#05 いつもと違うセフレ
一週間、大和とセックスしていない。
大和と出会ってから、こんなに長く身体を重ねなかったのは初めてだ。
互いの都合が合わず、そんなことをする時間がなかったのが理由だった。
授業にレポート、バイトにサークル。友達との予定まで重なって、連日の忙しさで寝不足だった。
大和も、仕事が立て込んでいると言っていた。
でもその間も大和は私の生活の中にいた。
「なにしてる?」とメッセージをよこしたり、「雨降るから傘持ってけよ」と世話を焼いてきた時は、思わず、お母さんかと苦笑した。
彼氏みたいに「葉月の声聞きたくなった」と電話してきたり、「バイト迎え行くよ、送ってやる」と私の仕事帰りに来たりして、そのたびに私は大和の背中で欠伸ばかりしていたけど。
「部屋、寄ってく?」
わざわざ送ってもらって少し気が引けた私は大和を部屋に招き入れようとした。
普通はここで、男は尻尾を振ってのこのこ入ってくるものだと思っていた。セフレらしくあっさり終わらせばいい。そう思ったのに。
「葉月、寝不足だろ。今日はもう寝ろよ」
思いがけない言葉に驚いた。
「なんでわかるの」
「欠伸してる声が聞こえてたよ」
大和が、くくっと笑い、欠伸を聞かれていたことが急に恥ずかしくなった。
「……相手の体調なんて考えないのがセフレじゃないの」
「俺は考える。じゃあな」
余裕げに笑い、本当に送るだけ送って、大和は帰っていった。
寄っていきたい。そんな気持ちをおくびにも出さず、それこそあっさりと。
日本語表現のレポートをようやく書き終えた週末の夜。
肩の荷が下りて、真っ先に大和の顔が浮かんだ。きっと性欲のせいだ。そう思うことにした直後、スマホが振動した。
一瞬、大和からの電話を期待した。
そしたら美羽からで、少し肩透かしを食らった。
「ねぇ葉月、急なんだけど明日って空いてる?買い物付き合ってくれない?」
最近シフトが合わなかった美羽からの誘いは久しぶりだった。
レポートが書き終わって、学校も休みだから大和と会おうかと思っていたのだけど、大和とは美羽と別れたあとでもいいか。突然呼び出そう。
「うん、いいよ。何時にどこ?」
「サンシャインに行きたいから池袋!10時に東口で待ち合わせね」
「わかった」
「ねぇ?地元だからって気抜かないでね。私とデートなんだからお洒落してきてよね」
美羽のちょっとわがままを言うような可愛らしい表情が目に浮かぶ。
女同士でも〝デート〟と言われると、がらにもなく胸の奥がくすぐったくなった。
「はーい。じゃあね」
通話を切ると、何を着ていこうか考えた。
美羽とデート。そのあとは……。
SNIDELの黒のノースリーブフリルブラウスに、淡いブルーのフレアジーンズを合わせよう。
靴は黒のオープントゥのセパレートパンプス。バッグはいつものサンローラン。これで決まり。
肌を焼くような日差しがジリジリと照りつける。
アスファルトから跳ね返る熱気も息苦しい。
風の通る隙間がない、夏の都会の雑踏は蒸し風呂状態だ。
それなのに美羽は、涼しい顔で私の隣を歩いている。肩を大胆に出したトップスにミニスカートというアイドルみたいな格好をして。
「今日、なんか気合入ってる?」
「もちろん!綺麗な葉月とのショッピングデートだもん!気合い入るに決まってるじゃん!」
美羽はそう言って、私の腕にギュッとしがみついてきた。いつもよりオーバーな気がした。
でも、こうやって男は美羽の沼にハマっていくんだろうな。なんて、男心がわかった気がした。
かくいう私も美羽の沼に溺れている。
美羽と出会ったのは二年前の夏。
ショップのオープニングスタッフとして一緒に働き始めた。
憧れだった元カリスマモデル、芽神由愛が手掛けるショップの二店舗目がルミネ新宿店にオープンすることになり、私は飛びついて面接を受け、見事、採用されたのだ。
「本城美羽です。よろしく!」
オープンする前の研修日。笑顔でそう挨拶してきた彼女は、私より年上の少しお高くとまっていそうなお姉様方の中で明らかに浮いていた。
人見知りという言葉を知らなさそうな人懐っこい可愛い子で、艶のあるダークブラウンのセミロングの髪とアイドル顔負けの愛らしい顔立ちが印象的だった。
高校生でも働けるんだ……と思っていたら、
「私19で大学一年生なんだけど、橘さんは?」
と言われて驚いた。
「同じ年……」と教えると、美羽は丸っこい目をさらに丸くした。
「え!うそ!大人っぽいから年上に見えた!じゃあ葉月って呼ぶから美羽って呼んで!仲良くしようね!」
そう言って美羽は、可愛いネイルをした手でキュッと私の手を握ると、自然に距離を縮めてきた。
アイドルの握手会で推しと握手するファンみたいな気持ちになった。
同い年で、住んでいる場所も隣町同士と知った私たちは、仲間意識が芽生えて急速に仲良くなっていった。
あれから二年経つけど美羽は変わらず可愛い。
私の明るめミルクティーブラウンの髪色をよく褒めてくれるし、ネイルを変えれば一番先に気づいてくれる。
いつもにこにこしている癒し系の笑顔も安心感を与えてくれる。
でも今日の美羽は違った。
細い手首につけた腕時計にチラッと目をやったり、前や後ろの人混みを気にしたり、どこか落ち着かない様子だった。
「なに?どうかした?」
「え?なにが?」
可愛い声まで少し上ずっていた。
「なんかそわそわしてるから」
「えー?そう?あ、噴水広場だ!今日はイベントやってないんだね」
噴水広場の先にある店に行きたいと美羽が言うから、なんとなく歩いていると、いつの間にか噴水広場の前まで来ていた。
屋内イベントスペースのここは吹き抜けになっていて、時々、芸能人が来てイベントを行っている。でも今日はステージの奥にある噴水だけが賑やかに水しぶきを上げていた。
ふと美羽が立ち止まり、人混みをゆっくり見渡し始め、声を上げた。
「あ!うそ!え!尚人くんと大和くん!」
その言葉を聞いた瞬間、私は眉を寄せて美羽の視線の先を見た。
大和だった。私に気づいたのか少し目を見開いている。
シンプルな白のTシャツに、緩めのインディゴのジーンズを合わせている。そのポケットに手を突っ込み、尚人の後ろを歩いてこちらに向かってくる。
「お、おー!美羽ちゃんに葉月ちゃんじゃん!ひ、久しぶり!」
なぜか棒読みで言って手を上げる尚人に、どことなく白々しさを感じた。
「わーっ!うそー!偶然だね!」
今にでもぴょんぴょん飛び跳ねそうな美羽の隣で私は目の前に立った大和に目で訴えた。
「なんでいるの!?」と。
大和の目は「葉月こそ」と言っているようだったけど、私ほどの戸惑いは感じられなかった。
それどころか一瞬、大和の口元が嬉しそうに緩んだ。
「こんなところで偶然会えるなんて、運命みたーい!」
「あ、ああ。そうだね。そ、それにしても偶然だな~」
「この再会をムダにしたらもったいない気がする~!」
「ほ、ほんとだよな。運命は有効に使わないと」
「きゃー!尚人くん、今日もかっこいい!」
尚人を前に甘い声ではしゃぐ美羽を見て、私は悟った。
これはこないだちらりと口走っていた、四人で会う〝作戦〟ではないかと。
美羽の甘い言葉に、ぎこちなく苦笑する尚人を見ると、もしかしたら彼も共犯者で、四人で会う作戦を美羽に持ちかけられたのかも。
そうとしか思えない。
「美羽ちゃんも、か、可愛いね。会えて、う、嬉しいなぁ」
尚人は相変わらず顔は良かったけど、役者には向いていなさそうだった。
「ねぇじゃあ一緒にランチなんてどうかなぁ?」
「い、いいね!なぁ大和!」
声めちゃくちゃ上ずってる。
絶対に演技でしょ。
「……ああ。いいけど。尚人、お前なんか変だぞ」
大和は落ち着いた声で答えた。
「そ、そうか?気のせいだろ!は、葉月ちゃんにも聞かないとな」
「いいよね、葉月?」
美羽が弾ける笑顔で聞いてくる。
私はそんな美羽を睨んで、低く言った。
「……美羽、仕組んだでしょ」
えっ……と美羽の笑顔が一瞬引きつって、すぐにしらばっくれるような笑顔になった。
「うーん?なんのこと?」
美羽は人差し指を顎に当て、首を傾げた。
これを突っついても無駄だと思った私は大和に視線を向けた。
「どういうこと?」
「俺は昨日、尚人にいきなり、明日買い物付き合えって誘われて来ただけ」
そう言われて、私は尚人を睨んでしまった。
「いや、俺は美羽ちゃんに、葉月ちゃんが大和のこと───」
「あーっ!もういいじゃんいいじゃん!偶然会ったってことで!」
美羽が慌てて大きな声で遮った。
「ちょっと待って。私が大和のことなに?」
すごく気になってしまう。
「なんでもない!ほら、ランチ行こう!」
美羽はどさくさに紛れて尚人の手を取り、引っ張った。二人で先を歩いていってしまう。
尚人のガードが堅いと言っていたから、ふとした瞬間に手を繋いで一気に距離を縮めようとしているのだろうか。あざとい。
「俺たちも行こうぜ」
立ち尽くしていると大和が笑いかけてきた。
私は納得いかないまま大和の隣を歩き出した。
ショップが並び、人が行き交う広い通路を、二組に分かれて歩く。
前を歩く美羽たちと少し間を空けているから会話までは聞こえてこないけど、まだ繋がれている手と美羽の横顔はとても嬉しそうだった。
なんと言って尚人をそそのかしたのか気になるけど、美羽の無邪気な笑顔を見ていると「まぁいいか」と思えてしまう。
「なんか新鮮だな」
隣を歩く大和がふと口を開いて、私は大和を見上げた。
「え?」
「こういうところで見る葉月って」
それはこっちのセリフだ。
今まで、薄暗いクラブや、アパートの部屋、その近辺の外でしか大和を見たことがなかったけど、こんなところで見る大和は、いつも私が知っている大和とはどこか違って、まともに視線を返せない。すごく変な感じだ。
この状況より、いつもみたいに裸で抱かれているほうがよっぽどよかった。
大和の目には楽しそうな色が浮かんでいたけど。
「そう?……それにしても違和感、感じるね。二人でこんなところ歩いてるなんて」
「いつもは部屋の中ばっかだもんな」
大和が意味ありげに笑う。
「お似合いだね、おふたりさん!」
私たちを振り返った美羽がにっこり笑って茶化してきた。
「違うから!」
私は結構必死に否定した。
そうでもしなきゃ調子が狂いそうだった。




