34話 窓越しの信頼
その後、アイ君は意識を失った。
急ぎルシアン殿下がお医者様を呼んでくれたけど、倒れた一番の原因は過労とのこと。怪我は見た目ほどひどくないらしく、獣人ならばすぐに治るということらしい。
「殿下のご命令とはいえ、私が獣人を診るとはね……」
「わざわざご足労ありがとうございました」
お医者様のさりげない一言に、私は頭を下げるしかない。
獣人差別は、私の知らない場所でしっかり根付いてしまっているんだな……。
だけど、苦笑したお医者様は「いい勉強になったよ」と、私の背中をバンバンと叩く。
「それより、従者くんよりきみのほうが重症なんだからね! そんな身体で転んだあげくに地面を這っていたと聞いたよ! もう絶対安静! 殿下にもお伝えしておくからね!」
「は、はい……」
だから先生……背中を強くたたかれると、体がビリビリします……。
ともあれ、お医者様が帰ったあと、アイ君は私の隣のベッドで寝息を立てていた。腕に針が繋がれている。どうやら栄養剤を点滴してくれているらしい。
点滴なんて初めて見た。新しい技術ってきいたけど、いくらするんだろう?
「私の医療費といい……ちゃんと払えるかな?」
そんな不安に動悸がしながらも、私はベッドテーブルに、置き手紙を残す。
『おつかれさま。ゆっくり休んでね』
そして、重し代わりに栞付きの暗記帳を置いた。
私の大切な大切な宝物――ちゃんと戻ってくるよ、というメッセージ。
アイ君が頑張ってくれたんだ。
次は、私の番。
お金の心配は、目の前のことがすべて済んでから考えよう。
固唾を呑んで、私は医務室の扉を開く。
……が、開かない。
「へ?」
内側のカギはもちろん開いている。
だけど、ガチャガチャと何度扉をスライドさせようとしても、扉が開かない。
「……まあ、出入りできるのは扉だけとは限らないし?」
医務室は一階だ。この身体だと少し乗り上がるのが大変だけど、普通に出入りに支障はない。というか、こういうときは窓から出たほうが雰囲気出るよね! なんとなくだけど!
……と、窓に向かったときだった。
窓の外で、キラキラとした青年が何か細工をしていた。
彼は私に気が付いたのか「やあ」とばかりに片手をあげる。
言わずもがな、ルシアン殿下である。
「何をしているんですか!?」
夕陽に照らされて、ルシアン殿下の金髪はオレンジに輝いていた。
色気マシマシな時間に、殿下は笑みを携えながら窓のあわせに手を伸ばしている。
うわ、窓が開かないように簡易的な工具を取り付けているんだ!?
私を閉じ込める気!?
「ちょっと殿下、開けてくださいっ!」
私がどんどん窓を叩くも、殿下はニコニコフェイスを崩さない。
代わりに「はあ」と吐息で窓を曇らせたかと思えば、そこに指で文字を書き始めた。
『医師から絶対安静って言われたよね?』
器用なことに、私が読みやすいように逆文字で書いてくれている。
いや、こんなところでハイスペックを披露しないでほしいのですが……。
その後も、殿下は「はあ」としてから長文を器用に書く。
『治療や食事の手配は万全だ。二人分の費用もひとまず僕に回してもらっているから安心して。あとでその分を事件の犯人らに請求するから遠慮しないでくれ』
よかった……医療費破算はしなくて済んだ……でも私の分はともかく、アイ君の分までいいのかなぁ……って、それどころではなくて!
「だからって、当人の許可なく軟禁するな~!?」
ドンドンと窓を叩きながらも、私はシレッと視線を背ける。
まあ、でも最悪。窓のカギが開かなくても、ガラス窓なんか割ってしまえばいいわけで。こんな透明度の高いガラスが、いくらするか知らないけれど。
私がそう覚悟を決めていると、殿下は再びガラスに息を吹きかけた。
『ちなみに、この窓ガラス一枚の値段は……』
「ひぃ!?」
書かれた数字に、私は声にならない悲鳴をあげる。
高いよ!? こないだのドレス代より高いのですが!?
あぁ、我が家の借金がまだ増える……。
で、でもアネモネちゃんが今も暴力を奮われているかもしれないんだよね?
頭を抱えていると、殿下は目を細めてから文字を続けた。
『アネモネ嬢を助けに行きたいんだろうけど、きみ自身が全治三か月だってこと、まさか忘れてないよね? 権威も持たないのに体調も万全ではないきみが行ったところで、何ができるんだ?』
「はは……手厳しいですね」
そんな乾いた笑みが、窓越しの殿下に聞こえているかはわからないけれど。
だけど、ルシアン殿下の言葉は事実だ。
私が持っているものなんて、親がこさえた借金くらい。
しかも全身今も包帯だらけで、松葉杖がないと歩けないのだ。
それでも、私はドンッと強く窓ガラスをたたいた。
「関係ありません! アナモネちゃんは、私の大切な友達ですから!」
『僕に任せて、少しだけ待っててくれる?』
ルシアン殿下の笑みがとても優しかった。
あぁ、ズルいなぁ。
そう思わざるをえない。
『必ず、アネモネ嬢と会わせてあげるから』
胸が高鳴る。殿下が紡ぐ優しくて、強い言葉が、あまりに頼もしくて。
『僕は自分の言葉に責任を持つ』
この人は、今まで一度も私を裏切ったことがない。
実際、言葉のとおり、私の夢をいつも応援してくれた。手助けしてくれた。
だから、きっと今回も……。
そんな予感に思わず窓を叩く手を止めると、殿下が最後の言葉を紡ぐ。
『いいこだ』
そして、殿下は去っていった。
……そうだよね。私がひとりで動くより、殿下のほうができることが多い。
屋敷に無事にたどり着いたところで、門前払いが関の山。
私がひとりで行ったとて、いったい何ができるのだろうか。
ただの借金まみれの、雑草でしかない私が……。
「……行ったか? 行ったよね?」
……なんて落ち込むほど、殊勝な性格はしてないんだけどね?
だって、何ができるかなんて二の次だもん。
アネモネちゃんが今このときも暴力を受けているかもしれないのに、大人しく療養なんてしてられない!
今、私がアネモネちゃんに会いたいから、会いに行く――ただ、それだけ!
「窓を割るのは最終手段だね」
私は再び、扉のほうに足を運んだ。
理由は簡単。
どんなに体当たりしたとて、木製の扉が割れるなんてことはない。
ならば、扉の蝶番のほうが修理費をあわせても、絶対に安い!
「いくぞおおおおおおおおおお!」
私が覚悟を決めて、扉に体当たりをしようとしたときだ。
そのタイミングで、扉がガチャッと開かれる。
「へ?」
だから、私がぶつかったのは……大きな男性の厚い胸板だった。
「よぉ、ナズナ。元気そうじゃねーか」
軽薄に声をかけてくるのは、見慣れた黒髪・眼帯男のバルクロウ。
彼は指先でくるくるとマスターキーらしき鍵束を弄びながら、「なら――」と咥えていたキャンディーをパキッと噛む。
「今から一緒にデートといこうぜ!」
更新遅れていてごめんなさい!
予約が尽きているのに気付かなかった……
「おもしろい!」「続きが楽しみ!」などと、少しでも思っていただけましたなら、
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