31話 花々のお見舞い
リリィさんの言葉に、ルシアン殿下が肩をすくめる。
「祝ってくれないか。ようやく僕が心を通わせたいと思う女性ができたのだから」
「失恋した直後の女の気持ちも理解してくださいまし。ちょっとの嫌みくらい聞き流してもらいたいですわ」
会話が……とげとげしい……。
今日はお天気もよく、気温も穏やかなはずなのに……二人のあいだに、なぜか吹雪が吹いているかのように冷たい風を感じるのはなぜだろうか。
それにも関わらず、二人とも笑みを絶やさないから余計に怖い。
「それで、どのような用件だ?」
「ナズナさんのお見舞いに決まっているではありませんか。わたくしたちはお茶会を共にする仲ですのよ?」
ローズさんとリリィさんの手には、バスケットや花束が持たれている。
リリィさんの発言に偽りはないと思うけど……どうして、ルシアン殿下は警戒しているようなご様子なんだろう?
二人がそんな会話を続ける中、ローズさんがスタスタと私に近づいてくる。
「ナズナくん、体調は?」
「あの……あちこちが痛いですが、大丈夫です……」
顔が……近いのですが?
肌もきれいで、切れ長の瞳が吸い込まれそうなほど美しいから不快感はないのだけど……真顔なところも相まって、少し怖い。
しかも、私の返答が不服だったのか、さらに顔を近づけてくる。
「それは大丈夫とは言わないね。医師の話だと、足以外は奇跡的に大事がないという。だからすぐに起き上がれるとは思うけど……しばらく松葉杖での生活が余儀されるようだ。不便があればすぐに言うといい。私がどこへだって抱きかかえて行こう!」
「お、重たいから結構ですよ!?」
「ナズナくんの体重は四十五キロ程度だろう? そのくらいなら毎日の鍛錬で抱えているから何も問題はない!」
なんでぴったり私の体重を当ててくるの~?
だけど善意一〇〇パーセントなことが嫌ってほど伝わってくるから、完全否定もできない。
「……あののムキムキ従者さんのお話ですよね?」
「いや、間違いなくわたし自身の話だが?」
ローズ先輩って、何者なのだろう?
そんな疑問で頭がいっぱいになっていると、ローズ先輩は突然「そうだ!」と背中を伸ばす。
「きみにお見舞いの品があった」
その同時に、ローズ先輩がいったん退席。
すぐさま肩に載せて運んできたのは……桃色髪の男の子だった。
「アイ君!?」
「あるじ~!!」
ローズ先輩が下ろすと、アイ君が所在なさげに泣きそうな顔をしていた。
「すまない……あるじ。おれ、あるじのこと守れなかった……まさか、あるじがキラキラの下に飛び込んでいくなんて思わなくって……おれ、あるじの従者なのに……」
「あの事故からずっと医務室の前で座り込んでいたようだ」
私が意識ない間ずっととなると……アイ君は三日も廊下にいたということ。
夜は冷え込むから、廊下でずっとなんて寒かっただろうに……。
そんなアイ君を見て、リリィさんと話していた殿下も口をはさんでくる。
「僕も一緒に中に入ろうと声をかけたのだけど、頑なに首を縦に振ってくれなくてね」
節々の痛みなんてどうでもいい。
私は迷うことなく、アイ君の冷たい身体を思いっきり抱きしめた。
「ありがとう、アイ君。アイ君のおかげで、私は大切な友達を守れたんだよ。アイ君のおかげなんだよ」
「おれ……あるじの役に立てたのか?」
「もちろんだよ! ね、殿下?」
私はアイ君の頭を撫でながら、殿下に目を向ける。
さっきから、ずっと何かを誤魔化している殿下。
私が最愛とか、そんな戯言も気にならないわけでもないけど……。
やっぱり一番は、アネモネちゃんについてだ。
「アネモネちゃんは無事なんですよね?」
私が念を押すように問いかけると、殿下がまた視線を逸らす。
代わりに口を開いたのは、リリィ先輩だった。
「アネモネさんなら、この三日授業をお休みしているという話ですわ。噂によれば、学園の外に出ているようですわね」
アネモネちゃんがお休みしている?
殿下いわく、怪我も大したことないとのこと。それなのに、真面目なアネモネちゃんがお休みしているというのは……どうにも不可解な話だ。
「アネモネちゃんはどこにいったのご存知ですか?」
「さぁ、わたくしは詳しく存じ上げませんけど……」
「リリィ嬢!?」
ルシアン殿下が、リリィさんを止めようとする。
だけど、その手が口を塞ぐ前に、リリィさんが口角をあげた。
「あら殿下。懇意にするつもりもない女性の唇に触れようとするんですの?」
その言葉で、ルシアン殿下の動きが止まる。
そしてすぐに、リリィ先輩は私に穏やかな笑みを向けてきた。
「この近くに、カリオン傍系の別宅があるという話ですわね。たしか……ヴェルガント家、でしたか」
傍系とは、簡単にいえばカリオン家の親戚ということだ。
つまり、アネモネちゃんは親戚の家にお世話になっているということ……。
殿下はアネモネちゃんに大した怪我はないと言っていたのに?
「アネモネちゃんも……どこか怪我してしまったのですか?」
「いいえ。あなたをシャンデリアの下から助けようとして手に多少の傷は負ったようだけど……学業に支障があるような怪我はしていないはずよ」
どうやらその点に対しては、殿下の話と食い違いがないらしい。
ただ……手の怪我の原因が私を助けようとしたからっていうのは初耳だ。
「ルシアン殿下、なんでその話を私に――」
教えてくれなかったの!?
そう問いただそうとベッドから降りようとするも、全身にぴきりと痛みが走る。
特に足が痛い。というか、片足がまるで動こうとしない。
がっちり嵌められたギブスのせいかな。
もしかしたら骨も折れているのかもしれない。
そんな私に、ルシアン殿下は悲しげな笑みを浮かべて。
「とにかく、きみはここで養生しているんだ。あとのことは僕に任せて、いいね?」
ルシアン殿下たちが去って行く。
リリィ先輩とローズ先輩も殿下に促されて、「ではまたね」と医務室から出て行った。
残されたのは、私とアイ君だけ。
私は扉が閉ざされたのを確認してから、口だけ動かす。
「……アイ君、お願いがあるんだけどいいかな?」
「おれ、あるじのためなら何でもする!」
私のお願いを聞く前に、アイ君は了承してくれる。
そんな頼もしい従者に……私は初めて、心からの命令を下した。
「アネモネちゃんの様子を、そのヴェルガント家の別宅まで見に行ってほしいの」
作者から、ここまで読んでくれた皆様へお願いです
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