36話 勇気の音
バルクロウや黒服たちの背中に隠れながら、私は屋敷の階段をあがる。
たしか、ここはヴェルガント家の別宅……ってリリィさんが言ってたっけ。
道中もあまり活気づいた道を通らなかったし、屋敷内も少し埃っぽさが残っている。普段は使われていない建物だったのだろう。
アネモネちゃん……こんなところに連れ込まれていったい何を……。
「奥の部屋、だったよね……」
二階には誰もいなかった。そういや、一階の使用人の数もあまり多くなかったな。しかも黒服に怯えるばかりで、対抗しよう、屋敷を守ろうする人はいなかった。
普段は使われていない屋敷なのだろう。そこに、急遽最低限の人だけを集めたのかも。
そんなことを予想しながら通路を進んでいると、すすり泣く声が聞こえた。
私は慌てて、その少しだけ開いていた扉を開く。
「アネモネちゃん!」
「ナズ、ナ……?」
アネモネちゃんが泣いていた。
初めて見るアネモネちゃんの涙だ。
アメジストの大きな瞳をまんまると見開きながら、ポロポロと。
殺風景な部屋の中。
傷だらけの姿で涙を零す姿は、まるで今にも枯れそうな花のようでもあって。
それでも、私はずっと会いたかった彼女に思いっきり笑みを向けるんだ。
「助けにきたよ、アネモネちゃん!」
「なんで……どうして、あなたが……?」
「だって、私は雑草のナズナだよ?」
そして、私は抱きしめる。
大事な、大事な友達を、私は抱きしめる。
「ただ私が咲きたい場所に咲きに来ただけだもん」
「ナズナのくせに、生意気ですわ……」
顔をくしゃくしゃにしたアネモネちゃんが、私の肩に腕を回してくる。
私の肩口を、温かい何かが濡らしていた。
私が抱きしめる手にもっと力を籠めると、さすがのアネモネちゃん。
その声音はもう震えていなかった。
「この騒ぎ……あの借金取りに手伝ってもらったのね?」
「うん。多分、あとでルシアン殿下に怒られる気がしているんだ」
すると、アネモネちゃんが鼻で笑う。
「存分に怒られるといいわ」
「え、アネモネちゃん庇ってくれないの!?」
文句を言って、顔を見合わせて。
「あなた、けっこうひどい顔しているわよ」
「それ、お互い様じゃないかな?」
お互いに笑いあおうとしたときだった。
「そういうことですか……ナズナ・フェルミエ」
その声に、私は急いで立ち上がる。
足が痛いなど、言ってられない。
息を切らしたゼイン・ヴェルガントが扉を塞いでいた。
「かつての友人をここまで追いかけてくるとは……なんとも未練がましい!」
私はアネモネちゃんを守るように、松葉杖を構える。
箒で借金取りを追い払ったことはある。
だけど、今ならわかる。
あの黒服たちは、いつも私を害そうとはしていなかった。
じゃれてくれていただけ。
子どもと追いかけっこをするように、遊んでくれていただけ。
目の前のゼインという男には、私たちを害そうとする、明確な意志がある。
その冷たい視線に呑まれてなるものか!
「かつてじゃない。アネモネちゃんは今でも大切な友達だ!」
「雑草ごときが、ぼくの邪魔をするなっ!」
下が異様に騒がしい。やっぱり兵士や傭兵でも用意していたのか。バルクロウは撒かれてしまったようだ。でも、ここまでしてくれただけで大感謝。
アネモネちゃんは私が守る!
「やあっ!」
迫ってくるゼインに、私は思いっきり松葉杖を振り下ろす。
「しょせん、ただの女だな」
だけど、あっさりとそれは片腕で止められて。
同時に、足に強い痛みが走った。ギブスの上から足を蹴られたようだ。
「うっ」
「他愛ない」
堪らず片膝をついた私の横を、ゼインがスッと通り過ぎる。
そして、アネモネちゃんの髪を掴み上げた。
「来いっ!」
「きゃっ」
女にとって……令嬢にとって、髪の毛 は何よりも大切なもの。
それを乱暴に引っ張りながら、アネモネちゃんを部屋の外に引きずりだそうとしていて。
――使うなら、今だ。
私はジャケットの下からバルクロウから預かったものを取り出す。
そして両手で構えて、教わったとおりレバーを引いた。
バンッ!
耳の奥まで響く強烈な破裂音の直後、私はとっさにアイテムを落としてしまう。
だけど、ゼインさん手はアネモネちゃんの髪から離れていた。
壁に小さな穴が開いている。
はらはらと落ちている赤い糸は……アネモネちゃんの髪!?
ゼインさんが叫ぶ。
「貴様如きが、どうして拳銃を!?」
拳銃……言葉だけなら聞いたことがある。
巨大迷路のオリエンテーションのとき、バルクロウも話題に出していたけれど……火薬が内蔵されていて、弾が飛び出す武器のことだよね? 他国で開発されていて、最近うちの国にも少しずつ流れてきているとかなんとか……。もちろん正式な許可のない人の利用は強く禁止されているはず。所持が見つかっただけで禁固何年だっけ? ……って、これが本物の拳銃!?
おい、バルクロウ。どこがサーカスのびっくりアイテムだ?
立派な武器じゃんっ!!
これで私も犯罪者じゃん!?
「やっぱりバルクロウなんか大っ嫌いだあああああ!」
私は喉の痛みを気にせず叫びながら、全力で走る。
奮えるアネモネちゃんの手を引いて。
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