同じ歩幅
休日に車を出して、木崎と買い物に行った。
御岳は引っ越しに使うガムテープや太いマジックを買い込み、あとは秋冬物の服を買うという木崎に付き合った。
「メンズの服って、色合いがどれも似てて面白みに欠けるよね」
黒や紺や茶色のセーターを眺めながら、木崎がそんなことを言う。
「服に面白みを求めたことがないからわからん」
御岳が言うと、木崎は笑った。
「もっと明るい気持ちになれるような色柄があればいいのにってこと」
広げた服をきれいに畳み直し、木崎が売り場のマネキンの方へ歩み寄る。
「ねえ、これ、嶽に似合いそう」
黒いスタンドカラーのロングコートを指さして、木崎が言った。
「嶽、背も高いし、こういうのも着こなせそうだよね」
「着て行く場所がない」
御岳は苦笑して首を振る。
「こっちも、嶽に似合いそうだよ」
木崎は棚からチャコールグレーのニットを手に取って見せた。
「俺の服を買いに来てるんじゃないだろ」
「そうなんだけど……」
つい嶽に似合いそうなものに目が行くんだよね、と言って、木崎はまた棚を見始めた。
やがて彼は緑色のニットを一枚選び、会計を済ませてから御岳を見る。
「ねえ、昇進祝いに何か欲しい物ないの?」
「特にないし、そんな気を使わなくていい」
並んで歩きながら、ふと、すぐ隣にある木崎の手を握りたいと思った。
触れたい、という思いを押し殺し、指先をぎゅっと握り込む。
彼が女性であったなら、何の躊躇いもなくその手を取れただろう。
すれ違うカップルのように、自然に寄り添えたのに。
「嶽? どうかした?」
黙り込んだ御岳の顔を、木崎がのぞき込む。
「……なんでもない」
「そう? あ、ねえ嶽。この近くに美味しいインドカレー屋さんがあるんだけど、行かない?」
木崎はそう言って、ごく自然に御岳のシャツの袖を引いた。
御岳は一瞬、その距離の近さに驚く。
こいつは何の躊躇いもなく、自分が守っている境界を越えてくるのだな、と思ったらおかしくなった。
「ああ、いいよ」
微笑んで、まだ袖をつまんだままの彼の手にそっと自分の手を重ねる。
ぬくもりが愛しくて、御岳は少し眉を下げた。
「困ったな」
「何が?」
「キスしたい」
木崎が瞬き、一瞬動きを止めた。
「突然、なに」
そう言って小さく笑う。
御岳は目元を和らげ、木崎の手を一度強く握った。
すぐに離して、笑い返す。
「お前がお前じゃなかったら、惚れてなかった」
「な……っ」
木崎の耳が赤くなる。
御岳は少しだけ肩をすくめた。
「お前がお前で――男でよかった」
木崎は何も言えなくなったようだった。
隣に並んだまま、しばらく歩く。
それから木崎が御岳を見た。
「嶽は……これまで、男の人と付き合ったことあるの」
消え入りそうな声で言う。
「いや。お前が初めてだよ」
「それなのに、あんなこと言えちゃうんだ」
「お前が女だったら、お前じゃないだろ」
木崎ははっとしたように御岳を見て、小さく頷いた。
「僕も……嶽が男で、良かったと思うよ」
それから、少し困ったように笑う。
「女の嶽って、想像できないし」
御岳はわずかに眉を寄せた。
「想像するな、気持ち悪いだろ」
「気持ち悪くはないけど、難しいな」
木崎は御岳を上から下まで眺め、首を捻る。
彼の中では、自分が女装している姿でも思い浮かべているのかもしれない。
まったく、と小さく息をつき、御岳は口元を緩めた。
「お前は?」
「え?」
「これまで男と付き合ったこと、あるのか」
御岳の問いに、木崎は首を振った。
「ないよ。でも……初めて好きになった相手が、嶽でよかった」
御岳は何も言わず、隣を歩く木崎の手をそっと取った。
木崎が驚いたように御岳を見上げる。けれど、その手を離さなかった。
「インドカレー屋、どっちだ」
「……あっち」
木崎が御岳の手を、軽く引く。
ふたりは店に着くまで何も言わず、並んで歩いた。
店に入ると、香辛料の匂いがふわりと鼻をくすぐった。
席に案内され、向かい合って座る。
「辛さ、どうする?」
「中辛でいい」
「甘口じゃなくていいのか」
「うん」
料理が運ばれてきて、木崎が一口食べた。
「……辛い」
御岳は吹き出した。
「だから甘口にしろって言っただろ」
そう言いながら、御岳は自分の水のグラスを木崎の前に押しやった。
木崎が慌てて水を飲む。
「嶽のせいだ」
「人のせいにするな」
食べ終えて店を出ると、夜の空気は少しだけ涼しくなっていた。
香辛料の匂いが、まだ服に残っている。
「美味かったな」
「うん」
駐車場に向かって歩きながら、御岳は隣を見た。
さっき握ったばかりの手が、すぐそこにある。
御岳は何も言わず、その手をもう一度取った。
木崎が少しだけ笑う。
どちらもその手を、離さなかった。




