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XVI【失敗】



【太陽暦664年】


「じゃあ行ってきますね」

「ああ、気をつけてな」


 4月10日。そう言ってソラは城から出かけた。というのもソラは実家、つまるところアルキード王国に一度帰るらしいのだ。

 何やら18歳になると家に一度帰り、色々と王家に伝わる事を教えてもらい帰ってくるのだという。期間はおよそ3ヶ月。


「ふっふっふ。これでレイとご主人様は好きなだけ一緒にいられますね!」

「いつも一緒にいるだろうが」


 呼んでもないのに風呂場に入ってきたりしてるだろ。


「いえいえ、ソラに結構監視されてるんですよこれでも」

「……」


 何やら俺のあずかり知らないところでよくわからん戦いが繰り広げられているらしいが俺が首を突っ込むともっとややこしいことになりかねないからやめておこう。


 そんなこんなで俺はソラがいないなんか一つ足りないような日常をその後も送っていた。

 そして彼女が帰郷してから1ヶ月ほど経った5月20日のこと。


「ロキ。確かソラは今アルキードにいるんだったな」


 兄さんがそんな事を聞いてきた。んな事聞かなくてもわかってるくせになぜ聞いたきたのか。


「いや、少し気になる事を聞いてね。父さんの事なんだが……」


 そう言って切り出してきた兄さんの話は文字通り怪しい話だった。

 何やら父さんは現在怪しげな非合法のギルドと関わりを持っているらしいのだ。そして何故だかその怪しげな奴らをアルキードへ使いとして送っているらしい。


「どういう事だ?」

「わからない。ただ、ここに来てエデン教が活発になってきているのは確かだよ」


 俺と兄さんはエデン教に関して2年前から目を光らせている。2年前、父さんは部下に強引な勧誘をやめるように言ったようで、事実それに関する相談はほぼ無くなった。しかし、以前よりもエデン教のもつ力は着実に大きくなっており、研究、開発なども行い、今や完全に一つの企業である。

 エデンエネルギーも大陸ではほぼ周知であり、化石燃料に変わる第二の燃料として人々もすんなりと受け入れていた。


「その怪しいギルドってのは?」

「どうやら闇ギルドと呼ばれている。何かを探してるようなんだが……」

「父さんは今どこに?」

「家にはいないみたいだ」


 何かきな臭いな……。


「俺たちもアルキードに行った方が良いんじゃないか?」

「それは国交的な問題でできない。今行ったら信頼関係に問題が起こる」

「そうか……」

「とりあえず今回は報告しようと思ってね。また何かあったら言うよ」

「わかった。ありがとう兄さん」


 しかしその後10日経った5月27日の事。兄さんが再び報告に来た。


「ロキ、やはりアルキードでは異変が起きている」

「どういうこと?」

「アルキードの奴とは知り合いがいるから手紙のやり取りをしているんだが、どうも最近アルキードでは行方不明者が多いみたいだ」


 行方不明者? アルキードで?


「それで?」

「今月に入って10人を超える人が行方不明になっているらしい。明らかにおかしい。何者かが国に侵入している可能性があると、手紙の者は言っていた」

「なるほど……兄さんはそれに父さんが関与していると?」

「そこまでは言っていないが……」


 だが兄さんはそう言いたいのだろう。実際に父さんは最近家に帰ってないし、エデン教の方に行きっきりだ。


「でも今ソラが帰郷してるからな。前兄さんが言ったように下手に俺たちが介入できないよ」

「そうなんだよな……ソラが帰ってくるのはいつ?」

「7月10日かな」

「じゃあその日まで待って行動しよう」

「そうだね」


 そして俺たちの会話は終わった。だがこの結論は間違っていたのだ。事態は取り返しのつかない方に繋がっていく。


 それは忘れもしない6月6日の朝の事だった。物凄い足音を廊下に響かせながら、ロルフが俺と兄さんの食事中に現れた。


「ぼ、坊っちゃまぁぉぁあ!!!」

「ど、どうしたんだよロルフ。そんな慌てて」


 明らかに尋常ではない焦りよう。今までに見た事がないほどロルフは困惑していた。


「あ、ああ、アルキードが……!」


 アルキード? 今アルキードって言ったよな?

 俺と兄さんは瞬時に顔を見合わせる。


「どうしたんだロルフ! アルキードに! アルキードに何が起こった!」

「あ、あ、アルキードが……アルキードが……」


 次にロルフが放った言葉は信じられないものだった。


「――か、壊滅しました」

「……なっ!?」


 その場にいる者全員が絶句した。即座に兄さんもロルフの元へと駆け寄る。


「ど、どういう事だいそれは。まずいつの話だ、誰にやられた?」

「じ、時刻は昨夜。お、襲った者たちは不明」


 色々な事が頭に入り込んでくる。だが俺は1番に聞かなければならない事を忘れていた。


「そ、そうだ。ソラは!? ソラは無事なのか!?」

「……そ、それが」

「なんだ! どうしたんだよ!」

「あ、アルキードに、生存者は……い、いないようです」

「な、何……?」


 生存者がいない……? そ、それってつまりソラが死――


「う、嘘だ!」


 頭の中で答えが出る前に俺は口でそう言っていた。かなり大きな声だった。けど周りの人たちは何も言ってこない。


「な、なぁロルフ。タチの悪い冗談だろ?」


 俺は縋るような思いでロルフにそう詰め寄る。だがロルフは力なく首を横に振るだけだった。


「そ、そんな……ソラ……」


 悲しみが俺の中を渦巻いていく。しかし事件はそれだけでは終わらなかった。

 最初はカタカタという音がして、食器が動きはじめた。


「地震か?」


 兄さんがそう言った。そして急に揺れる地面。かなりの大きさだった。立つ事が出来ないほどの。


「で、でかいぞ! みんな机の下に隠れて!」


 兄さんの声で皆が這いつくばりながら移動するが、俺は全くその場から動く気力がなかった。


「ロキも動け!」


 兄さんに腕を掴まれて無理やり頭を机の下に突っ込まれる。

 揺れは数分ののち収まった。だが家の中のほとんどのものが倒れ、床にはヒビが入っていた。


「か、かなり揺れたな」

「こ、これは大陸史上一かも知れませぬぞ……」


 ロルフと兄さんが何か話している。

 だが俺は動けない。身近な人が死んだというのに人はこうもあっさりと切り替えられるのか? ……いや、俺だってそうか。今回だってソラだけで、他のアルキードの人の事なんか考えてもない。


「き、きゃあああああ!」


 そして本番はここからだった。地震が収まって少しした頃にレイの悲鳴が響いた。

 流石にレイの悲鳴には俺も反応して立ち上がり、レイの元へと寄る。


「ど、どうした?」

「あ、あれはいったいなんですか……?」

「――え?」


 レイが部屋の窓から見ていた方に目を向けると、山のような巨大な何かが遥か遠くの方に出現していた。

 な、なんだあれは……!?


 すぐに兄さんたちも駆け寄ってそれを見る。その物体は遠目ながらも明らかに動いていて、グロテスクだが生物的な外見をしていた。


「か、神様……」


 ロルフがぼそりと呟いた。

 神、確かに見ようによっては神の具現化に見えなくもない。だが俺にはどうしても言いようのない不安がのしかかっていた。それは兄さんも同じのようで、


「ロキ、すぐにあそこに向かおう」


 そう言ってきた。俺は未だショックであまり何も考えたくなかったので、少しでも動いた方がいいと思って同意した。

 それに何より普通に緊急事態だ。


「れ、レイも行きます!」

「わかった、けど無茶するなよ」

「――その必要はない」


 背後からの声。振り向くとそこには父さんがいた。彼の服は血だらけで、何より左腕が無かった。


「と、父さん!? そ、その腕はいったい……」

「どうやら失敗に終わったようだ、私の計画は……」

「計画って何のことだよ……! この事態とあんたは何か関係してるのか!? ……いやとにかく治療か! 発動、異常支配イレギュラー


 兄さんが父さんに詰め寄り止血を治した。もちろん腕が生えたりすることはない。だが父さんは臆する事なく自嘲気味に笑い、


「そうだ。あれがエデン、私が復活させたものだ。失敗したがな……」

「何……?」

「アルキードから私が神の福音(ゴスペル)と呼ばれるものを奪い、それを使ってエデンの封印を解いた」


 アルキードから奪い……? まて、って事は。


「と、父さんがアルキードを壊滅させたのか?」

「……そうだ」

「ふ、ふざけるなぁっ!」

「ぐっ!」


 俺は咄嗟に父さんを殴っていた。すぐさま兄さんに止められる。


「落ち着け! ロキ」

「お、落ち着いてられるかぁぁあ!!! こ、こいつがそ、ソラを、ソラを殺したんだぞ!」

「……すまなかったなロキ。ソラも母さんも……」

「か、母さんも、死んだのか……?」

「ああ……だが、すぐに逢えるさ」

「ど、どういう事だ?」


 俺は一瞬、母さんが実は生きているのかと思ってしまった。だが現実はそんなに甘くはない。


「私たちはここで死ぬ」

「何を……」

「エデンは、エデンは正に神の力を持っている。書物によればエデン復活に失敗した場合、奴は爆発を起こす。恐らくこの大陸は一瞬で消し飛ぶだろう」

「なら早く逃げないと……!」

「無駄だ、もう時間がない。私は最後にお前たちに会いに来たんだ。これを持ってな」


 父さんが手袋をした手で懐から取り出したのは四角い石版だった。そこには1人の人間が仰向けに倒れている絵が描かれている。


「これはまさか……!」


 兄さんがそれを見て驚愕の表情を見せる。


「そうだ。それは時の石版。それを使えば過去に戻る事が出来る」

「過去に……?」


 そんな馬鹿な……。


「で、でも確か時の石版は文献などにそう書かれていても実際にそんな効果が発見された例はないと……」

「ああ……だが事実は違う。それは本当に時空を越える事が出来るのだ。しかしその為には膨大なエネルギーが必要だ」


 膨大な、エネルギー……。


「まさか……」

「そう、エデンエネルギーだ。その原液のエネルギーさえあれば時空を越える事が出来る。私はエデンを復活させコントロールし、そうする、つもりだった……が失敗した。結局不安定のままエネルギーを加えた事でその石版はたった数ヶ月しか過去に戻ることが出来ない」


 いきなりこんな話をされても頭が追いつかない。エネルギー? 過去に戻れる?


「い、いったい父さんは何を言いたいんだ?」

「お前が過去に戻るんだロキ。ソラのことはすまなかった。言い訳になるがエデンは私の心を蝕んでいた。何か強大な魔に取り憑かれたかのように徐々に私の心は壊れていった。だから長年の友であるアルキード王にも手をかけてしまった。もう私は自分の意思で何かをする事は出来ない。命が終わろうとしている今、やっとエデンは私の心から去ったようだ。私の事を許してくれとは言わない。だがお前は私と同じ過ちを繰り返す必要はない。今なら……ソラを助ける事が出来る」

「そ、それなら皆で過去に戻れば良いじゃないか! そしたらそのエデンの爆発とやらからも逃げられるし!」

「それは出来ない。時の石版は同じ時間に同じ人物が二人いることを許さないからな」

「ま、待てよ! そしたら俺だって無理じゃん!」


 数ヶ月まえなんて普通に俺存在してるし!


「私は何かあった時のために理性が少し残っているうちに、二年前に『特異点』を作っておいた。だからお前だけなら跳べる」

「特異点、ってなんだよ!?」

「支配というスキルは……極めれれば概念すら支配できる。私はロキの存在を二年前に虚数世界へ落とし込んだ」


 二年前……父さんがエデン教を作ったと知ったあの時か!


「あのスキルは自分には使えないし、ただの一度しか使えない。虚数世界へ落ちている今のお前なら過去へ戻っても現実化したとしても実体が重なることは無い」

「な、何言ってんのか全然わかんねえよ!」

「わからなくとも良い……要はお前1人しか運べないということだ。アヴィ、すまん……」


 不意に父さんが兄さんの名前を呼ぶ。兄さんは、少し父さんを見つめたあと、俺をみて、


「まぁ仕方ないかな。けど、もう少し僕には相談して欲しかったな……」

「すまない……」

「な、何言ってんだよ! わかってんのか!? 皆死ぬんだろ!? 仕方ないで済む問題じゃ――」


 兄さんが俺を抱き寄せる。ふと兄さんを見上げると、目を瞑り、涙を流していた。

 周りを見ると皆俺の事を見つめていた。そこに憎悪の感情はなく、まるで――

 兄さんは手で涙を拭うと、


「じゃあ行け、ロキ。今度はソラを死なせるなよ」

「……な、なんで……なんで兄さんはそんなに強くいられるんだ……」

「兄さんだからさ」


 そう言って、俺を父さんが構えている石版の方へ突き飛ばした。父さんが体を使って俺を受け止め、そして俺の右手に石版を触らせた。体が光りだす。本当に過去に行くのか。

 父さんは俺をみてうっすらと笑った。


「ああ、母さん……キリ。今いくよ」


 そう聞こえた音を最後に俺は意識を失った。

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