9話 花が咲いた答案用紙
週の終わり。さっそく答案が返却されることになった。
そのとき、アネモネちゃんが手を挙げる。
「先生、クラスの最高得点を教えてもらえますか?」
私が振り返ると、アネモネちゃんのアメジストの瞳と目が遭う。
私は固唾を呑んで前を向くと、先生も何かを察してくれたのか、返却を開始する前に、手元の書類に目を向けた。
「百点はアネモネ・カリオンさんだけでしたね」
途端、教室中から歓声が湧いた。
「さすがアネモネ様!」
「場違いな娘の退学が決まりましたわね」
「盛大にお別れ会をしてさしあげないと!」
嘲笑と敵意に満ちた笑い声に、私は小さく震える。
そうか……やっぱり、私じゃ駄目だったんだ……。
「アイ君……ごめんね……」
私の寮部屋で、大人しく待っているアイ君。
この一週間、彼はずっと部屋で不安そうにしていた。
私がお散歩にいこうと誘っても、ワンコの姿のままでフルフルと首を振るだけ。
虐げられる外におびえていた。
奴隷としての未来におびえていた。
私が、助けてあげたかったのに……。
膝の上においた拳に、涙が一粒落ちたときだった。
「ただ、ナズナ・フェルミエさんが一〇二点でクラストップです」
「ど、どういうことですの!?」
アネモネちゃんが席を立ち、先生へ詰め寄る。
激昂しながら書類を確認するやいなや、「失礼しました」と先生に謝罪していた。
唇を噛んだアネモネちゃんは、とても悔しそうで。
先生はそんな彼女を怒らず、淡々と私たち全員に説明する。
「担当官から言付けを預かっています。『フェルミエさんは新しい式を用いて計算を簡略化させました。その勉強意欲を点数で評価しました』とのことです。フェルミエさん、がんばりましたね」
先生が私を呼ぶ。
受け取った答案には一〇二点の数字とともに花丸がついていた。
かわいい花が咲いた答案に、思わず私は再び泣きそうになって。
殿下のおかげだ、今度会えたら、お礼を言わなきゃ……!
席へ戻ろうとする私に、アネモネちゃんが告げてくる。
「正式な譲渡の書類を作らせて、部屋まで届けさせるわ」
「あ、それなら作ってあるよ」
私はカバンの中に入れておいた書類を、笑顔でアネモネちゃんに渡す。
「はい、売買契約書!」
王城書記官が夢の私、書類作りは予行練習。
結果を待つドキドキを紛らわすため、つい作っちゃったんだ。
だけど、放課後。結局アネモネちゃんの寮のキラキラな応接間で、アネモネちゃんの筆頭従者ゼインさんが私に『譲渡』の書類を渡してくる。
「あの……出世払いで買い取るつもりなのですが……」
「そちらの従者はアネモネお嬢様からの『贈り物』です。いいですか、従者のひとりもつけられないあなたを哀れに思ったアネモネお嬢様が、わざわざ用意してあげたものなのです――お嬢様の慈悲に感謝し、大切になさい」
その隣で、アネモネちゃんがずっと不服そうに紅茶を飲んでいる。
何か話しかけようにも……ゼインさんが粛々と手続きを進めるので、私も言われるがままサインするしかない。書類に怪しい点もないしね。
「それと、最後にこれを……」
渡されたのは、大きな包みだった。
開けて良いと促されてみれば……小柄な従者用スーツだ!
「アネモネ様が用意したものです。仮にもカリオン家の紋が刻まれている従者です。彼に粗相があれば、カリオン家にも傷がつくと思っていてくださいね」
「あ、ありがとうございました! アネモネちゃんもありがとう!」
ずっとゼインさんの隣で仏頂面だったアネモネちゃんが小さな声で訊いてきた。
「最新の公式なんてどこで覚えたの?」
「あの……ちょっとずるいかもだけど……」
そう前置きしてから、私は手をもじもじさせながら話した。
「テストの前日に、図書室で王太子殿下が教えてくれて……」
「なっ……個人的に会う仲だということ!?」
「違う違う違う! 生徒会の仕事の一環で来ていたとかで、たまたま勉強していた私に興味を持ったらしく……断じて、ぜんぜん、何もないから! むしろ、なんかズルしてごめんなさいっ!」
勘違いで驚くアネモネちゃんに、私は思いっきり頭を下げる。
殿下のお力を借りて、私はアネモネちゃんに勝てたのだ。
それをズルい、やっぱりこの勝負はなしだ、そう言われても仕方のない勝敗。
だけど、アネモネちゃんはやはりつまらなそうに言った。
「そういうことなら……ズルだなんて思いませんわ。殿下は忖度をしない方です。そんな殿下に助けたいと思わせたなら……まさしく『出世する』根拠ですもの」
私を認めてくれつつも、どこか寂しそうなアネモネちゃん。
この学園のみんなは殿下と恋をしたがっている。
それはやっぱり、アネモネちゃんも一緒なのかな?
「……他の子と同じように、アネモネちゃんも王太子殿下が好き……なの?」
その問いかけに、アネモネちゃんは一度ゆっくりと目を伏せて。
チラリとゼインさんを確認してから、きっぱりと告げた。
「……当然でしてよ。あたくしこそが殿下と婚約すべき女なのだから」
「そうなんだ、応援してるね!」
私は心から応援する。
アネモネちゃんが王太子妃になるなんて、すごく素敵!
何より、友達が好きな人と結婚すること自体が嬉しいもの!
私がきゃいきゃい喜んでいると、アネモネちゃんが席を立つ。
「それじゃあ、用は済んだから」
そして、私は部屋へ戻っていくアネモネちゃんたちを見送った。
久々にアネモネちゃんと話せて嬉しかったな。
これからもっと話せるといいな。
私の憧れる背中を見送ってから、私は急いで部屋に戻る。
もちろん一番にやることは、アイ君を抱きしめることだ!
「アイ君、正式なあるじとして、初めての命令をするよ!」
「キャウン?」
私の言葉に、アイ君が目をきらめかせる。
そんなアイ君に、私はもらったばかりのスーツを見せた。
「これに着替えて、いっしょにお散歩にいこう!」
◆
「わざわざ着いてこなくとも、おつかいは私ひとりで問題ありませんのに」
「先日、あなたはあの犬と揉めたでしょう? これ以上トラブルが起きたら面倒だと思っただけよ」
帰り際、苦笑するゼインにあたくしは淡々と返す。
そう――トラブルはもう勘弁だ。
配送中の奴隷を逃がした裏稼業の尻ぬぐいはもちろん、あの子に関わるなんて。
「お友達にはずいぶんとお優しいのですね」
「誰が友達よ。あたくしは奴隷の脱走が周囲にバレないように図らっただけ。カリオン家の不出来が広まらずに済んだなら安い出費でしょ。各所にもそのように振舞うよう通知しておきなさい」
「すでに手配済みです」
さすが、両親が選んだ自慢の筆頭従者だ。隙がない。
……本当に隙がなく、今もあたくしの今後を案じてくる。
「また、あの娘と懇意にするおつもりですか?」
「まさか。あたくしの恋を応援してくれるなら、それこそ取り巻きにしてあげてもいいけど……あくまでただのクラスメイト――それだけよ」
ゼインは、あたくしの従兄妹でもあった。
父の弟の末息子。爵位は継げないからと、小さい頃から我が家に取り入るように媚びている姿をあたくしもよく覚えている。
そんなゼインは、両親の大のお気に入り。
下手したら、妹という替えが効くあたくしよりも、ずっと大切なお気に入り。
だからあたくしは、ゼインに向かって強調する。
「あんな娘、あたくしのライバルにすらならないわ」
1章はこれにて完結です!
余談ですが、わたしの推しはアネモネちゃんです。もうね、アネモネちゃんはね……
わたしの既存作をお読みの方がどれだけいらっしゃるかわかりませんが、彼女が「悪役令嬢枠」です。
2章では新キャラや再登場キャラも出てきてもっと賑やかになりますので
引きつづきよろしくお願いします。
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