32話 おかしな修羅場
それから一週間。
私はお菓子を食べまくっていた。
「体力を……体力をつけなくては……」
一番ひどいけがは、やはり右足だった。
骨が折れてしまったらしく、全治三か月。ただお医者様いわく、奇跡的な軽傷で済んでいるとのこと。全身打撲で動くたびに泣きたくなるほど痛いのだが、頭部の怪我も脳震盪は起こしたものの、それ以外には内臓も含めて後遺症はなし。日頃の行いが良かったのだろうと、背中をバンバン叩かれた。めちゃくちゃ痛かったな……。
早ければ、距離的にそろそろアイ君が戻ってくる頃である。
報告次第では、すぐに助けに行かないと!
そのためには、やはり体力。体が資本である!
お医者様からも『食べられるならたくさん栄養をとりなさい』と言われたし、私は毎日お腹がはちきれそうになるまで食べた。
当然、今日巻き髪ちゃんが持ってきてくれたお菓子も然りである。
私がベッドの上でむしゃむしゃと食べている姿を見ながら、巻き髪ちゃんが楽しそうに口を尖らせていた。
「あなた本当にルシアン殿下の心を射止めるなんて……暗記帳が恋人とか叫んでおきながら、ほんと抜け目がないんだからっ!」
クラスは違うものの……シャンデリアの事故を目撃したひとりとして、心配してくれていたという。てっきりクラスメイトがお見舞いに行っているのかと思いきや、たまに殿下が顔を出している以外に誰も行っていないと知り……慌ててお見舞いにきてくれたらしい。
正確に言えば、御三家のお二人も一度来てくれているのだけどね。
だけど、あれからリリィ先輩もローズ先輩にも会っていない。
だから、巻き髪ちゃんがきてくれて、すっごくうれしい!
巻き髪ちゃんは入学式のときにも丁寧に学園のことも教えてくれたし、パーティーの直前にも真剣に私のドレスコードを心配してくれていた。
だけど……友好的に接してくれる彼女に、私は疑問を抱いてしまうのだ。
「あの……嫌じゃ、ないの? ルシアン殿下と結婚したかったんだよね?」
とっても不本意だし、いまだになぜだかさっぱりわからないのだけど……。
私がルシアン殿下の最愛であるということは、学園中の公認のようだ。
なぜ『婚約者』や『恋人』ではなく、『最愛』なんて呼ばれ方しているのかといえば……私がその想いに応えていないかららしい。
いや、私、何様だよ!?
ただの雑草でいいのですが!?
それを弁明しようにも、医務室で歩くのもままならない怪我人のため、噂はいまだ払拭できずにいる。
ともあれ、ここはみんな殿下と恋愛したがっているルミエール女学園。
そこでなぜか勝ち抜いてしまった形になっている雑草のことなんて、みんな嫌っていてもおかしくないと思うのだけど……。
巻き髪ちゃんはあっさりと肩をすくめる。
「妬んでいる生徒も大勢いますが……全員が全員、本気で殿下と結婚できるなんて思ってもいませんのよ?」
「そ、そうなの?」
私が目を見開いていると、巻き髪ちゃんはいたずらに笑っていた。
「むしろ入学式のときにお話ししたとんでもレディが殿下の心を射止めていたなんて……ロマンスじゃありませんか! わたくしも恋のキューピットになれたのだと、生涯の話のタネになりますわよ!」
「ずいぶんと……したたかだね?」
「当然ですわ! このくらいでないと社交界なんて生き抜けませんもの!」
胸を張る巻き髪ちゃんに、私は思わず笑みをこぼす。
かっこいいなぁ。私も、こんな風にしたたかな女性になりたいな。
そのためにも、まずは……。
そう視線を下げようとするも、巻き髪ちゃんが許してはくれなかった。
「それで、殿下の想いにはいつお応えするんですの? 演出とか……恋のキューピットとしてお手伝いしますわよ?」
「あー……怪我が治ってから、かな~?」
目をキラキラさせての質問に、私は「たはは」と視線を逸らしてごまかす。
これ、どうすればいいんだろう?
そもそも、どうして私がルシアン殿下の最愛になってしまっているのか。
――やっぱりアネモネちゃん、なのかなぁ……?
目覚めたら、いつのまにか殿下の最愛になっていた。
つまり、私が気絶しているあいだに、何かあったということ。
やっぱり、アネモネちゃんに会わなくては。
ちゃんと無事なのか。私が気絶しているあいだに何があったのか。
考えなければならないことはやまほどあるのに、さらにほかにも難題が残っているらしい。
「だけど……あのバルクロウって闇商人はいいんですの? パーティーのときに告白されてたって話も聞いておりますわよ?」
そういやあったな、そんなこと。
シャンデリアの事件が起きる直前、バルクロウからいきなり『俺のこと好き?』と聞かれた。
あの真意はなんだったのだろう?
借金と何か関係があったのかな?
巻き髪ちゃんが帰ったあと、私は松葉杖の練習も兼ねて、リハビリで外を歩いていた。毎日一時間だけ、外出が許されているのだ。
「いて~」
正直、動くと未だにあちこちが軋む感じがするんだけどね。
でも、少しでも早く治さないと。
それに、痛みのおかげでモヤモヤしたことも考えずに済む。
だから今はリハビリとアネモネちゃんのことだけ考えていたいのに……。
巨大迷路をした裏庭付近で、バルクロウの声が聞こえてしまうのだろう。
「おまえ、あいつをどうするつもりだ?」
いつになく低い声である。また誰かを脅しているのかな?
それがバルクロウの仕事だとしても、相手は女の子だろうし、ほどほどで止めなくちゃ。
めんどくさいなーと思いながらも、バルクロウは幼馴染みたいなものだ。注意する責任がある……と陰からそっとのぞき込むと。
そこには、下手な令嬢よりもキラキラした青年がにこやかに対面した。
「あいつとは……ナズナ嬢のことかい?」
今、もっとも会いたくない相手――ルシアン殿下である。
え、なんで二人が私の話題で修羅場な雰囲気出してるの!?
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