、卑怯だろ!」
玄武は首を傾げる。
「僕たちは任務を遂行しているだけだよ」
「そういう問題じゃねぇ!」
金太が斬りかかる。
だが、玄武は身をひるがえして斬撃をかわすと、逆手に構えた小太刀で金太の刀を弾いた。
「ととっ!」
体勢を崩した金太に、白虎が斬りかかる。
だが、少女がすかさず割って入り、その一撃を弾き返した。
金太と少女は背中合わせになる。
「大丈夫か?」
少女が小さく頷いた。
「よし。とはいえ……こいつら、めちゃくちゃ強え……」
二人は同時に踏み込んだ。
金太が玄武を引きつけ、少女が白虎と刃を交える。
だが、朱雀が加わることで、攻防は次第に一方的になっていった。
金太が玄武の攻撃を受け止めた瞬間、朱雀が横から迫る。
少女がそれを防げば、白虎が別の角度から斬り込んでくる。
「くそっ……!」
金太の額から汗が流れた。
少女も肩で息をしている。
白虎が大きく踏み込んだ。
「これで終まいじゃ!」
少女が刀を構える。
しかし、朱雀と玄武に退路を塞がれ、かわす場所がない。
白虎の刃が迫る。
刹那、黒い影が二人の前に飛び込んだ。
ガキィィン!
激しい金属音とともに、白虎の大剣が弾き返される。
「むっ!?」
白虎が後退する。
金太の目が輝いた。
「師匠!」
そこに立っていたのは、黒獅子だった。
「強そうなのが三人もおるのぉ」
「……遅ぇよ」
その背後から、もう一人の男が姿を現した。
「みんな気をつけろ!」
黒獅子を追ってきた青龍が、鋭い声で仲間たちに警告する。
「其奴、黒獅子だ!」
白虎が目を丸くする。
「黒獅子じゃと!?」
そして首を傾げた。
「……えっと、誰じゃっけ?」
朱雀が呆れたように答える。
「前大戦で百人斬りと異名を取った、闇の剣士よ」
玄武も黒獅子を見つめる。
「その武力は建御雷と互角って噂だよ」
「なんじゃと⁉︎そいつはすごいのぉ」
白虎は感心したように頷いた。
青龍は刀を構え、黒獅子たちを睨みつける。
「我ら四神が揃った今、もはや其方たちに勝ち目はない!大人しく刀を捨てろ!」
「誰が!」
金太が威勢よく言い返す。
黒獅子はそんな金太を横目に、黒い刀を肩に担いだ。
「金太、もうひと暴れするか」
「おうよ!」
四神が一斉に動く。
青龍が正面から斬り込み、黒獅子がそれを受け止める。
互いの刀が激しくぶつかり、火花が散った。
そこへ白虎が側面から迫る。
黒獅子は青龍の刃を押し返し、その勢いで体を回転させた。
白虎の重い一撃を紙一重でかわし、黒い刀を横薙ぎに振るう。
「ぬおっ!」
白虎は巨大な大剣を盾のように構え、その一撃を真正面から受け止めた。
ガキィィン!
凄まじい衝撃が走り、白虎の巨体が後方へ吹き飛ばされる。
「な、なんじゃと⁉︎」
白虎は石畳に足を踏ん張り、どうにか体勢を立て直した。
一方、金太は玄武と刃を交えていた。
「そんな力任せじゃ、僕は斬れないよ」
玄武は逆手に構えた小太刀で金太の攻撃を受け流し、素早く背後へ回り込む。
「てめえこそ、ちょこまかしてんじゃ……ねえ!」
金太は振り向きざまに刀を振るった。
玄武は身をひるがえしてかわすが、金太はすぐさま踏み込み、追撃を繰り出す。
先ほどの戦いで、相手の間合いを少しずつ掴み始めていた。
少女は朱雀と向かい合っている。
朱雀は赤い袴を翻し、舞うような足運びで二振りの刀を繰り出した。
流れるように放たれる斬撃を、少女は白い刀で受け流し、静かに反撃する。
朱雀もまた、優雅に身をかわしながら刃を返す。
二人の刀が幾度も交差し、甲高い金属音が響いた。
「……なるほどね」
朱雀が呟く。
「確かに、ただの女の子じゃないみたい」
少女は何も答えず、静かに刀を構え直した。
戦いは激しさを増していく。
青龍の鋭い斬撃を黒獅子が弾き、続く白虎の重い一撃をかわす。
金太が玄武を押し返し、少女が朱雀の二刀を受け流す。
互いに一歩も譲らない。
だが、黒獅子は戦いの中で、四神の動きを冷静に見極めていた。
青龍は正面からの勝負にこだわる。
白虎は圧倒的な腕力と防御力で相手をねじ伏せる。
朱雀は舞うような二刀流で仲間の隙を補い、玄武は素早い身のこなしで相手を翻弄する。
四人の連携は見事だった。
しかし――
「金太!」
「おう!」
黒獅子の声に、金太が即座に反応する。
玄武へと踏み込むと見せかけ、金太は急に進路を変えた。
「なっ?」
虚を突かれた玄武が、わずかに反応を遅らせる。
その隙を、少女は逃さなかった。
白い刀が閃き、玄武の小太刀を弾き飛ばす。
無防備になった玄武へ、少女が刀を振り上げた。
「殺すなっ!」
黒獅子の鋭い声が響く。
少女は咄嗟に刃を止めると、すかさず鞘を振り抜き、玄武の腹部へ叩き込んだ。
「ぐっ!」
玄武は衝撃に耐えきれず、石畳へうつ伏せに倒れ込んだ。
白虎が大剣を振りかざし、黒獅子に迫る。
「ぬおりゃあ!」
黒獅子はその重い一撃を受け流すと、すかさず白虎の懐へ踏み込んだ。
「むっ⁉︎」
黒い刀の柄が、白虎のみぞおちに深くめり込む。
「ぐっ!」
白虎の巨体が折れ曲がり、そのまま石畳へ崩れ落ちた。
青龍がすかさず黒獅子へ斬り込む。
「師匠!」
「おう!」
金太が横から飛び込み、青龍の行く手を塞いだ。
その一瞬を逃さず、黒獅子が青龍の刀を弾き上げる。
「くっ!」
金太の追撃を辛うじてかわした青龍は、大きく後退した。
朱雀が援護に入ろうとしたところへ、少女が立ちはだかる。
赤い袴が翻り、二振りの刀が美しい弧を描いた。
しかし、少女はその連撃を見切り、白い刀で鋭く斬り返す。
「あっ……!」
朱雀の刀が一本、宙へ弾き飛ばされた。
少女はそのまま踏み込み、朱雀の足を払う。
「きゃっ!」
体勢を崩した朱雀が石畳へ倒れ込むと、少女は間髪入れずに鞘を振り下ろした。
「ぐっ……!」
みぞおちに強烈な一撃を受け、朱雀はその場にうずくまった。
戦いの流れが変わった。
黒獅子、金太、少女。
三人は互いの動きを補い合い、四神を追い詰めていく。
やがて、青龍も黒獅子の一撃を受け止めきれず、片膝をついた。
白虎は大剣を支えに立ち上がろうとするが、力が入らず、その場に座り込む。
朱雀は腹部を押さえたまま動けず、玄武も石畳に倒れたままだった。
もはや、四神に戦いを続ける余力はなかった。
黒獅子は刀を下ろした。
「ふぅ……さすがは四神。骨が折れたわい」
金太は大きく息を吐く。
「はぁ……はぁ……勝った……のか?」
少女も静かに刀を下ろした。
だが、その安堵は長く続かなかった。
「なんだ、その無様な姿は!」
怒声が響き渡った。
青龍の顔色が変わる。
「……っ!」
通りの奥から、三人の人物が姿を現した。
先頭を歩くのは、威厳に満ちた武人、建御雷。
その手には、長大な刀が握られている。
隣には、白い髭を蓄えた小柄な老人、少彦名命。
二人の後ろに、まだ幼さの残る少年、天が立っていた。
青龍はすぐさま頭を下げた。
「建御雷様、軍師殿……申し訳ございません」
少彦名命は四神を見渡し、愉快そうに笑った。
「ほっほっほ。わが光の国が誇る四神がやられるとは……あやつ、何者じゃ?」
建御雷は、その問いには答えなかった。
鋭い眼差しが、黒獅子を捉える。
「久しぶりだな、黒獅子」
黒獅子は目を細めた。
「……建御雷か」
そして、懐かしそうに笑う。
「久しいのぉ。なんじゃ、こんなところまで。儂にわざわざ会いに来たのか?」
「ふん。落ちぶれた貴様などに興味はないわ」
建御雷は黒獅子の背後へ目を向けた。
少女が、びくりと肩を震わせる。
「俺が用があるのは、その娘だ。大人しく渡せ」
黒獅子は少女を一瞥した。
そして、何でもないことのように答える。
「そういうわけにはいかん」
「お前には関係ないことだ」
「この子は……あ〜、儂の娘じゃ」
「……は?」
金太が間の抜けた声を上げた。
建御雷は眉一つ動かさない。
「嘘をつくなら、もう少しマシな嘘をつけ」
「なんじゃ、バレてしもうたか」
黒獅子は豪快に笑った。
「がっはっは!」
「師匠!笑ってる場合じゃねぇだろ!」
黒獅子は笑みを収め、建御雷へと向き直った。
「ま、事情は分からんが……か弱い女子をお主らに渡すわけにはいかんのぉ」
建御雷の眼差しが鋭くなる。
「首を突っ込んだこと、後悔するがよい」
黒獅子は黒い刀を構えた。
「そのほうがお主らしいわ」
建御雷が長刀を振るった。
空気を切り裂く轟音。
黒獅子はその一撃を真正面から受け止めた。
凄まじい衝撃が二人の足元を走る。
石畳の隙間から、細かな砂埃が舞い上がった。
「ぬぅっ!」
黒獅子が刀を押し返す。
建御雷は即座に刃を引き、続けざまに斬り込んできた。
重い。
そして速い。
黒獅子はその攻撃を受け流し、反撃の一閃を放つ。
建御雷が長刀で受け止める。
激しい金属音が響いた。
二人の間合いが交錯する。
一撃ごとに空気が震え、周囲で見守る四神たちも思わず息を呑んだ。
金太は息を呑んだ。
「すげぇ……」
金太が今まで見てきた戦いと次元が違った。
建御雷の長刀が弧を描く。
黒獅子は身を沈めてかわし、懐へ踏み込んだ。
黒い刀が鋭く突き出される。
建御雷は体をひねってかわし、柄を返して黒獅子の肩を狙う。
黒獅子は肘でそれを受け流した。
「相変わらずじゃのぉ」
「貴様は、腕が鈍ったようだな」
二人の刃が再び激突する。
しかし、その攻防を見つめていた少彦名命は、少女へと視線を移した。
「ふむ……」
そして、天へと小さく目配せをする。
天は無言で頷いた。
その様子に、金太は気づかなかった。
「師匠!負けんな!」
金太が声を上げた瞬間。
建御雷が大きく踏み込んだ。
黒獅子は長刀を受け止める。
だが、その背後で、金太へ向かって別の刃が迫っていた。
「金太!」
黒獅子が振り返る。
反射的に金太の前へ身を投げ出した。
鋭い痛みが走る。
「ぐっ……!」
黒獅子の体から血が散った。
「……え?」
金太の目が見開かれる。
黒獅子の肩口が深く斬り裂かれていた。
「師匠!!」
黒獅子は片膝をつき、傷口を押さえた。
建御雷が静かに長刀を下ろす。
少彦名命は愉快そうに目を細めた。
「ほっほっほ。百人斬りと恐れられた鬼も、可愛い弟子には甘いのぉ」
金太は歯を食いしばった。
「てめぇら……!」
少彦名命は少女へと手を差し伸べる。
「さあ、娘よ。こちらへ」
少女が一歩後ずさる。
金太はその前に立ちはだかった。
「てめぇらなんかに渡してたまるか!」
金太は刀を握り直し、少彦名命へ斬りかかった。
だが、その刃が届く寸前――
死角から小さな影が飛び込んできた。
ガキィン!
「なっ⁉︎」
金太の刀が受け止められる。
目の前には、いつの間にか小さな少年が立っていた。
「無駄」
冷たい声と同時に、少年の刃が閃いた。
「ぐあっ!」
金太の体から鮮血が飛び散る。
斬られた勢いでよろめき、金太は数歩後退した。
少年ーー天は、無表情のまま刀を構えていた。
「いってぇな、クソガキ……どけ!」
「お前もガキだろ」
「うるせぇ!」
金太が再び斬りかかる。
しかし、天はわずかに身をかわすと、すれ違いざまに刀を振るった。
「ぐあっ!」
金太の背中に鋭い痛みが走る。
「ぐっ……剣筋が……見えねえ……」
金太は歯を食いしばり、振り返った。
天は何事もなかったかのように、静かに刀を構えている。
その様子を見て、少彦名命が愉快そうに笑った。
「ほっほっほ。見てくれで判断すると、怪我するぞい」
金太は信じられないという顔で天を見た。
自分より小さな少年。
それなのに、まるで歯が立たない。
天は表情一つ変えず、金太へ迫る。
「くそっ!」
金太は必死に刀を振るった。
だが、その一撃一撃を天は最小限の動きでかわしていく。
無駄がない。
迷いもない。
まるで、あらかじめ金太の動きを知っているかのようだった。
少女が金太を助けようと踏み込む。
しかし、その前に建御雷が立ちはだかった。
「……!」
「殺すな、天!娘の力が目覚めると厄介だ」
建御雷の長刀が振り下ろされる。
少女は白い刀で受け止めるが、その衝撃に大きく後退した。
「……っ!」
建御雷は容赦なく攻め込む。
少女は必死に応じるものの、先ほどまでの戦いで体力を消耗していた。
さらに、建御雷の攻撃は重く鋭い。
一撃を受けるたび、足元が揺らぐ。
黒獅子が立ち上がった。
「……まだじゃ……」
傷口から血が滲む。
それでも、黒い刀を握る手は震えていなかった。
「二人とも!下がれ!」
黒獅子が建御雷へ斬りかかる。
しかし、傷を負った体では、先ほどまでの動きができない。
建御雷の長刀を受け止めた瞬間、傷口に激痛が走った。
「ぐぅっ……!」
黒獅子の膝が沈む。
「師匠……!」
金太が駆け寄ろうとする。
だが、天がその前に立ちはだかった。
「心配してる場合?」
天の刀が鋭く振り抜かれる。
金太は咄嗟に刀で受け止めようとした。
しかし、天は刃を合わせる寸前で軌道を変え、金太の防御をすり抜ける。
「がはっ!」
鋭い斬撃が金太の体を捉えた。
金太がよろめくのを見て、少女が駆け寄ろうとする。
その背後に、建御雷が迫った。
「……!」
振り向く間もなく、長刀の柄が少女の後頭部を打ち据える。
少女は声を上げることもなく、その場に崩れ落ちた。
黒獅子が必死に立ち上がる。
「まだ……終わっとらんぞ……!」
だが、建御雷の長刀が黒い刀を押さえ込んだ。
「寝てろ」
建御雷は黒獅子の刀を押し返すと、強烈な一撃を叩き込んだ。
「ぐあっ!」
黒獅子は後方へ吹き飛ばされ、石畳に膝をついた。
「……師匠!」
金太が叫ぶ。
傷ついた体を奮い立たせ、再び刀を構えようとする。
しかし、その喉元に天の刀が突きつけられた。
「……くそっ!」
三人の抵抗は、完全に封じられていた。
少彦名命がゆっくりと歩み寄る。
「ほっほっほ。なかなか楽しませてもろうたわい」
そして四神へと目を向けた。
「何をぼうっと見とる。さっさとその娘を連れてこぬか」
「は……」
白虎は重い体を起こすと、倒れている少女へと歩み寄った。
その傍らに落ちていた白い刀を拾い上げ、少女を軽々と抱きかかえる。
少女は意識を失ったまま、ぴくりとも動かない。
「おい……待てよ!」
金太が声を上げる。
しかし白虎は振り返ることなく、少女を抱えたまま歩き出した。
金太は必死に立ち上がろうとする。
「待てっ……って言ってんだろ……!」
だが、斬られた傷が痛み、思うように体が動かない。
白虎に抱えられた少女が、少しずつ遠ざかっていく。
建御雷と少彦名命、天がそれに続き、残る四神も後を追った。
「くそっ……!」
金太は拳を石畳へ叩きつけた。
何度も。
何度も。
「くそぉっ……!」
悔しさが胸を焼いた。
あれだけ偉そうなことを言っておきながら、結局、守ることができなかった。
自分が危ないときには、あの少女が助けてくれたというのに。
肝心なときに、自分は何もできなかった。
「……金太」
背後から声がした。
振り返ると、黒獅子が壁に手をつき、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。
「師匠!」
金太は痛む体を引きずるようにして駆け寄った。
「大丈夫か!?俺のせいで……すまねぇ!」
黒獅子は金太を見つめた。
そして――
こつん。
軽く拳骨を落とした。
「いてっ」
「ばかたれ……」
黒獅子は穏やかに笑った。
「家族ってのはな、守るためにあるんじゃ」
「……師匠」
金太は唇を噛んだ。
黒獅子は傷口を押さえながら、少女が連れ去られた方角へ目を向ける。
「しかし……あの娘は一体何者じゃ?」
その表情から笑みが消えた。
「光の国が、あそこまで必死になって欲しがるとは……」
金太は黙って師匠を見つめた。
「ん?ああ、すまん」
黒獅子は首を振った。
「まあ、考えても分からんわな」
そして、いつもの豪快な笑みを浮かべる。
「ならば、行動あるのみじゃ!」
黒い刀を鞘へ納め、金太へと向き直った。
「金太!あの子を救いに行くぞ!」
金太の瞳に、再び力が宿った。
「ああ!」
二人は顔を見合わせ、力強く頷いた。
黒獅子が歩き出す。
その背中には、まだ血が滲んでいた。
金太は痛む体を押して、その隣に並ぶ。
今度こそ、守ってみせる。
何があっても、あの少女を。
二人は王都の奥へと駆け出した。
連れ去られた少女を取り戻すために。
そして、この国に隠された大きな陰謀へと、自ら足を踏み入れていくことになるのだった。




