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10−17 アララト山 (17)

「さて、聖女テティス。この聖女の試練が何を試しているのか分かるか?」

朧げに分かる事はある。

「体力と体内魔力、あるいは体内魔力の効率的な使い方を身に着けているか、などを計っているのかと思ったわ」

「そうだ。聖女はまず治療魔法で民草を救う事が求められる。山を登り、下った後に聖女候補同士が対峙し、場合により瞬時に治癒を行う。その点で優れていなければ、聖魔法師の頂点でもある聖女とは言えない」

「ただ、今聞いた話だと、女であり母性豊かである事も必要なのよね」

「そうだ。だからもう一つ試している事がある。それは何だと思う?」

「自分の利益の為に相手を殺さない事」

「その通りだが…聖女たるもの、聖母の心を持つから、最初から相手を殺す気が無い事が多い」

「でも、それでも剣に劣るのなら勝てないと思うんだけど?」


「それは当然、体内魔力で行う強化魔法で勝負する事が求められる」

「私、王宮でもポーレット領教会でも強化魔法の指導を受けていないんだけど?」

「君はチート級の強化魔法の使い手ではないか。司教に説教をする様なものだから指導などしないのだ」

続いてヨハンが顔を歪めながら口を挟んだ。笑えなかったんだ。

「今日も朝からずっと強化魔法を使っていたのだろう?完全に人外だ」

「司教様達の前では使ってなかったって」

「それ以外はずっと使っていたんじゃないか。シャレにならん」


「そういう訳でテティス嬢が負ける未来は誰も想像しなかった」

「それでも万に一つがあるだろう?その時はどうするつもりだったのだ?」

「だから聖女テティスに見せたのだ。もしもの時はガイノイドが間に入ると」

「あれ、あんまり足が速くないから間に合わないと思うんだけど」

「そうだな。過去三回、聖女候補が二人とも亡くなって、試練を新たな候補でやり直した事がある」

ヨハンも私も偽ウトナビシュトを冷たく睨んだ。つまり、聖女候補の一人はもう一人の聖女候補が殺した。残った聖女候補は何故死んだのかという問題だ。


 ヨハンは必用な話を優先する気になった様だ。

「まあ、良い。ところで緊急事態について、我々はラッセル一派に対する対応を求められている、それで良いのか?」

「もちろんだ。アングリア王家の存続に関わる」


 ここは私が疑問をぶつけるべきところだ。

「ラッセル一派の王家に対する叛意は明らかだけど、彼等は王権を転覆するだけの力を持っているの?」

ここで偽ウトナビシュトはいたずらっぽく笑った。

「ここで我々の言い分を鵜呑みにして行動するのでは、扇動家の言葉を鵜呑みにするのと同じだろう?君の目と耳で確かめ、君の頭で判断するんだ」


 ここでヨハンが助け船を出してくれた。

「テティスはシュバルツブルグの王妃となる女だ。アングリアの為に命を懸ける義務はないんだぞ?」

偽ウトナビシュトはまた微笑んだ。

「君達はヴァイツゼッカーを滅ぼすのだろう?なら順番はラッセルが先、ヴァイツゼッカーが後にすべきだ」

「論拠は?」

「ヴァイツゼッカーの目的はあくまで聖女という権威の奪取だ。アングリア王家がどうなろうがラッセルの為には動かない。一方、ヴァイツゼッカーを滅ぼそうとした時、ラッセルは両国の不満分子に働きかけて混乱を広げるだろう。そうして自分に利益を導くのだ。だから、ラッセルを先に排除すべきなのだ」


「不満分子を動かす要素をラッセルは提供出来ると言うのか…そうか、毒と麻薬か」

「そこも北部へ出向けば分かる事だ。その目で確かめたまえ」

「丸投げでは失敗する可能性が上がるぞ?誠意を見せろ」

「分かっている。非常事態だ。ヘカトンケイルのブリアレオスを従者として10年付けよう」


 部屋の横の壁が開き、7ft程の背丈の皮の鎧を着た人造巨人が現れた。ヨハンは不満そうだった。

「これがヘカトンケイル?50の頭と100本の腕はどうした?」

偽ウトナビシュトは両手を広げて溜息を吐いた。

「そんなに頭と腕があったら動けないだろう?100本の足なら無限軌道の代わりになるが。だから、ヘカトンケイルのブリアレオスは、49の従魔を従えるコントローラーだ。情報収集と複数個所の破壊活動に役に立つだろう」

ヨハンは眉間に皺を寄せた。

「何だと!?百腕巨人の名を聞いた夜、どんな頭が付いてどんな腕が付いた巨人か想像して眠れなかったんだぞ!?それを従魔などで誤魔化しやがって!おれのあの日の夜を返せ!」

偽ウトナビシュトは困った顔をした。

「君の男の子の夢を壊して悪かったが、実用性が重要でね」

私も言うべきだろう。

「ヨハン…それもうどうでも良い事だから」

「くそう、お前等、男の子の夢と憧れを軽視し過ぎだぞ?」


「さて、聖女テティス、他に質問がなければ、両国への報告と、君達のアングリア王都への凱旋に進んで欲しいのだが…」

「…非常事態だからヘカトンケイルを貸してくれるけど、ラッセルへの対応についてはこちらに丸投げという認識で良いのね?」

「随時ブリアレオスの報告から判断し、必用な支援はするよ」

ここでヨハンの理性が働いたらしい。口を開いた。

「つまりヘカトンケイルは助手でもあり、監視でもあるという事だな?」

偽ウトナビシュトは肩を竦めた。

「情報共有は重要だろう?我々は協力者同士だ」

「ヘカトンケイルには何か食べ物が必要か?」

「二日に一回、西部教会の馬車を向かわせる。一晩馬車で寝かせてやってくれ」

私はむしろその頻度が心配になった。

「それって結構大変じゃない?」

「我々の末端組織は世界中に潜んでいる」

ヨハンは皮肉げに言った。

「世界中で暗躍してるとよ」

「破壊と暗殺は最小限にしているよ。心配は無用だ」

「開き直りやがって…」


「まあ、良い。もう一つ聞いておく事がある。ヴァイツゼッカーの毒の出所はここなのか?」

「それについては、不幸な事件があってね。先代聖女のジュディスと国内で争った令嬢の実家の侯爵家が手を回してね、西部教会内で暗殺未遂事件が起こった。侯爵家の縁者が務めていたのが薬物研究の部署でね、秘蔵の毒が使われ、ジュディスの侍女が瀕死の状態になった。これに解毒剤を用いて治療を行ったのだが、ヴァイツゼッカーの女が現場にいてね、彼女は薬学に長じていて、また聖魔法による分析能力も優れていた。だから原料を特定したらしいのだよ。当然、我々は強力な暗示を用いてその記憶をブロックしたのだが、肉体的な刺激で解除された様だ」

「ラッセルの麻薬と毒はヴァイツゼッカーから提供されたものか?」

「麻薬は元々ラッセル家が作っていた。一部の毒以外はヴァイツゼッカーからの情報提供は無い様だ」

「なるほど、両者の協力体制は限定的な訳だ」

「まあ、彼等の協力体勢の変化があれば、ブリアレオスから報告させよう」

 方舟伝説を使う予定は当初はなかったのですが、聖女を教会の男たちが選ぶとどうなるか。それは拙作『最果てから来た少女』で書いているので、今回、人が聖女を選ぶ話は書けませんでした。じゃ、神が白い空間で?…と言うのももはや古い。人間でさえ人間の相手を人間もどきにさせるのだから。じゃ、天使?それ蝙蝠だから。ということで、人工知能が判定者となりました。じゃあ、それはどうしてこの惑星にやって来たのか、と言う事で方舟伝説の登場となりました。


 後、二年前に書いたクリスマス小説にポイントを入れていただいた方、ありがとうございます。あれは気持ちのままに書き殴ったもので、今となってはお恥ずかしいものなのですが。

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