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第3話 おっこちて

神様だからって地球より上にいるわけではない。

そもそも、上とか下とか考える時点がおかしい。


そんなことは置いておこう。


私の天使とクラスメイトとの会話が始まった。


「ミジ子ちゃんの親ってどんな人なの?」

「とっても優しいよ!」


わたしのお願い叶えてくれたし! と付け加える。


「いいなぁー」


わたしの親、勉強しろってうるさくって、とクラスメイトの女の子は愚痴を言う。


「でもなんで?」

「ミジ子って名前、ミジ子ちゃんの親が決めたわけでしょ?」


変わった名前だからどういう意味でつけたのか気になって! と女の子。


ミジ子、と言う名前は、彼に名前を尋ねられた時に応えたもの。


ミジンコだからミジ子。


なんて安直な名前なんだろう。

でもその安直さが、たまらなく愛おしい。


転校してしばらく経ったが、彼女は自然にクラスに溶け込むことができていた。

複雑な人間社会に対応することができているのは才能だろう。


「じゃあわたし、理科室行くから!」

「科学部だっけ?」

「うん!」


じゃあまた明日! と言ってベージュ色のミニリュックを背負い、教室から出て行った。


彼女の表情は本当に明るかった。

その表情に若干の申し訳なさを覚える。



彼女が人間として生まれ変わる直前に私が言ったこと。


魔法が解けるルールみたいなものだった。


それさえしなければ、ずっと彼のそばにいることができる。


『魔法』と言ったのには理由があった。


童話のシンデレラは魔法使いに助けてもらい、舞踏会に向かった。


ボロボロな服を豪華なドレスに。

かぼちゃを馬車に。

ネズミを馬に。


そしてガラスの靴。


『シンデレラ』では、魔法は鐘の鳴る午前零時に解けた。


いつか解けるからこそ、それは魔法と呼ぶ。


ずっと続くわけではない。


私をよそに、シンデレラは渡り廊下を通って舞踏会へと足を踏み入れた。





曇りガラス越しに映るあの人を見るたび、ピントが合う直前の対物レンズを思い出す。

慣れないこともも多いけど、人間として生活することができていた。


「…よしっ!」


深呼吸してから、開き戸に力を込めた。

ガララ、と音を立てて理科室に入る。


「…あ、こんにちは」


今日も来たんですか、と彼は呟く。


「だってわたし、科学部員だから!」


そう応えて、彼の隣に座る。


「…座る場所はたくさんありますよ」

「ここが一番いい!」


特等席だから! と付け加えた。


「そういえば、ミジ子さんの名字ってなんですか?」

「名字?」


できれば名字の方で呼びたいんですけど、と付け加える。


「わたしはミジ子!」

「それは名前であって名字では…」


いや、何でもないです、と溜め息をついてから呟いた。


「今日は何をするの?」

「ミジンコの観察です」


そういって窓際の顕微鏡を取りに行く。

わたしもついて行った。


「…顕微鏡は1つで十分なので、席に座っておいてください」


手慣れた様子で、彼は準備を始めた。


水槽の水をスポイトで取り、スライドガラスに一滴。

カバーガラスをかぶせてプレパラートを作った。

ステージ上に置き、クリップで固定する。


「顕微鏡ってこんな感じで使うんだね!」

「使ったことないんですか?」


ピント合わせをしている手を止め、わたしに聞いてきた。


「使ったことない!」

「そんなことあります?」


授業で一回は使うと思うんですけど、と彼は呟く。


すぐに顕微鏡に視線を戻し、彼は観察を始めた。

わたしはその様子を観察する。


「…あの、そんなに見られるとやりにくいです」

「わたしのことは気にしないで!」


気にしないのも難しいんですけど、と言って再び顕微鏡を覗き込む。


他の子だけじゃなくって、わたしのことも見て欲しい!

でも彼の真剣な表情を見て、その言葉は飲み込んだ。


「…ミジ子さんも見ますか?」

「見たい!」

「じゃあ僕のところに座ってください」


顕微鏡は動かさないでくださいね、と言って席を立つ。


「ここに座っていいの?」

「はい」


観察できないので、と平然と彼は応えた。


彼の温度を感じる椅子に腰を下ろす。

心臓がドキドキしているのを感じながら、顕微鏡を覗き込んだ。


「ミジンコがいる!」

「いますね」


彼は冷静に応える。


「高倍率にすれば、もっとはっきり見えますよ」


わたしと身体が触れる位置まできてから、レボルバーを回した。


「どうですか?」


心臓の動きまでちゃんと見えるでしょ、と彼は呟く。


「ほんとうだね!」


プレパラートの中にいるこの子と同じように、わたしの心臓も早く動いていた。



その後は簡単な実験を行った。


急に明るくなると、ミジンコはビクッと跳ねたあとに暗い方に逃げるということを知った。

知ったというよりも改めて確認した、というほうが正しいかも。


しばらくしてから、顕微鏡を片付けた。



「なんでそんなにミジンコのことが好きなの?」

「難しいこと聞きますね…」


彼は腕を組んで考え始める。


「やっぱり完成された美しさですかね」

「美しい?」


はい、と言ってから続ける。


「ミジンコの一番の特徴って何だと思います?」

「うーん、触覚かな…」

「触覚も間違いなく大きな特徴の一つですよね」


でもそれではないです、と言われた。


「目?」

「ミジンコといえば、ですね」


一つに融合した複眼も美しさのポイントだと思います、と付け加える。


「じゃあ一番のポイントって?」

「透明なところですよ」


透けているから体内の動きを見ることができるじゃないですか、と言ってこちらに視線を向ける。


「あの小さな身体の中に生命維持に必要な器官がすべてあるってすごくないですか?」

「すごい!」

「そして自らの生を証明する心臓の動き…」


ミジンコは完成された数ミリメートルの生きる芸術ですよ、と熱っぽく語った。


「…どうしたんですか?」


顔赤くなってますけど、と言ってわたしの顔をまじまじ見つめる。


「本当に大好きなんだね!」

「ミジンコが、の話であってますよね?」

「うん!」


好きですよ、と当たり前のように口にした。


本当に嬉しかった。

そんな風に思っててくれたなんて!


彼の方に、椅子を数センチ近づける。


「来てよかった…」


心の底から出た言葉だった。


「来てよかった?」


理科室に、ということですか? と尋ねられた。


それもあるけど、それだけじゃない。

でもわたしは黙って頷いた。



「旧校舎って落ち着きますよね」


ずっとここにいたいくらい、と彼は呟く。


わたしはその隣にいたい。

理科室なら、わたしたちふたりだけしかいないから。


ここはまさに、わたしたちの理想郷。


時間が止まってくれればいいのに、と本気で思った。



ガッシャーン!!



少し離れたところから大きな音が聞こえた。


「なんだろう?」


そう呟き、彼は理科室から出て行った。

わたしもついて行く。


理科室から1つ離れた教室に彼は入っていった。

わたしも入る。


掛け時計の部品が床に散乱していた。


「とりあえず用務員さんを呼んできます」


彼は小走りで教室から出て行った。


しゃがんで壊れた時計を確認する。



その時計は、完全に止まっていた。

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