#06 デートしたいセフレ
私は一体、セフレと何をしているのだろう。
雰囲気のいいイタリアンレストランへ入り、席に通され、四人でメニューを覗き込む。
食事が運ばれてくるまで他愛ない雑談をして、やがてパスタを食べながら「おいしいねー!」と美羽が顔を綻ばせる隣で、私も「ほんとだね!」なんて笑っていると、大和が「一口くれよ」と当たり前のようにフォークを伸ばしてきた。
なんかこれって恋人同士みたいで、まるでデートのようだ。
大和とは身体だけの関係と決めていたのに、まさか一緒にランチをするなんて。
でも周りから見れば、きっと自然な四人の男女だ。まさか目の前に座る大和と私が、身体だけの関係だなんて誰も思わない。
パスタの他に、サラダやピザやガーリックシュリンプをシェアしていると、セフレの枠を超えてしまった気がする。
「あー腹いっぱい」
尚人が背もたれに寄りかかり満足そうな顔でお腹をさする。
「美味しかったー。いっぱい食べて太っちゃうなぁ。体重が心配。ねー、葉月」
美羽に同意を求められたけど、私が気になっていたのは、体重なんかじゃない。
「お会計、割り勘でいいよね?」
みんなの視線が私に向いた。
変なことを言ったつもりはない。線引きは必要だ。
「いやいや、俺ら出すよ。なぁ大和」
「ああ」
尚人と大和が軽く言う。
それは私がもっとも恐れていたことだった。
「えー!いいの?尚人くん優しい~!」
美羽は素直に喜んで奢られようとしている。
「悪いよ。割り勘がいい」
恋人みたいなことは避けたいし、これをきっかけに大和に優位に立たれたりでもしたら迷惑だ。
お願い、と訴えかけるような目で大和を見つめた。
大和は私の胸の内を読んだように呆れ笑った。
「葉月が心配するようなことにはならないから、ここは奢られろって。その代わり、あとでスタバでコーヒーご馳走して」
優しい眼差しに、うっかり恋しそうになる。
食い下がっても見苦しいだけだと思い、私は身を引いた。
「……わかった。ありがとう」
そう言った私は、大和に笑い返せなかった。
「ごちそうさまでしたー!」
店を出ると、美羽は愛らしい声と笑顔を振りまいて、あっさりとご馳走になっていた。
私にもこれくらいの愛嬌があればよかったのに、と美羽を少し羨ましく思った。
「ご馳走さまでした」
わずかな笑みを添えた落ち着いた言い方になり、だいぶ美羽と差があった。
それでも大和は優しく笑ってくれた。
「そんな顔しなくていいって」
何も言い返せず、私は視線を下げた。
「いつもの強気な葉月はどこいった?」
からかわれるように言われ、ムッとした私はすぐさま大和を小さく睨んだ。
「そう、その顔。そっちのほうが好み」
大和は片方の口端を上げて笑う。
私は思い切り息を吐くように呆れ笑ってやった。
そのタイミングで、少し先で尚人と話していた美羽が私たちを振り返った。
「どこ行こっかぁ」
「あ、私、Francfranc見──」
私の言葉を遮るように、美羽が筒状にした片手を口に宛て、コホンと小さな咳払いをした。
するとそれに反応した尚人が口を開いた。
「お、俺、美羽ちゃんと二人で過ごしたいなー」
また、大根役者が現れた。今度はぎくしゃくした様子で美羽の肩なんか抱いている。
「えー!嬉しーい!じゃあ別行動ねー!」
一体どうなっているのか。
「二時間後に噴水広場の前で待ち合わせね!」
美羽は笑顔でそう言うと、今度は大胆にも尚人の腕に手を絡め、弾んだ足取りでさっさと行ってしまった。
あれよあれよという間に大和と二人きりになってしまった。何この状況。
「じゃあ葉月の行きたい店行くか」
「……うん」
そんなつもりないのに声の調子が落ちてしまう。
「俺たちも腕組む?」
大和が揺さぶるようなことを言って、私の顔を覗き込んできた。
「は?組むわけないでしょっ」
「冗談だよ。いつもの葉月が見たかっただけ」
そんなこと言って、絶対少しは本気だったくせに。
服を着ている大和に調子を狂わせられる。
この先を行けば大和をただのセフレとして見られなくなるのではないかと不安がよぎる。
一歩、また一歩と歩き出す足は、ちゃんと戻ってこられるだろうか。
本来の二人の関係に。
「わ、かわいいお皿!あ、こっちも可愛い!」
大好きなFrancfrancに来ると、可愛いものがディスプレイされた空間に癒されて、いつものように気が休まった。
レストランからここまでの道中は、変に気が張った。
大和と二人きりには慣れているのに、裸で会話をしている時とは違う、静かな空気は堪えた。
何か話さなきゃと思うのに言葉が出てこず、目が合わないようにショップに視線を走らせる始末。
Francfrancのお店に入った瞬間、ようやく私は、水を得た魚のように生き生きした。
「葉月は見かけによらず可愛いもんが好きだな」
大和は女子のためのグッズばかり置かれたキラキラした空間に少し居心地が悪そうに苦笑を浮かべていた。
そんな大和を見ているのはおもしろかったけど、私は横目で睨んだ。
「どういう意味よ」
「いや、大人っぽいシンプルなものが好きそうに見えた」
「私だって女の子なんだけど」
「知ってる。葉月の部屋でメシ作った時、食器が可愛いのばっかで戸惑ったよ」
ああ……と我が家の食器たちを思い出す。
一人暮らしを始めてからFrancfrancで揃えたものばかりだ。
ファッションは大人っぽいものを好むけど、小物や雑貨は可愛いものを好んでしまう。
「葉月ってこういう一面もあるんだなーって知った。俺らの関係じゃ、べつに知る必要ないのにな」
大和は私の隣で何気なくマグカップを手に取って眺めると静かに元に戻した。
寂しげな声が胸に刺さったのに、カップを置く大和の優しく丁寧な指先を見ていたら、その指で早く触れて欲しいと思ってしまった。
いや、セフレなんだからそれでいい。
大和の気持ちなんて、考えない。
「まぁね。これでも普通の21歳の女の子ですから」
二人で笑い合った。
「そういえば、大和の食器は上品だったね。見かけによらず」
私は負けじと言ってやった。
「どんな美味い料理も、食器がイマイチだと味も見栄えも落ちるって兄貴に教えられて。そこらへんはこだわってる」
「へぇー。大和って普段、料理するの?」
食器コーナーから流れて、可愛い調理器具コーナーで足を止め、ぼんやり眺めた。
「たまにな」
「ふーん。得意料理は?」
惰性で聞いてみた。
ピンクのフライパンに手を伸ばす。買うつもりは無いけど可愛くてつい手に取ってしまう。
「オムライスかなぁ……今度作ってやるよ」
思いがけない返答に言葉が詰まった。
断ればいいのにその言葉が出てこない。
きっと大和は何も考えず言っている。
いや、もしかしたら、私が手に持ったフライパンを見て〝一緒に料理する未来〟を想像したのだろうか。そんなふうに思いたくはないけれど。
「……スタバ、行こうか」
私はそう言って、フライパンを静かに戻した。
レジの前で財布を出すと、大和は「サンキュ」と言って笑った。
大和はアイスコーヒーを。私は暑いのにブレンドにした。
コーヒーの香りにはリラックス効果があると思い出したからだ。
カップを口元に近づけて鼻からめいっぱい香りを吸い込んだけど、リラックス効果は期待できなかった。
落ち着かない。周りを見ればカップル率が高いこの空間も、目の前で頬杖をつきながらニコニコと私を見てくる大和にも。
「……なに?」
「ん?葉月、可愛いなぁって思って」
口に運んだコーヒーを、思わず吹き出しそうになるのをどうにかこらえた。
「は?な、なに急に。意味わかんない」
本気か、からかわれているのかわからない言葉にどきまぎしてしまう。
「いつも思ってるよ。可愛いなって。シてる時だって言ってるだろ」
これがデートモードの大和なのか。
優しくて甘くて、胸やけを起こしそう。
「言ってない。あの時は攻め立てるような言葉だけ」
「あれ、そうだっけ」
大和は恥ずかしそうに軽く前髪をかきあげた。
「だから、からかわないでよ」
「からかってねーよ。ほんとに可愛い」
まるで恋人を見つめるかのような大和の眼差しは窮屈なのにとろけそうになる。
大和はどうして、この状況をこんなに楽しめるんだろう。
塗り絵からはみ出すクレヨンみたいにセフレの枠からはみ出している。
私は、はみ出さない綺麗な塗り絵を完成させたいのに。
「あ、葉月のこと写真撮っておこうかな。動画の方がいいかな」
大和がポケットからスマホを取り出して私の目の前でスマホを構えた。
私が迷惑そうに顔を歪めた時、スマホが振動した。
「あ、なんだよ……尚人だ」
大和は邪魔されて不機嫌そうにしながら通話ボタンを押し、スマホを耳に当てた。
そういえば、美羽はどうしているだろうか。
きっとこの状況は彼女の目論見に違いない。
自分が尚人と二人きりになりたいからなのか、私と大和を本気でくっつけようとしているのかは、わからないけど。
電話で話している大和が、「は?」とか「なんだよそれ」とか怪訝な顔で言っている。
私はコーヒーをすすりながらそんな大和を眺めてだんだん心配になってきた。
美羽に何かあったのだろうか。
静かに通話を切った大和にすかさず聞いた。
「なに、どうかした?」
「ああ、尚人たちそのまま帰るって。二人で楽しめって」
「え、なにそれ!ちょっと美羽に電話する」
私はむっとしながらスマホを握ると、美羽に電話をかけた。
しかしコール音が虚しく鳴り続けるだけだった。
「出ない……絶対わざとだ」
私は諦めて通話を切った。
「もう、どういうつもりなんだろ」
「まぁいいじゃん。楽しめば」
大和が呑気に笑う。
「俺は嬉しいよ」
私の欲しい言葉ではないのに、あまりにも直球すぎて照れくさくなる。
犬みたいだ。嬉しくて尻尾を振りながら澄んだ目を輝かせ、口の両端をくっと上げるゴールデンレトリバー。
昔、近所の家で飼われていた。大きくて怖かったのに優しい性格をしていて、いつしか私はその子に手を伸ばしていた。
その犬に大和は似ている。
純粋に楽しむ目の輝きを曇らせたくなくて、艶を消すようなことは言えなかった。
「このあとどうする?」
私はもう帰りたいけど、聞いてみた。
大和は普段のクールな顔を忘れたみたいにまだ笑顔でいた。
「葉月の買い物付き合う」
「ベンチに座って待ってて」
「俺が選んであげる」
「やめて。自分で選べる」
「買ってあげる」
「いらない。自分で買える」
「じゃ荷物持ってあげる」
「自分で持てる」
私の心みたいに冷めたコーヒーを一口飲んで目を伏せた。
「そのあとはゲーセン行く?」
「行かない」
「映画でも見に行く?」
「いや」
私が壁を作れば作るほど、大和はドアを探して入りたがる。でも絶対入れない。
「じゃあ……葉月んち行く?」
ふと大和の声の調子が変わった。
視線を上げると、大和の笑顔は消え、口角をわずかに上げた静かな表情に変わっていた。
さっきまでの無邪気な犬みたいな顔から、そんな誘うような男の顔になるなんて、ずるい。
私は視線を泳がせながらコクンと頷いた。




