3話 赤の御三家・アネモネ
「僕と恋ができない理由を訊いても?」
会場中がざわつく。
「とんだ恥知らずな」
「失礼な方ですわ」
集まる視線も聞こえてくる声も冷ややかだ。
負けてたまるか。
平穏な学園生活をこんな初手から手放してたまるかと、私は必死に頭を働かせる。
「あの……決して殿下に非はないのですが……」
前置き必須。正直、美形王子様に興味があるわけでもないが、下手に否定して不敬罪に処されてしまっては、王城書記官どころではない。
あくまで、私の夢に恋愛がいらないだけ。
「私の恋人は暗記帳です! 私は王城書記官になりたいんです!!」
私は隙間時間に勉強するための紙束を取り出してみせる。質の悪い小さな紙を束ねたものに、周囲の令嬢たちが「汚らしい紙くず」「ゴミも挟まってますわ」とどよめいていた。貧乏なんだから、いい紙なんて買えるわけない。それでも、これが私の努力の成果だ!
あいだに挟んでいるのは、ナズナの花を押し花にした栞だ。
これも相当ボロボロになってしまっているけど……令嬢時代にアネモネちゃんと交換した大切な、大切な私の宝物。
うつむいていると、壇上の殿下が優しく目を細めた。
「そういうことなら、僕も応援しよう。きみと王城で働ける日を楽しみにしている」
殿下が「すまなかったね」と、この話題を終わらせてくれた。
これで恋のライバル(笑)も生まれず、学業に真面目なアピールもできたよね。
私がホッと息をつくと、今度は隣の巻き髪ちゃんがコソコソ話しかけてくる。
「あなた、書記官なんて本気ですの?」
「うん……卒業後に、資格試験の参加資格、得られるよね?」
「そんなの誰とも婚約できなかった令嬢の保険ですわよ?」
え……私の夢が……行き遅れ対策……?。
それなら、待って?
うちの両親『玉の輿ゲットで借金チャラ大作戦!』狙ってたりする?
それ、バルクロウと結婚するのと変わらなくない!?
私が頭を抱えている間に、入学式は進行する。
「それではルシアン殿下より、今年の花の御三家のご認定です!」
壇上に上がったのは、とても美しい令嬢たちだ。
一人目は、銀髪のきれいな清楚な三年生。
二人目は、短い青髪が凛々しい二年生。
彼女たちに拍手を送りながら、親切な巻き髪ちゃんが説明してくれる。
「花の御三家は各学年の代表生徒。認定されるには、家格や美貌、学力や評判、前年の慈善活動など、すべてで優れていることが必須。ルシアン殿下の有力な婚約者候補とされて――」
「あっ!」
巻き髪ちゃんの説明をよそに、私は思わず壇上を食い入るように見つめる。
だって、三人目の一年生が、先ほど目が遭った赤毛の――
「アネモネちゃんだ~!」
私のかつての親友が、ルシアン殿下に赤い花を髪に挿してもらっていた。
アネモネ・カリオンちゃん。
私がまだ『令嬢』だった頃、一番仲良くしてくれた女の子。
うちが事業で失敗してから会うことができず、今日はほぼ十年ぶりの再会だ。
無駄に聞こえてくる陰口が怖くておどおどするしかできなかったとき、アネモネちゃんだけが私の悪口を言わないでくれた。そして、私と友達になってくれた……優しくて、カッコイイ、私の憧れの女の子……それがアネモネちゃんだ。
そんなアネモネちゃんとの思い出があったからこそ、私は今まで頑張ってこれたのだ。借金取りにも負けず、たとえ身長が低くても、常に背筋を伸ばして。
いつか借金も全部返して、また堂々とアネモネちゃんの『友達』と名乗れるような……そんな自分になるために。
「予定よりも早めの再会になっちゃったな」
入学式のあと、私たちは自分のクラスを確認してから、教室へ向かうように指示をされた。だけど私は、会場のすぐ外でアネモネちゃんを待つ。
まだ、うちの借金はたくさん残っている。
それでもこの十年間、アネモネちゃんに『恥ずかしい』と思うような生き方はしてこなかったつもりだ。
また、仲良くしてもらえるかな?
私だと気が付いてもらえるかな?
ソワソワしてしまうのは、その緊張だけではない。
従者と教室へ向かうみんなが、私の陰口を残していくからだ。
「本当に従者がいないのね」
「お茶会でも見たことない顔だわ」
「先ほども無様でしたわね」
さっき悪目立ちしたのは事実だが、ここまで冷たい視線に晒されることある?
私、なにか知らないうちにマナー違反しているのかな?
ちなみに巻き髪ちゃんは、迎えに来た従者とあっさり教室へ向かってしまった。どうやら従者が、巻き髪ちゃんのクラスを確認済みだったみたい。
私は周りの声を聞かないように、じっと目を閉じる。
「……今は、アネモネちゃんのことだけに集中しよう」
学園の暗黙ルールも、アネモネちゃんなら教えてくれるかもしれない。
そのとき、他の生徒らの歓声がわく。
ひときわ多くの男性従者を連れた赤毛の令嬢が会場から出てきた。
白い肌。ぱっちりと大きな瞳に、少しツンとした唇。何より彼女の美しさを際立たせているのは、たおやかな赤い髪。その髪を飾るのは、彼女と同じ名の赤い花。
「アネモネちゃん!」
歓声に負けないよう声を張り上げると、彼女のアメジストの瞳と目が遭った。
「あなた……」
驚いている。私のこと、覚えてくれていたのかな?
あまりの嬉しさに、私は思わず駆け寄った。
「久しぶり! 私のこと覚えてる? 同じ学校にアネモネちゃんがいて嬉しい――」
「あなた、従者は?」
矢継ぎ早に話しかけた私に非があったのかもしれない。
それでも、その疑問があまりに冷たい声音で。
少しビックリしながらも、私は気恥ずかしくて視線を逸らす。
「あー……うち、今は貧乏だから人を雇う余裕なんて……」
まあ、そうだよね。他の子はみんな従者と一緒だもの。
ひとりぼっちなのは、私だけ。
ただひとりなのが寂しくて。
またアネモネちゃんと仲良くしたい――勇気を出して、口を開こうとしたときだった。
「貧乏人が、あたくしに話しかけないでくださる?」
アネモネちゃんが通り過ぎようとする。
あまりの冷たい態度に、私はたまらずアネモネちゃんの腕を引く。
「えっ、待って――」
だけど、即座に私は尻餅をついていた。
アネモネちゃんの眼鏡の従者に突き飛ばされたのだ。
私はとっさに顔をあげるも、恐怖で動けなかった。
彼らはみな、揃いの紺のスーツを身にまとっている。折り目のきれいな襟をきちんと立てて、手には真っ白なグローブを嵌めていた。そんな男性集団およそ二十人以上が、あっという間にアネモネちゃんを取り囲む。
なんで……?
なんでこの人たち、こんな怖い目で私を見下ろしてくるの?
何よりショックだったことは、隙間から視線だけ見えたアネモネちゃんの瞳も同じだったこと。
「この学園では、従者の質や量も、己を誇示するステータス――家の財政や器を、従者で示すの――従者のひとりも用意しないで、この学園に何しにきたの?」
そう問われて、私は何も答えることができない。
「入学式での発言を咎めるつもりはないわ。でも、学園は結婚相手を探す場であると同時に、女同士でも将来の優良な縁を繋ぐ場所。家のため、国の繁栄のために、あたくしたちは遊びにきているわけではないのよ」
その言葉に、ハッとした。
さっきまで、王太子にきゃあきゃあ騒いでいた人たちを、私は心のどこかでバカにしていた。恋愛なんて、と。
だけど、恋愛することこそが、彼女たちの役目なのだとアネモネちゃんは言う。
それに、私は言い返せない。
借金を返すためなの!
この学園を卒業して、王城書記官になりたいんだ!
同じように、誇りをもって私の夢を話せばいいだけなのに。
地面に座ったままの私を、他の人たちがクスクスと笑ってくる。
「言われているわね」
「ご指摘してあげるなんて、さすがアネモネ様はお優しい」
嘲笑の真ん中にいる私に、アネモネちゃんが冷たく言い捨てた。
「貧乏人は今すぐ故郷に帰りなさい」
誰よりも多くの従者を引き連れたアネモネちゃんの背中を見送るしかできない。
あぁ、悔しいな。
アネモネちゃんが悪いんじゃない。
貧乏が悪いわけでもない。
堂々と自分の夢を伝えることができない自分が情けない。恥ずかしい。
噛んだ唇から、少しだけ血の味がする。
それでも、一呼吸してから、私は立ち上がった。
私は自分でクラスを確認して、自分の足で教室に向かわなければ。
ここで座りっぱなしているほうが、きっとずっと恥ずかしいから。




