第4話 わたしが証明するんだから
「やっほーミジ子ちゃん!」
「おはよう!」
時間的にはこんにちはじゃないかな、と女の子は笑う。
11時30分。
渡り廊下でクラスメイトの子とすれ違った。
「ミジ子ちゃんは部活?」
「うん!」
「何時から?」
「12時から!」
30分前集合ってすごいね、と女の子。
なんとなく、今日は早く来ようと思った。
部活が始まる前に彼とお話しできるから。
「それ、何の本?」
「あーこれ?」
『美女と野獣』だよ、と言って彼女は見せる。
「演劇部で今度やるらしいんだけど、内容全然知らなくって」
ちょっと勉強してみようかなと思って、と補足した。
そういえば、と言って女の子は続ける。
「ミジ子ちゃん、あの話聞いた?」
「なに?」
「旧校舎あるじゃん」
わたしは頷いた。
「あれ、取り壊されるんだって」
図書室の先生から聞いたんだけど、と付け加える。
「でも実際、旧校舎って建てられてから100年らしいよ」
「そうなんだ」
「まあ旧校舎って薄暗い感じだったから、私的には嬉しんだけどね」
昼でも行くのちょっと勇気いるし、と彼女は零す。
『ずっとここにいたいくらい』と言っていた彼のセリフが頭をよぎった。
「そういえば図書室の先生が言ってたんだけど、ミジ子ちゃんも聞いてる?」
「なに?」
その女の子はいつも通りの様子で口にした。
「科学部、廃部になるんだって」
「・・・ごめんっ!」
その話を聞いて、一目散に理科室に向かう。
背後から女の子の声が聞こえるが、それどころではなかった。
渡り廊下を通って旧校舎に入る。
科学部の部活動が始まるのは12時から。
でも、いつも彼は朝9時から理科室にいると言っていた。
だから、すでに理科室にいるはず。
なぜかうまく走れなかった。
どうやって前に進んでるのか分からなかった初日みたい。
彼に会いたいという思いが、足を前に進めた。
理科室前。
曇りガラス越しに透けた彼の姿が見える。
でも、いつもよりその姿はぼやけて見えた。
彼に会いたいという一心で、わたしは理科室の開き戸を横に押した。
「・・・え?」
そこにいたのは、瞳の縁に涙を溜めている彼。
瞬きとともに、涙が一筋が落ちた。
スポイトから取った一滴の雫みたいだった。
「・・・あっちょっと待って!」
口を開く前に、彼は別の入り口から走って出て行った。
廊下を出て彼のあとを追う。
「待って待って!」
何も応えずに彼は走り続ける。
理科室から二つ離れた空き教室に彼は入った。
掛け時計が落ちた場所だった。
「はぁ・・・はぁ・・・」
息を整えて、彼の顔を見る。
追いかけてきてしまったけど、どう声をかければいいのか分からなかった。
彼は下のまぶたを震わせていた。
「・・・取り壊される話、聞きましたか?」
「・・・聞いた」
『旧校舎が』と彼は言わなかった。
「・・・廃部になるというのも聞きましたか?」
「・・・聞いた」
『科学部が』と彼は言わなかった。
涙を拭いてから、彼は話始める。
「科学部の時間だけが、僕にとって生きがいでした」
「・・・」
「そして科学は僕にとって、生きるための道しるべでした」
「・・・」
「でもその科学では、部を存続させることができなかった・・・」
科学は僕を救ってはくれなかった、と零す。
慰めの言葉をかけることはできた。
でもそれは、わたしの本心ではなかった。
嘘をついて、彼を騙すようなことはしたくない。
わたしの本心を、少しだけでも聴いてほしい。
「ずっと科学だけを信じてきて生きてきました」
その信じる瞳に、わたしは惹かれたのだ。
「でも、科学部がなくなったら科学に意味はないです」
そんなはずは絶対にない。
だって科学を信じた君のために、ミジンコだったわたしがここにいるんだから。
科学を信じることを、わたし自身の存在で証明してみせる。
思い切って、わたしは声をあげた。
「あなたに会うために、わたしはここに来ました!」




