第1章 異世界転生はお仕事です。
ゴールデンウィーク明けの仕事が手につかないある日、佳織は突然部長に呼び出され、会議室に向かった。ドアを開けるとそこには佳織の上司である広報課の部長の中原達也と、開発部の矢向裕介・・・佳織が何度か見かけたことのある開発部のエース・・そして副社長の鹿島田彰がすでにいた。佳織が中原の隣に着席すると副社長の鹿島田はおもむろに口を開いた。
「君たちには、異世界に転生して魔王を倒してきてほしい。」
なんのゲームの話?新作ゲームのテストプレイヤーの話かな?佳織の頭は混乱した。
ここは中堅のゲーム会社なのでよくある話か?いや入社2年目で広報担当の佳織には関係のない話だ。
佳織は思わず中原と顔を見合わせてしまった。中原が尋ねた。
「どうゆうことですか。詳しくお話をお伺いしてもよろしいですか。鹿島田さん。」
「矢向君あれを」
開発部の矢向が手元の端末を操作して会議室の大型モニターのスイッチを入れ、映像を流す。ゲームのプレイ画面のようだ。一人の人物を4人の男たちが取り囲んでいる。よくある中世ヨーロッパ風の兵士のいでたちだ。
「会長、お願いします。ログアウトしてください。」
「私はもう会社を離れた身だ。会社は君たち自身で守りたまえ。それに私はこの世界でやり残したことがある。残り少ない人生でログアウトしている暇はない。」
「そうだ、私をこの世界のルールで倒したらログアウトを考えてやってもよいぞ。ただし、チートコードを使ったり、強制ログアウトしたら君たちには協力しないからな。どうだ、この魔王クリストファーにかかってくるか」
男たちは顔を見渡し、一人が大きくうなずいた。
「仕方ない。倒されても恨まないでくださいよ。会長」
男たちが一斉に剣を抜き、斬りかかっていった。だが実力差は歴然だった。どう見ても会長と呼ばれた人物の反応速度が速い。勝負は1分足らずでついた。
男たちの中で立っているのは一人だけ。最初に切りかかっていった男だけだった。剣は折られていて使い物にならない。
「君は開発部の矢向君だね。私の跡を継いで異世界転生サービスの開発を任されているらしいね。ログアウトしたら鹿島田君にこのことを伝えるといい。」
映像が終わると鹿島田副社長が話し始めた
「彼は、姿はゲームのキャラクターにみえるが、中身はわがニューキャッスル社の元会長だ。君たちも知っているだろう。天才プログラマーでゲームクリエータでもある新城宏一氏だ。また、わが社の株主でもある。」
少し間をおいてつづけた。
「会長は、~ああ。引退したが、私たちはまだ会長のことはまだ会長と呼んでいるんだ。~2年前に病気で引退して今はほぼ寝たきりの状態だが、わが社で開発したフルダイブ型の異世界転生サービスを利用している。そこで魔王を名乗っているんだ。」
鹿島田副社長は言いにくそうにつづけた。
「君たちもうすうす知っていると思うが、わが社は今、投資ファンドや大手ゲームメーカーから買収されるかどうかの瀬戸際だ。」
「我々は会社を守るために、大株主でもある彼に異世界からログアウトしてもらい、法的な書類にサインをしてもらいたいと考えている。異世界にいる状態では法的に有効な書類が作成できないからね。でもこの通り断られてしまった。」
「そこで君たちでパーティを組んで、彼を倒してログアウトさせてくれ。」
しばらくして。中原が口を開いた。
「なぜ私たちが?」
「私の知る限り、会社の中で君たちが一番、ゲームがうまい。たぶんどんなゲームでも。中原君、それに君は新城会長と仲が良かったから手加減してくれるかもね。そう願っている。」
中原はもともとニューキャッスル社が10数年前に作成し話題になったMMOPRG「ファランクス・剣と槍と少しの魔法」でランキングプレイヤーとして有名になり、それが縁で開発者の新城に誘われて転職したのだった。40代半ばで独身だ。真面目というよりノリと勢いで生きてきたという感じの男だ。
「平間君は中原君と一緒に「ファランクス」で活躍しているらしいね。パートナーとしてサポートしてほしい。それに君は中原君の推薦で入社した。会社が買収されれば中原君と一緒に解雇対象になる可能性が高い。1つの会社に広報は2ついらないからね。」
佳織はショックだった。鹿島田が言った通り、2年前、就職活動に失敗して困っているときに同じゲーム内でプレイしていた中原に相談したら、この会社に誘われたのだった。部長職という肩書はわがままがきくらしい。
中原は佳織のほうを向いて話した。
「うーん。そうなるかもね。私自身が会長のコネで入社したから。会社が買収されれば会長派閥の我々の居場所はなくなるな。会社に残りたければやるしかないか・・・・」
佳織は自分が会長派閥であったことを初めて知った。
「なお、この件は極秘で進めてくれ。社長をはじめ他の役員には知られないようにな。」
「詳しいやり方や異世界サービスの詳細などは矢向君に聞いてくれ。2週間以内に倒して新城会長を目覚めさせるんだ。頼んだぞ。」
そう言って鹿島田副社長は会議室を後にした。
残された3人はお互いを見渡し、少しため息をついた。
「さて自己紹介をしておきましょう。僕は開発部の矢向です。」
矢向はいかにも優秀なエンジニアっといった感じで30代半ばの細身の男だ。
「新城会長と一緒に作り上げてきた異世界転送サービスを最後まで完成させたいと考えています。そのためには今、会社が買収されるわけにはいかないのです。ご協力よろしくお願いします。」
矢向はつづけた。
「中原さんのことは知っています。昔、僕もファランクスでプレイしていたので。平間さんは僕がファランクスから去った後に参加したのかな。でも君のことは少し知っているよ。開発部でも少し有名なので・・・会社の広報の「中の人」としてね。」
佳織は少し顔が赤くなった。広報担当として会社の公式SNSを任されていたのだが、いくつかの投稿ミスをし、ユーザーから指摘され話題になったことがあるのだった。
「中原だ。一応広報担当部長をしている。対外的に部長と名乗っているが、会社内ではあまり力がない。君も知っていると思うが元ゲーム雑誌のライターだった。新城会長とはその時からお世話になっている。」
「平間佳織です。広報担当です。入社2年目です。いろいろご迷惑をかけています。すいません。MMORPGのファランクスは好きなのでまだ時々やっています。」
一通り自己紹介が終わった後、矢向が話し始めた。
「では、簡単に異世界転生サービスを説明しておきます。このサービス「ITS~異世界転生サービス」は顧客が希望する異世界を作り、そこでプレイしてもらうものです。プライベートMMORPGといってもよいですね。」
「ITSの顧客は寝たきりの病人が大半です。当然、一顧客に専用の世界をカスタマイズして用意するため費用も高額になります。現在はまだテスト運営中ですが、一部の大金持ちに人生最期の冒険を提供しています。」
中原が口を開いた。
「こんなサービスが提供されているなんて広報の我々が知らないのはどうしてだ。」
矢向が答える。
「もともとは会長が自分の病気に気付いた後、自分の願いが叶う世界を作るために始めた私的なプロジェクトなんですが、開発費や運営費があまりにも莫大で、ペイできる目途が立っていません。また倫理的な問題もあり、まだ一般に公開することもできません。広報担当の中原さんたちが知らないのも当然です。」
矢向はつづけた。
「ITSのインターフェースには、新技術の神経信号読み取り装置「ニューロハックインターフェース=NHI」を採用して顧客の分身であるアバターを自分の体のように動かすことができます。それにより自分自身がゲームの世界に転生したかのように行動できるのがウリですね。たとえ現実では寝たきりの状態でも大丈夫です。ただしそのためには神経信号の読み取り装置を首や頭部に埋め込むような若干の医療行為が必要になるんですが。」
中原が質問した。
「その医療行為とやらは我々も受けるのかな?」
「いいえ、わたしたちはカメラによるモーションセンサーと音声コントローラーなどの通常のゲームのコントローラーを組み合わせた形で行動します。そのための専用のプレイルームを用意しています。」
「NHIの性能は先ほどの会長との闘いを見ていただけたらお気づきになったと思いますが、反応速度が通常のコントローラーを使っている我々と全然ちがいますね。」
「新城会長にも読み取り装置を埋め込む手術をしています。ログアウトには装置からの離脱が必要で、時間と手間がかかり、また危険も伴います。会長はそれを嫌って我々の頼みを断ったんだと思います。」
「ここまでで何か質問はありますか?」
佳織は考えを整理するように聞いた
「聞きたいことはいろいろあるのですが、要は、ゲーム内で、ボスキャラとなった会長を討伐するミッションをこなすということでよいのですね。倒すのが難しいのであればログアウトをもう一度お願いしてみてはいかがですか?」
「そうですね。倒さなくても説得できればよいのですが会長の性格を考えると説得は難しいと思います。会長を昔から知っている中原さんはどう思いますか。」
中原は答えた。
「僕も説得は難しいと思います。もう方針を決めているので。彼は一度決めたことは簡単には変えない人ですからね。だから会社をここまで大きくできたんだと思います。」
中原と矢向は顔を合わせて小さくため息をついた。
佳織が割って入る。
「で。これからどのような手順ですすめるんですか。何かプランはあるんでしょうか?」
「あるといえばあるし、ないといえばないかも。確実なプランはありません。なので中原さんたちにも一緒に考えてください。」
「まずはITSにログインしてみましょう。今から行く世界はどんなのかは実際にプレイしたほうが早いと思う。操作性はわが社のMMORPG「ファランクス」がベースになっているから中原さんたちならとっつきやすいと思います。」
「開発部にあるモニターテスト用のプレイルームを押さえているので早速やってみませんか。」




