XVIII話【遥かなる記憶へ】
「兄さんがなんでここに……ってあれ? 母さんがいる!? それにロルフとダマルティ、シーラ姉さんも!? それにソラ!」
「あんま大きな声を出すなロキ」
「坊っちゃまぁぁあ! 無事でしたかぁぁあ!」
「ロルフもうるさい」
二人揃って兄さんに注意されてしまった。それにしても何が何だかわからない。
「とりあえず、ソラが無事でよかった」
「ロキは慌てすぎなんですよ」
「いや、結構一大事だよこれ! それにしてもどういうこと? なんで兄さんがここに?」
「実は僕たちも幽閉されてたんだ」
「え?」
兄さんの話によると、そもそもゴスペルを躍起になって探し始めた頃に兄さんが父さんに止めるよう促したりしていたらしい。
しかしその時には既にほとんどエデンに乗っ取られていた父さんはそれを跳ね除け兄さんを含めたアヴァロン家をほとんど幽閉してしまったようだ。
そして、ソラがその牢に運ばれたのを見て、俺が捕まった事を確信した兄さんは反撃の時だと思ったらしく牢を破壊して出て来たようだ。
「ロキ……無事でしたか」
「母さん……今まで父さんといたんじゃないのか?」
「ええ、でもついにあの人は私のことさえわからなくなってしまったみたいで、私も一緒に閉じ込められていたの」
「なるほど」
俺たちは互いの事情などを話しつつこそこそと歩きながら、避難用の隠し通路などを使って兄さんがずっと使っていた地下部屋へと案内された。
一見普通の床に見えるがフタを開けると階段があり部屋がある。
「いいかいロキ、お前はソラとここに隠れろ」
「なっ! どういうことだよ?」
「ゴスペルを持つお前は絶対に捕まっちゃ駄目だ。それにここには『時の石版』がある」
「え?」
部屋を見渡すと、ガラスケースのようなものに入れられた時の石版があった。
「絶対にここから出るなよ。おそらく僕たちがシャドウを止められなければもう無理だ。もし僕がやられた時はロキ、石版を使って過去に戻れ。ソラにはさっき虚数支配をかけておいたから」
「イマジナリーって、兄さんいつの間にそんなスキルを……!」
「とにかくそういうことだから! そんな顔するなよ、兄さんに任せとけ!」
兄さんはにこりと笑う。
でもその笑顔はどこか儚げで思わず俺は、
「お、おい。やっぱり俺も行くよ!」
と言ってしまった。けど兄さんは首を振り、
「駄目だ。僕一人で十分だ」
そう言うと天井のふたをしめ、何やらシーラ姉さんのスキルを使って扉を閉じたようだ。
試しに開けようとしても開けられない。
「行っちゃいましたね」
「ああ、こうなったら兄さんを信じるしかない」
俺とソラはそこで一時間ほど待機することになった。
途中途中でかなり大きな衝撃音や、振動が伝わって来たりして戦闘の大きさが伺い知ることができた。
そして時が来て、かちゃりと言う音が扉から聞こえ、扉を開くことができるようになっていた。
「出れるみたいだ、出ようソラ」
「あ、石版持っていきましょう」
「そうだな」
俺は石版の横に置いてあったグローブを身につけ、石版を手に取った。
扉を開けて、廊下に出ても怖いくらいに周りが静かだ。
「な、何も聞こえませんね」
「ああ……逆に俺たちの音が響くってことでもある。慎重にいこう」
建物のところどころが壊れていて、王の間に近づくにつれてその被害は増していた。
そして俺たちは王の間の扉の目の前に着いた。
「こ、ここまで来ても何も聞こえないのか」
「この中でいったい何があったんでしょう……?」
「開けよう……」
俺は意を決して扉を開ける。その瞬間、俺たちは絶句した。
「ひ、酷い……」
部屋の左側は完全に壁が吹き飛び、外が丸見えで、他の壁の部分には血が撒き散らかされていた。
そして、部屋の真ん中には兄さんが倒れていた。俺は急いで駆け寄る。兄さんはかろうじて呼吸をしてはいたが、右足が無かった。
「くそっ、異常支配!」
俺は咄嗟にスキルを使うが、効いている様子がない。
なんでだ!?
「はぁはぁ……ぐ……無駄だよロキ。僕は今スキルを無効化されている」
「そんな……兄さん! いったい何が!? 母さんや他の人は!?」
「僕たちが闘いに挑んですぐ、シャドウは闇ギルドの幹部を四人呼び寄せた。周りを見ればわかると思うけど、そいつらが闇ギルドだ」
俺は周りを見渡す。死んでいるのかわからないが壁に寄りかかるようにしてぐったりと動かないフードの奴や、口から血を流し、白目をむいている露出の高い女が床には倒れ、そしてここにはおよそ似つかわしくないフリフリの可愛らしい服を着た少女も頭から血を流してうつ伏せになっていた。
俺が驚いたのはもう一人、いた闇ギルドの一人が見たことのある顔だったからだ。そうエデン教で熱弁していたクロードとかいう金髪の青年だ。
「あいつも闇ギルドだったのか……」
「はぁはぁ……彼らは強敵だった。僕らが一対一で相手して互角といったところだった。その中で、シーラとロルフと母さんは辛うじて勝ったけど、ダマルティはあの金髪のアルフレッドという奴に殺されてしまった。その後すぐにロルフとシーラが仇をとったけど」
金髪のアルフレッド……? クロードじゃないのか? それが奴の本名なのか?
「そ、それで母さんたちは?」
「結局、シーラもロルフもシャドウに殺された。あいつは強すぎた……強すぎたんだよ。母さんは……今、最後の力を使って父さんを道連れにしようとしてる」
「ロルフとシーラ姉さんが!? それにみ、道連れ? それで母さんはどこに?」
「上の階にいるはずだ。でも、たぶん母さんは失敗するだろう。ロキ……時の石版は持ってきてるか」
「あ、ああ、もちろん」
俺は見えるように兄さんに石版を見せた。
兄さんは心なしかホッとしたように見える。
「はぁはぁ……なら、いい…………。ロキ、覚えてるかい? この王の間でよく喧嘩したの」
「な、なんだよ急に。もちろん覚えてるけど……」
「喧嘩するたび、僕が折れてお前の我が儘を聞いてやってたなぁ……」
そうだ。俺がだいたい悪いんだけど毎回兄さんが我慢してそれで仲直りしてた。
「だからなんだよ兄さん! こんな時にそんな話……!」
「今度は、僕が我が儘言う番だよロキ。いいかい、絶対に次の世界ではみんなを死なせないでくれ……絶対だぞ」
兄さんは涙を流していた。虚ろな瞳ではあったが、そこには確かに俺へ向けた想いが込められていて、俺も思わず涙が頬を伝う。
「もちろんだ! もちろんだよ兄さん……。だからそんな、最期みたいなこと言わないでくれよ……」
「ぜぇ……はぁ……ソ、ソラ、君がロキを支えるんだ。いいかい?」
「わかって……います」
気づくと、ソラも涙を流していた。
「ロキ……死ぬなよ」
「俺は死なないよ。俺は絶対死なない。何度失敗したって必ず、救ってみせるから」
「それを聞けたら安心、か、な……」
「兄さん? 兄さん! 兄さあああん!」
なんで……なんでこんなことに……!
息を引き取った兄さんは、目をつぶり、まるで寝ているだけのように見えた。
そんな中、天井が崩れ、上から一人落ちてきた。母さんだった。俺は兄さんの遺体をソラに任せ、母さんのもとへ駆け寄る。
「はぁはぁ……ごめんなさいロキ。失敗してしまったようです……」
「母さん!」
「アヴィは、先に行ったのね。残念だけれど……こうなってしまってはもう駄目です。ロキ、あなたはすぐに過去へ戻りなさい」
「そんな、母さんを置いていくなんて……」
すると母さんは俺を抱きしめた。
「行くのですロキ。あなたはいつか言いましたね。自分が行動できなくて人を助けられないと思った時に心が痛くなると。あなたは優しい子です、私を置いていくのは辛いことでしょう。けれど、なればこそ、過去へ戻って私たちを『救って下さい』」
「母さん……」
俺が母さんから離れ、立ち上がろうとしたその時、天井からシャドウが降りてきた。
「ぜぇ……ぜぇ……何かと思えば時の石版を持っていたのか。過去にはいかせん!」
「さぁ、早く行くのですロキ!」
「くっそおおお!」
迫ってきたシャドウに母さんが立ちはだかる。俺は断腸の思いでそこから逃げると兄さんとソラの元へと戻った。
「ソラ! 石版を使うぞ!」
「……はい!」
「ぐっ、邪魔だ女!」
「きゃあっ」
「ち、こうなったらせめて……封印支配!」
奴が放ったスキルは時の石版に触れようとしていた俺らの隙をつき、ソラに直撃した。
「きゃっ!」
「ソラっ!」
俺は咄嗟にそのスキルからソラを庇うようにソラに覆い被さった。
な、なんだこのスキル、頭が痛え……それに……力が、抜ける?
「はぁ……はぁ。そいつは、記憶と身体能力の封印だ。これで過去に戻っても何もできんぞ……」
「な、なんだと……」
まずい、頭がごちゃごちゃしている。くそ、忘れるな! 忘れちゃ駄目なんだ!
俺はみんなを、救わなくちゃいけないのに……!
「なんて事を……せめて……発動! 解放!」
「貴様! 何をした!」
「はぁ……はぁ。私のちょっとした反抗……!」
母さんが俺にスキルを何か使ったのか!?
もう何が何だかわからない。
俺はグローブを外して、ぎゅっと隣のソラの手を握りしめると、時の石版を触った。瞬間、体が光り始める。
ソラが強く手を握り返してきた。
「私、怖いです……」
「そうだな……俺もお前の事やみんなの事を忘れるのかもと思うと、怖いよ」
「ロキ……私は記憶がなくなろうと……どうなろうと……あなたに永遠の忠誠を誓っています」
「なんだ、そうだったのか……? そんな事聞いた事なかったけど」
「ええ。言っていませんから。だから、きっと……また会ったら、必ずまたあなたと共に……」
そう言うと、ソラは俺の胸元へと抱きついてきた。俺も抱きしめ返す。
ふと母さんの方を見る。壁が破壊されて、青々とした空が背景となっていた。俺が時を飛ぶことができるように母さんはシャドウの前に立ちはだかっている。
後ろ姿だから、その表情を窺い知ることはできないけれど、長い髪をはためかせ、俺を意地でも守るという意思を感じられるその光景と悪も善もない大自然の空を見て、俺は――
「綺麗だ……」
その言葉を最後に、俺は意識を失った。そして遥かなる記憶へ――。




