10−18 アララト山 (18)
私達はヘカトンケイルの案内で、先程来た道とは別の道を進んだ。
「ブリアレオス…さん?君?どう呼んだら良い?」
ヘカトンケイルは答えた。
「ブリアレオスとだけ呼んでくれ。私は自分の名前に誇りを持っている」
「どんな意味?」
「強者だ」
ヨハンは薄笑いを浮かべて言った。
「火の王子に水の聖女、そして腕力勝負の巨人か。中々勇ましいメンバーだな」
ブリアレオスは答えた。
「私は遠距離の偵察も得意だ。危機管理の手助けとなろう」
「テティスが近距離なら察知出来るのも調査済みか」
「聖女となる者の正体くらいは調査する」
「今後の予定としては、ここからは明日に出発して、ポーレット領に向かい、その後王都へ戻る、という事で良いの?」
「そう予定している。諸般の理由から戻る道の護衛は西部教会が行う」
「ヴァイツゼッカーの女が敗退した事を知れば、ラッセルの一派が攻めて来るという事か?」
「ヴァイツゼッカーの女が勝てば勝ったで攻めて来る可能性もあった」
「この機に西部教会の秘密を手にしようという訳か。ラッセルも何か嗅ぎつけているのか?」
「つまりヴァイツゼッカーから聞いているのだろう。ここの進んだ技術を」
「我々はここで起こった事を話さないと誓約を行ったが、話した場合に何かペナルティがあるのか?」
「当然、判明すれば西部教会が敵に回る」
「ああ、暗躍しているから情報漏洩も調査しているのか」
「そこは私からは話せない」
「それは既に答えだろう」
進んだ先には、既にヨハンの兄らしき男が到着していた。西部教会の大司教、バルダッサーレ・ディ・ステファノが口を開いた。
「こちらにお掛けください」
私達が座り、その後ろにブリアレオスが立つと、バルダッサーレ大司教が話し始めた。
「皆様には今晩は朝の宿泊所に泊っていただき、明朝にポーレット領へ向かっていただきます。宿泊所までは我々がお送りいたします」
私は挙手をして発言を求めた。
「聖女テティス、何かご質問でも?」
「ヒルデガルドはどうしましたか?」
「ただいまお連れするところです。少々お待ちください」
「何か問題でも?」
「見ていただけましたら分かります」
教会の者は何か不測の事態があっても泰然自若としているなぁ…
「殺せ!今更帰って何になると言うか!」
扉を開けて入って来たのは、両腕を大柄の修道女に掴まれたヒルデガルド・ヴァイツゼッカーだった。
「勝者に敗者を見せて、嘲笑わせようとでも言うのかっ!」
ヒルデガルドの水気は真っ赤と真っ青の入り混じったものだった。実家に戻れば待っている地獄への恐怖と、これまでの努力を世界の誰も認めない事への怒り、そんなところだろう。
彼女の気持ちは私の気持ちだ。私が負けて帰れば、ラッセル達の容赦ない誹謗中傷とそれに追従する民衆の罵詈雑言を受けた筈だ。彼等には他人の努力も、他人の気持ちも理解する気は無い。勝てば誉めそやす人もいるかもしれないが、負ければ敗者を詰る娯楽を心の底から楽しむのだ。人を罵倒し、ねじ伏せる喜びに心を任せるのだ。そしてヒルデガルドにはもっと酷い、実の親達からの折檻が待っているのだ。
私は思わず立ち上がり、ヒルデガルドに近寄った。
「ヒルダ…」
私は彼女の両手首を掴んだ。彼女は私がやろうとする事にすぐ気付いたらしかった。
「やめろっ!私の怒りも悲しみもっ!」
ヒルデガルドはそれ以降の言葉を続ける事が出来なかった。自分の両手首を掴んだ新聖女から流れ込む膨大な聖魔力が、ヒルデガルドの怒りも悲しみもあっと言う間に鎮めてしまった。
(私のこれまでの人生全てに対する怒りも悲しみも、本物の聖女にとってはちっぽけな事だと言うのか…)
こんな化け物とは勝負にならない。ヒルデガルドは最初から勝ち目など無かった事を今悟った。自分が生き延びる道など最初から無かった。そんな神の配剤を悲しむ以外、何も出来なかった。
黙ってぽろぽろと泣き出したヒルデガルドに、私は話しかけた。
「あなたはこれまでずっと、聖魔法を学び、練習してきたのよね?」
「もちろんよ。それ以外は何も許されなかった…」
「負ければそれを生かす道は、実家には無いのね?」
「敗者を生かす無駄をあの家は許容しない…待っているのは拷問の果ての死よ…」
「そんな家、捨てれば良いじゃない?」
「…え?」
「私は促成栽培で、あまり学ぶ時間を取れなかったの。シュバルツブルグで私に聖魔法の指導や助言をしてくれる人がいると助かるのね。だから、二人で聖女をやりましょう?もちろん、聖女を名乗るのは私だけど、実際に助言をして私を動かすのはあなたなの」
「そんな事、ヴァイツゼッカーの家も帝室も許す訳がない」
「近くなら私が守ってあげる。そして、聖女のアドバイザーなら帝室だって守ってくれるわ」
横目に見えるヨハンはさっと表情に仮面を被った。ヨハンの兄王子は露骨に嫌な顔をした。
お前等、包容力が無さ過ぎだぞ!
今週の綱渡りも何とかなりそうで安心しました。何せ月曜が最後のゴミ収集日なので、月曜以降はほぼ書き込みに専念できる(掃除してゴミが出ても捨てられないので)。
ヒルデガルドをどうしよう、と思っていたらテティスが勝手に口説き始めてくれました。




