あの時の……!
オーダーを終え、一息ついた私は、心臓が止まりそうになった。
隣のテーブルに案内された一人の青年。
アイスシルバーの髪に、碧眼で明るいグレーのセットアップを着ている。アイスシルバーの髪は珍しく、その髪色の人物に、私は一度しか出会ったことない。それは幼い子供の頃。秋の収穫祭で両親とはぐれ、迷子になった時だ。
つまり転んだ私に手を差し伸べ、コットンキャンディをプレゼントし、「いつか大人になり、俺が立派になったら、君に会いに行く」と言ってくれた少年……。
まさか、あの時の少年なの……?
心臓がドキドキして、いろいろなことが頭から吹き飛んでいた。
思わずその青年のことを凝視してしまう。
すると。
あまりにも私がじっと見ているので、気付かれてしまった。
穏やかな笑顔。
その笑顔は……なんとなく幼い頃の少年と重なる気がした。
「若奥様、どうされましたか?」
「隣のテーブルの青年が、幼い頃に出会った少年に似ているの……」
「え、それは迷子の若奥様を助けてくださった方ですか?」
私が頷くと、青年が席を立ち、こちらへと歩いて来た。
鼓動が速くなり、全身が熱くなっている。
「突然、失礼します。レディ……いえ、マダムでしたか。……すみません。既婚の方と思わず」
既婚者に声を掛けたことを謝罪するということは。
良かったら一緒に食事をしませんかと、誘おうとしてくれていたと分かる。
「若奥様、外で待機している御者のことを呼んでもいいですか?」
「ええ、勿論。彼と二人で食事する?」
「そうさせていただきたいです」
フィオナが機転を利かせてくれた。
「あの、お一人でしたら、そちらの空いている席で、ご一緒させていただいてもいいですか?」
中庭に面した席は、すべて二人席だった。
令息は一人だから、空席が一つある。
そこに私が移動し、一緒に食事をしてもいいかと提案したのだ。
こんな風に女性が動くことは珍しい。
引かれたらお終いだ。
しかも私は既婚者なのだから。
だが……。
「ええ、勿論ですよ。御者の方がいらっしゃるなら、席が足りませんよね。よろしければこちらの席を利用してください」
青年がにこやかに微笑み、私に手を差し出す。
私はその手に自分の手をのせ、彼の左斜め隣の席へ移動する。
心臓のドキドキが止まらない。
「既に料理は注文されましたか?」
「はい」
「では僕も注文してしまいますね」
青年は慣れた様子で店員に合図を送り、私と同じチョイスで注文を行った。
食の嗜好が一致していることは……なんだか嬉しい。
注文を終えた彼は、改めて私を見ると、自己紹介を始めた。
「僕はエドガー・チェイスと申します。代々家具屋をやっておりまして、僕もそこで働いているんです。チェイス家の長男で、一応副店長の肩書を有しています」
チェイス家具店!
貴族御用達の老舗の家具店だ。
貴族ではないが、貴族とは遜色ない財力もある。このエドガーに、どこかエレガントさを感じるのは、そのせいだろう。
「よろしければマダムのお名前をお聞きしても?」
そこで私は深呼吸をして名乗る。
私の名前に聞き覚え、ないかしら?とドキドキしていると……。
「ウィンターボトム侯爵……ああ、今、お仕事をさせていただいています。旧グランドホテルの建物と敷地を購入されましたよね、旦那様が。一部の家具の入れ替えがあり、我が家具店も契約いただき、納入させていただいています」
「! そうだったのですね。……それはお世話になっております。ところで」
ところで私の名前に聞き覚えはありませんか?――そう尋ねようとして、気づく。ミルフォード伯爵家の名を出していない。よって幼い頃に出会ったあの少年だったとしても、気づかないかもしれないと。
「と、ところで、チェイス様の髪色、珍しいですよね」
「あ、この髪ですか。そうですね。この大陸ではブロンドの方ばかりですから、確かに珍しいと言われます。母方が北の方の出身で、そちらではわりとこの髪色の者も多いと聞きますが……。でも北方というと、ザーイ帝国を思い出す方が多く、ネガティブなイメージを持たれることも多いです」
「あ、そうなのですね。ザーイ帝国とは戦争もありましたし、ほとんど情報がありませんが……。アイスシルバーの髪色のルーツは、北の地にあったのですね」
どうりで国内でアイスシルバーの髪の人を見ないわけだ。
ザーイ帝国とのこじれた関係は、長きに渡る。
この国に、帝国人が足を踏み入れることは許さない……という状況がずっと続いていたのだから。
そうなると。
ますますこのエドガーがあの少年だと思えてくる。
もう私は既婚者で、この再会で何か起きるとは思えない。
でも、本当にあの時の少年なら。
せめて御礼を伝えたい。
なぜならユーリの影で生き、両親からないがしろにされても、前向きになれた理由。それは他でもない。あの少年のおかげなのだから。
そこで意を決し尋ねる。
「私、子供の頃に、出会ったことがあるんです。エドガー様と同じ、アイスシルバーの髪に碧眼の少年に。秋の収穫祭で私、迷子になってしまって。その時、助けてくれた少年。それが……もしかするとエドガー様なのではないかと思ったのですが……」