#03 面倒なセフレ
学食のナポリタンは大和が作ってくれたナポリタンほどおいしくなくて、私は途中でフォークを置いた。
何が足りないのか、それとも足りすぎているのかわからないけど、大和の味とはまるで違った。
私の部屋にあった調味料を使ったのだから隠し味を入れていたとしてもたかが知れている。
それなのにプロが作ったみたいにおいしくて忘れられない味なのはなぜだろう。
それと同時に、キッチンに立つ大和の笑顔が不意に思い浮かぶのはなぜだろう。
どう配分して調味料を入れたらあの味に作ることができて、どう育てたら大和みたいないい男が育つんだか。
大和と会わないこの三日間、頭の中でナポリタンと大和の顔がぐるぐる回っていた。
「葉月ー!席取っておいてくれてサンキュー」
全身、黒。シースルーのトップスからは下着みたいなキャミソールがくっきり透け、マイクロミニから脚をがっつり露出した涼香が、屈託のない笑顔を浮かべて私の向かいに座った。
この学食でも大学内でも間違いなく浮いている服装なのに、涼香は自信というアクセサリーを付けて馴染ませている。
私も肩を出したり脚を出したり体のラインを拾う服を着たりと、周りと比べたら少し派手だと思うのに、涼香の隣にいると地味に見えてしまう。
今日はZARAの白のノースリーブペプラム風シャツに淡いグレーのフレアジーンズを合わせて少し大人っぽくしてきたのに、涼香に全部持っていかれた気がする。
おまけに両手で持っているトレーに唐揚げ定食、ご飯大盛りが乗っていれば、学食内にいる三分の一の生徒たちの視線を独り占めだ。
キュッと細いウエストのどこにそれが入るのか。
濃いメイクも真っ赤なネイルも、素朴な唐揚げ定食には似合わないから、そのギャップに周りはつい視線を向けてしまうんだろう。
本人はそんな好奇の視線なんて、どこ吹く風だけど。
「お、ナポリタン。おいしそう」
「そうでもない。もういらない。あげる」
「いや、私、唐揚げ定食あるし。食べないとお腹すいちゃうよ。私の少し食べる?」
涼香はこう見えてお母さんみたいに優しい。
私はふふっと笑った。
「いらない。涼香、食べすぎ」
「それがさぁ、唐揚げ定食頼んでからN大の男から連絡来てさ。合コン、今日がいいって。ガーリック臭したらどうしよう」
涼香は唐揚げにまだ箸をもつけていないのに口元に手を当ててハーッなんてやっている。
こういうアホなところも好き。
「今日?ずいぶん急だね」
「そうなの!奴らの予定が合うのが今日の夜みたい。葉月どう?来れそう?」
来れるって言って!と言わんばかりの涼香の顔が必死すぎて可愛い。アイライナーを跳ね上げたはずの目尻が下がって見える。
「うん、今夜は暇。その代わり今度ハーブスのケーキ奢って。それなら行く~」
「げっ。見返り付きかー」
「当然。だって合コンなんて興味ないもん」
「相手は五人のイケメンなんだよ!ただのイケメンじゃないの!アイドル級なんだから!しかも歳上で、就活終わってるエリート!」
涼香が熱弁し始めた。
イケメンは大和一人で十分だ。
なにせ、顔がいい、スタイルがいい、エロい、面倒見がいい、仕事もできそう。
イケメンを五人並べても、大和一人には敵わないと思う。
そんな私の自信を打ち砕くように、N大の男たち五人は眩しいほどのオーラを放っていた。
うわーかっこいい……。と、涼香の友達とは思えない清楚な女の子三人が、一斉に呟いた。その言葉に私は隣で素直に頷いた。
涼香が興奮していたのもわかる気がした。
まるで五人グループのKーPOPアイドルだ。
毛穴が見えない陶器のような肌と、忘れ鼻に恵まれた中性的な顔立ちは、女として敗北感を覚えるほどだった。
大和とは少し違うジャンルのイケメンに、不覚にも目を奪われた。合コンに来ていると知らせていないのに、大和に睨まれた気がした。
高田馬場の駅前近くの洒落た居酒屋で合コンはスタートした。
数合わせで来たと悟られないよう、でもあまり気合いが入りすぎているとは思われないよう、絶妙な笑顔を顔に貼り付けて自己紹介をした。
それなのに、涼香や涼香の友達が「イケメン彼氏募集中でーす」なんて言うものだから、私の「誰かおいしいナポリタンの作り方教えてくださーい」という一言はあまりにも場違いだったかもしれない。
イケメンたちは笑ってくれたけど、涼香たちは、「は?」という顔をしていた。
乾杯をするとすぐ場が和んで、イケメン集団は楽しいトークを繰り広げた。
「みんな綺麗でテンションあがるなぁ」だとか「来てよかった!」などと慣れた調子で口にする。そんなイケメントークショーを無課金で見られるなんて、涼香の人脈にちょっと感謝した。
場が盛り上がってきた頃トイレへ行くと、不意にスマホがブルッと震えた。見てみると、大和からメッセージ。
『今、何してる?』
ただの興味なのか、それとも誘いなのか。
前者なら恋人同士の他愛ない会話の始まりみたいでゾッとする。
『飲み会。トイレ中』
送ってから二秒で大和から電話が来た。
「また夜遊びしてんのかよ。今日はどこ?」
大和は子供扱いするみたいに笑って聞いてきた。
「高田馬場の早稲田口近くの居酒屋で合コン」
「は?迎え行く。何時まで」
大和の声音が急に焦りの色に変わった。
「九時くらいかな。ていうか高田馬場だから、電車で近いからすぐ帰れるよ」
「いいから待ってろ。駅のロータリーな」
「過保護すぎ。わかった。待ってる」
苦笑して通話を切った。
大和の住む恵比寿から高田馬場までどのくらいだろう。三十分くらいか。そんな時間をかけてまで、わざわざ迎えに来る意味があるのだろうか。
トイレを出ると、イケメンの一人に声をかけられた。たしか、草壁蓮と自己紹介のときに名乗っていた。
「葉月ちゃん、だったよね?ナポリタン好きなの?」
「……ええ、まあ」
怪訝そうに答えると、蓮は意味深に笑った。
「俺、得意料理がナポリタンなんだよね。今度うち来ない?作ってあげるよ」
まさか、そんな言葉が返ってくるとは思わなかった。
軽めのマニッシュヘアに、真夏でも汗は絶対かきませんという涼しげな顔。女の子みたいな顔をしているのに身長は大和くらい高い。
これは明らかに誘われているというか口説かれているというか。見た目は羊のくせに、中身はしっかり狼ではないか。
涼香のシースルーファッションのように下心が透けて見えた。
いえ私、セフレいるので。と言って引かせてもよかったけど、それはこの合コンに一生懸命こぎつけた涼香の手前、ちょっと悪いかもしれないと思った私は丁寧に愛想笑いを浮かべた。
「えーそれってナポリタンを使った口説き文句じゃないですか」
「あ、バレた?葉月ちゃん可愛いから、そういうことしたいなーと思って」
悪びれることなくサラリと言って笑うところを見ると、こういう誘いに手慣れていそうだった。
その甘い見た目を武器に、何人の女の子を落としてきたんですか。私は騙されません。
「そういうことって……私たち初対面ですよ?」
初対面で大和とHしてセフレに誘った女がよく言う。
「だから?じゃあまずはキスからの関係でもいいんだけど」
言い終わると同時に、蓮が一歩距離を詰め、私は息を飲む。
次の瞬間、唇にそっとキスが落ちてきた。
私は目を見開いたまま、離れていく蓮の顔を見上げた。
「今日はみんなの目を盗んでたくさんキスしようよ」
一瞬、その魅力的な笑顔にぐらりと揺れた私はチョロい。
でも心を鬼にして、蓮にしらけた顔を向けた。
「遠慮しておきます」
セフレを二人も作るほど、私は軽くない。
丁重にお断りをして、何食わぬ顔で歩き出した。
「残念。気が変わったら教えて!」という蓮の言葉を背中で聞きながら。
イケメンとの空気が温まってきた頃、涼香が上機嫌に仕切り始めた。
「そろそろお開きなんだけど~このあと二次会参加する人ー!」
涼香の手入れの行き届いた綺麗な脇が披露され、涼香の友達三人が控えめに手を挙げるとイケメンたちもつられるように手を挙げた。
私だけが挙げていなくて、変な視線を受けることになってしまった。
「ごめん、私そろそろ帰るね。明日一限から必修なの思い出した。出ないとやばいんだ」
えーっ、という涼香の不満そうな声を無視してみんなに手を振ると、私はその場を後にした。
一限目が必修というのは本当だったけどそれを気にしたわけではない。迎えに来る大和を心待ちにしているわけでもない。
斜向かいに座る蓮がやたらちょっかいを出してくるから。目が合うとウインクをしてきたり、テーブルの下で私の足に靴先をちょんと当ててきたり。変なのに目をつけられてしまった。大人しくしていれば顔だけで推せるのに。
店の外へ出ると空はもう真っ暗で、昼間の熱を残した生ぬるい空気が肌を撫でた。
光っている看板と店内から零れる明かり。酔った学生や会社員たちとその笑い声で、街は賑わっていた。
ロータリーにはタクシーが二台と、誰かを待っているような乗用車が一台止まっているだけ。大和はまだ来ていないようだった。
「葉~月ちゃん」
ギクッとなる。
聞きたくない声に捕まってしまった。蓮だった。
涼香たちの姿は見えない。
「葉月ちゃんが抜けちゃったから俺も抜けて来ちゃった。あ。もしかして俺のこと待ってた?」
「待ってないです」
私は真顔で即答した。
「ねぇ、連絡先教えてよ」
「いやです」
「インスタでもいいよ」
「そういうのやってないです」
プイッと顔を背けると、ブォォンと野太いエンジン音を鳴り響かせたバイクが私と蓮の前に流れてきて静かに止まった。
大和だった。淡いブルーの緩いジーンズを履き、大きめのジップのグレーのパーカーは胸下まで開いていて、中には黒いTシャツが覗いていた。
それに白いスニーカーを合わせた完全なラフなスタイルなのに、スタイルがいいせいか様になっている。
「葉月。お待たせ」
ヘルメットを脱いだ大和は私を見てそう言ってから、蓮に視線を移した。大和の表情が一瞬、変わった気がした。
それは蓮も同じで不服そうに口を開いた。
「え、もしかして彼氏?」
そう。と言ってもよかったのに、あとから涼香にクレームが来ても可哀想だから、私はわずかな間のあと首を横に振った。
「……ただの友達」
蓮は安心しきったような笑顔を浮かべた。
「なんだ。よかった。じゃあ……」
と言って蓮はまた距離を詰め、片手でわたしの頬を包み込むと唇に優しくキスをした。
一瞬のできごとだった。
「またキスできてよかった。じゃあね、葉月ちゃん」
最後に頭をポンポンとしてから、蓮はあっさりと駅の中へ入っていった。
呆然と立ち尽くしていると大和が小さく息を吐いた。
「……誰あいつ」
いつもより低い声だった。
「合コンで知り合ったN大の人……」
一瞬のキスだったとはいえ、見られて気まずい。
「さっきもキスされた?」
「うん……大和と電話で話したあと。トイレ出たら声かけられて、今みたいにいきなり……」
「……連絡先は?」
大和が表情を隠すみたいにヘルメットをかぶり、声が少しくぐもった。
「教えてない」
突っ立つ私に大和はヘルメットを差し出した。
「乗れよ。帰るぞ」
少し尖った声音になぜだか戸惑ってしまう。
おずおずと受け取るとヘルメットをかぶってバイクにまたがった。
ブォンと大きなエンジン音が鳴って夜の街へ走り出した。
逆方向な気がした。
私は普段、方向音痴に片足を突っ込んでいて、迷ったことにさえ気づかないのだが今夜は違った。
高田馬場から池袋の自宅までバイクで飛ばしたらそろそろ見慣れた景色が目に飛び込んできてもよさそうなものなのに、流れていくのは知らない風景ばかりだった。
信号が赤に変わり、バイクがゆっくり止まる。
ふと顔を上げると、渋谷だの初台だの書かれた青い標識。そこには〝恵比寿〟の文字もあった。
まさか……と思う。
「ねぇ、大和。私、自分のアパートに帰りたいんだけど。大和のアパートじゃなくて」
体を寄せて聞くと、大和はわずかに反応して小さく振り向いた。
「……わりーな、今日は帰したくなくなった」
信号は青に変わりバイクはまた走り出した。
ウインカーを右に出し、恵比寿の方へ向かって。
迎えに来てもらったことを少しだけ後悔した。
手を引っ張られて部屋に入ると大和は勢いのまま私をベッドに押し倒し、何かの堰を切ったかのように深いキスをしてきた。
どうしてこうなったか考える間も、息をする間も与えてくれず、ただ貪欲に。
「んっ……大和……どうしたの……」
熱い吐息が重なる距離で問う。
でもそう喋り終わるそばから唇を塞がれた。
いつもの優しいキスとは違う、何か罰でも与えられているようなそんなキスだった。
「他の男に、無防備な姿見せるなよ」
濡れた唇が離れたのは一瞬だった。
苦しそうに息を吐いた大和はそう言って、また唇を押し付けた。その間に片手の指先で簡単にブラのホックを外すと服をたくしあげた。
荒々しい手つきなのに興奮してしまう。
大和は吸い付くように素肌に唇を落とした。
余裕をなくした大和に求められることは、嫌ではなかった。
でも、快楽に堕とされていくふわりと浮いた意識の中で、大和の嫉妬が面倒くさいと思った。




