第2章 異世界へGO!
三人は会議室を出て開発部のフロアに向かい、テストプレイルームへ移動した。
矢向がテストルームにある端末を操作しながら説明をしていく。
「各自そちらの小部屋に入ってください。全面スクリーンになっています。音声認識でコンソールを呼び出せます。操作はカメラのモーションセンサーで可能ですので直感的に操作を試してしてください。」
佳織と中原はそれぞれ小部屋に入っていった。
矢向の声が聞こえてくる。
「まず、アバターを用意します。私のは前回の時に使用したレベル40のメンテナンス用アバターを使います。」
「さっき見た通り、他のメンテナンス用アバターは失われてしまったので中原さんには営業用のお試しアバター、平間さんには営業マン用のアバターを使ってもらいます。レベルはどちらも20程度ですが、特殊な魔法が使えるようになっています。」
「会長のアバターはおそらくレベル50は超えていると思いますので異世界に行ったらレベル上げから始めなくてはならないでしょう。」
「どうやら会長は管理者権限を隠し持っていてチートコードの監視をしているみたいなのでレベルなどの改造はできないし、新規のアバター作成も制限されてしまっています。」
「では各自のアバターの外見をカメラで撮影した映像から作成します」
「外見カスタマイズが可能なので自由にセッティングしてくださいね。ここでのカスタマイズは基本、アバターの性能に影響しません」。
佳織は入念にセッティングしている。体形を調整しているようだった。
「佳織君、現実の君とかけ離れると違和感出るからほどほどにね。」
「部長こそかっこ良く作りすぎないようにしてくださいね。リアル世界に戻るとがっかりするので。」
矢向の声が聞こえてきた。
「名前の設定もしてくださいね。「ファランクス」の世界と同じような感じにすればよいと思います。ちなみに私はユーリ、ユーリ・アローと名乗っています。」
中原はいつものゲーム「ファランクス」で使っているアバターに近いもの・・騎士団の隊長といった感じの少し派手な衣装を選んでいた。強そうにみえるように細マッチョの体形にしている。名前は「タッカー・フィールド」にしている。
一方、佳織は金髪をポニーテールにした、いかにも「中世ヨーロッパの女騎士」の恰好をしていた。胸のサイズは5割増しといったところだ。
名前は「オリビア・タイラー」である。
矢向は前回と同じ一般的な兵士姿で早々に準備を終えた。
「ではログインします。ログインポイントはゲーム内のセーフティゾーンの中から選択します。今回は魔王の拠点からかなり離れた場所を選択しました。」
モニターが暗転して切り替わり、別々の部屋にいた3人が森の中の青く光る石碑の前に立っていた。3Dの表現に少し違和感があるが、慣れればなんとかなるだろう。
「この世界が会長が希望した異世界です。人類種と魔族種が覇権を争う世界でいたる所に魔物が生息する、剣と魔法の世界となっています。少しいったところに人類種の町があるので移動しましょう。移動の方法はわかりますか?」
佳織と中原は矢向の案内で歩き始めた。
「かなり高画質ですね。矢向さん。」
「風景や人物を投影する際、足りない情報をAIで計算して補完しているのでかなりリアルに近づいています。もう10年もすれば現実との区別ができないものになるでしょうね。」
矢向は歩きながら説明を続けた。
「この異世界を構築したのは会長が開発した3つのサーバーと私が開発した世界構築サーバーです。簡単に説明すると次のような感じです。」
・大地サーバー
地形だけでなく、天候や水や空気、石、鉱物など、さらに植物や動物、微生物までを定義している。一種の地球シミュレーターともいえる。
・輪廻サーバー
異世界の登場人物の魂の輪廻を管理している。
・秩序サーバー
異世界の物理法則を定義している。また、魔法などの管理もしている。
・世界構築サーバー
異世界で起きる様々な出来事を管理し、思い通りの世界を構築する。
「大地サーバーのデーターは、うちのMMORPGファランクスのものを流用しているので、景色などは中原さんと平間さんにはなじみがあると思いますよ。」
「いまからいくところは人類種の最前線の国『リープクリフト王国』の東南に位置するルクセン町という地方都市です。魔王の勢力範囲とは王国の北部で大河を挟んで隣接しています。」
「リープクリフト王国はファランクスでは南部王国ルシエと呼ばれているエリアに相当します。」
「この世界の状況なんですが、人類種と魔族種が覇権を争う世界に調整しました。人類種が劣勢になれば輪廻サーバーから勇者を転生させ、魔王種が劣勢になれば大魔王を転生させ、物語サーバーで均衡するようにコントロールしています。管理側で直接的な介入はしていません。会長は勇者として転生し、魔族を滅ぼす英雄になることが会長の冒険の目的でした。
それがいつの間にか魔王を名乗り、魔族側の部族を率いて活動しています。現在は人類種側が優勢のようですね。」
「魔族というのは魔素により外見や能力が変化した人々の総称で、「古代中国の異民族」のようなポジションです。複数の魔族が存在し、その族長の中で特に力を持つものが「魔王」と名乗るものです。統一された魔族の国が存在するわけではありません。過去の歴史の中では魔王の中からチンギスハンのような大魔王が生まれ、魔族を取りまとめたこともありました。」
中原が尋ねた。
「なぜ会長は勇者から魔王に転職したんですかね。」
「それは私にはわかりません。会長の活躍でリープクリフト王国に敵対する部族の魔王を倒し、あと一歩のところまできていたのですが。単なる気まぐれですかね・・・」
歩いているうちに景色が変わり、広大な畑が現れ、やがて城塞都市ルクセンが見えてきた。畑には農作業をしているらしき人も見える。
佳織が矢向に聞いた。
「言葉は通じるのですか。矢向さん。」
「言葉は秩序サーバーで管理していて、この世界の言語は自動的に翻訳されて聞こえます。われわれが日本語を話してもこの世界の人間は自分たちの言葉と認識します。文字も自動変換されます。この世界の人間に日本語を見せても彼らは自分たちの文字だと認識し、逆にこの世界の文字を我々が見たら、翻訳文が表示されるようになっています。」
佳織が近くの畑の農夫のもとへかけだし、声をかけた。
「こんにちは。いい天気ですね。」
「これは騎士様。こんにちは。騎士様たちも魔王討伐軍に参加するのかえ。」
確かに言葉は通じるようだ。佳織は笑顔で答えた。少し芝居がかっている。
「ええ、皆さんが安心できるようにわたくしたちが魔王を倒してみせますわ。」
佳織は何度か農夫と言葉を交わし、二人のもとに戻ってきた。
「タッカー団長殿、本当に言葉がつうじますわ。不思議な感じ。」
まだ少し芝居が残っている。
「あのおじさんが言うには、今、街では魔王討伐の兵を募っているらしくて、各地村々から人が集まっているので私たちが行っても目立ったりしないみたいです。」
城門に近づいた一行はそのまま町に入っていった。夜は門が閉じられる可能性があるが、昼間は出入り自由のようだった。
町に入ったところで矢向が言った。
「まずはレベルアップをしましょう。レベルアップをすることで防御力と攻撃力が上がります。目標レベルは40か50ですね。魔王と同じレベルにないと何もできないと思います。」
「レベルは魔物や対人戦闘でバトルを経験すると上昇します。この町の北側に魔物が出るエリアがあります。とりあえずそこに行ってみましょう。」
「その前に準備としてこの町で武器や防具、回復薬などをそろえましょう。お金は前回ログインした時、コードをいじって準備した資金が消えずに残っています。もう新たに増やすことはできませんが。」
「この世界には4次元ポケットのようなアイテムボックスば、ありません。得られたアイテムは装備したり、カバンに入れて持ち歩くか、宿屋などの拠点に置いていくしかありません。
これはリアル世界の冒険に近づけたいという会長のこだわりですね。」
「剣や武具には耐久力が設定されていてそれを超えると壊れて消失します。ネームドアイテムになると魔力を流すことで回復力可能ですので壊れにくくなっています。少し高いですが、この町で高耐久力の武器か、そこそこのネームドアイテムを購入しましょう。」
3人は町の武器屋らしき店舗に入っていった。
佳織が武器を選んでいると矢向が言った。
「現実に持ち歩いているわけではないので重い剣でも楽にふりまわせますよ。ただ、重くなるとモーションコントローラで動きを検知した後の反応に遅延が発生します。遅延はレベル上昇で小さくなっていくので、あまり気にしなくてもよいですね。」
佳織は細身の剣を購入し、装備した。やはり剣技の素早さが魔王を倒すのに必要と感じたからだ。それと細身の剣を装備したほうがカッコイイと思ったようだった。
中原はシンプルな槍を選択した。ファランクスで扱い慣れているためだろう。矢向は大剣を購入した。前回魔王に折られた剣より耐久力が高いものが欲しかったようだった。
「準備ができたら早速向かいましょう。北の森に魔物が発生しやすい場所があり、そこに向かいます。このあたりの魔物は弱くて遭遇しても襲ってこないので楽に行けますよ。」
「ユーリさん。弱い魔物を倒してもあまり経験値を得られないのではないですか。」
佳織が聞いた。
「それがそうでもないのです。ここにはちょっとした裏技があるんです。」
矢向はいたずらっ子のような顔をして答えた。
一行は北の森の泉に到着した。泉のそばにこの世界にログインした時に見た石碑と同じようなものがあり、うっすらと赤く光っていた。
「この石碑は魔石が組み込まれていて、動作すればこのように淡く光ります。また、この世界の住人には認識されなくなります。我々プレイヤーは認識でき、ログインポイントや空間転移ポイントとして機能します。」
「青はログインやログアウト時のセーフティポイント、黄色は空間転移ポイント、赤は魔物発生ポイントです。」
「セーフティポイント以外でログアウトするとアバターが失われる可能性があるので注意してください。」
「食事やトイレ休憩したい場合はどうするんですか。」
「コントロール解除状態で抜けられるのですが、その間、アバターは無防備になります。休憩もセーフティゾーンでおこなったほうがよいですね。」
「ここの石碑は赤なので魔物発生装置です。この世界では無から有は生まれません。ある種のエネルギー保存の法則が適用されているんです。ですので、その石碑の周囲に水や土、木などを置くと魔素と融合し魔物が発生します。例えば雨が降るとスライムなどの水性魔物が発生します。」
そう言って矢向は石碑に水をかけた。
すると水が少し発光したように見えてなにかを形作った。小さなスライムのようだった。
「平間さん、スライムは石碑から離れる方向に移動するのでその方向で剣を構えてください。」
スライムが動き出すと佳織の剣に触れ消滅した。
ステータスを確認すると経験値が1つ増えていた。
「これである程度のレベルアップをしましょう。」
「私が水をかけるのでお二人は交代で倒してください。」
かなり地味な作業だった。小一時間も繰り返し、佳織のレベルが7つほど上がっていった。
「めんどくさいな。こうすればいいんじゃね。」
いきなり中原は石碑を持ち上げ池の中に放り込んだ。
少しして池の水全体が強く発光し、象くらいありそうな何やら巨大な生物が誕生した。
「タッカーさん、なにするんですか。って何?」
巨大なスライムが誕生し、ゆっくり池の中から出てこようとしている。佳織と中原は剣と槍をスライムに突き刺した。だがダメ。スライムはダメージを受けることなく移動している。
「矢向君どうしよう。」
「とりあえず石碑を回収して元の場所へ戻して下さい。」
中原が池に飛びこみ石碑を抱えて出てきた。その体には無数のこぶし大のスライムがまとわりつく。
「平間君、気持ち悪いので体にまとわりつくスライムを取ってくれ。」
佳織が剣の先でなでるとスライムは次々と消えていった。中原は石碑を抱えて元の場所に持って行った。魔物の発生は止まったようだった。
「矢向君。あの大スライムはどうします?倒せそうにないんだが・・・。」
矢向は自分に言い聞かせるように言った。
「ここで発生した魔物はほとんどが寿命が短いんです。他の魔物などを取り込むことで生き残っていくようになっています。周囲の魔物は我々があらかた倒したので、すぐに消滅するはずです。たぶん。」
「ではここでもう少しレベルアップしていきましょう」。
また地味な作業を小一時間行ったところで矢向が言った。
「そろそろ今日は終わりにしましょう。目標のレベルには少し足りませんが、今後の冒険で何とかしましょう。コンソールを開いてログアウトしてください。」
3人はログアウトし、プレイルームの小部屋から出てきた。
矢向が疲れた顔で言った。
「今日はこれで終わりにします。明日は朝からログインするのでこの部屋に集まってください。」
「それから今後どのようなプランで行くか考えておいてください。」
佳織は気になっていることを言った。
「お疲れ様です。あと、これから異世界ではオリビアって呼んでくださいね。タッカーさん、ユーリさん。」




