2話 ルミエール女学園の真実
貴族に生まれた女の子には、花の名前を付けると美人に育つという風習がある。
そこで、伯爵家に生まれた私に付けられた名前はナズナ。
ナズナはどこにでも咲いている花である。白い花弁もとても小さいし、振ると小さな三角形の実がペンペンと鳴ることからぺんぺん草とも呼ばれる。なんなら美味しく食べることだってできる。それが私の名前の由来の花。
そのため、私のあだ名は雑草令嬢。
なんでそんな名前を付けたのかと両親に聞いたら、
『だってウチ、娘に『薔薇』とか付けるほどすごい家督でもないし』
『どこにでも咲いてるけど、小さくてかわいいなって』
両親ふたりに『ねー♪』と仲良く説明されたら、私は何も言い返せなかった。
「没落寸前でも、こうして立派な学園に通わせてもらっちゃうわけだしね」
乗合馬車を乗り継いで、ようやくたどり着いたルミエール女学園。
ルミエール女学園の門は、パンフレットのとおり、とても大きかった。そこに何台もの馬車が乗り付けては、男性の従者たちが荷物を次々と運び、優雅に令嬢が降りてくるのを待っている。
この学園は全員、寮生活が義務付けられている。
だからみんな、持ってくる荷物が多いのだろう。
私も例に漏れず……といっても、重たいカバン一つだけを持ってやってきた。停留所から学園までそこそこ距離があって、門の前で一息ついていたのだ。
そんな私を見て、同じ入学生であろう女の子たちがクスクスと笑っていた。
「見て、あの人。自分で荷物をお運びになっているわ」
「もしかして、従者がひとりもいないの?」
「まさか、ここはルミエール女学園なのよ? たとえ自慢できるような麗しい殿方を用意できなくても、従者すらいないなんてありえませんわ」
私に聞こえないようにしているようだが、全部聞こえてしまう。
無駄に耳がいいのだ、私は。
「こんにちは!」
あえて私が大声で挨拶してみせると、彼女たちは逃げるように門を潜っていく。
いつも、こうして嫌なことは追い払う。
入学金でカツカツのフェルミエ家が、従者なんて雇えるはずがない。
言われてみれば、他の子たちはみんな従者らしき男性を何人も引き連れていた。
ほんと男性ばかりだ。背が高くて、顔が整っている人が多い気がする。世話をしてもらうなら、同性のメイドさんのほうがいいと思うのだけど。
「ま、私には関係なーし!」
寮の部屋は個室だというし、廊下で従者の男性とすれ違ったところで、さして問題はないだろう。そもそも、自分の世話くらい、私は自分でできる!
大きなカバンを再び持ち上げながら、私は白亜の校舎に向かってこぶしを掲げる。
目的に向かって一直線!
それが、私なりの処世術だ!
「がんばって、いい成績で卒業するぞー!」
入学式でも、校長先生のありがたい話を尻目にソワソワしちゃう。
私もみんなと同じ新しいドレスみたいな制服を着ているのに、なんか違うのだ。気品がある……とでも言えばいいのかな。
ただ緊張しているのは私だけではないようで、他の子もキョロキョロと他の子を観察している様子。だけど、なぜか親近感を覚えることができなかった。
「ちょっと、席を変わりなさいよ」
「香水をつけすぎたようですから、むしろ後ろに下がった方いいのではなくて?」
校長先生が話しているというのに、喧嘩している子たちさえいる。
このバチバチとした空気はなんなのだろう……?
私が忘れちゃっただけで、貴族が集まったときってこんな感じだったっけな?
うーん……私ちゃんと、新しいお友達つくれるのかな?
そう不安に思っていると、前の方の赤髪の子がチラリと振り返る。背筋が凍るような鋭い目つきに一瞬ビックリしたけど……間違いない。アネモネちゃんだ!
私は嬉しさのあまり、小さく手を振り返そうとしたときだった。
「きゃあああああああ!」
「ルシアンさまあああああ!」
気品とは無縁の黄色い悲鳴に、私はあわてて耳を塞ぐ。
壇上を見やれば……金色の髪がまぶしい青年が、片手をあげて登壇していた。ソルディス男子院の制服のようだが、あちこちに金や宝石で装飾が施されている。
思わず、私はつぶやく。
「なんてお金のかかってそうな男……」
「あなた、ルシアン殿下になんて失礼な!」
それは、隣に座っていたぐるんぐるんの巻き髪が特徴の女の子だった。
「ルシアン……殿下?」
殿下と称される人物は、当然王族に名を連ねる人物である。
私も無知ではないので、王太子の名前くらいは知っていた。
まあ、お会いしたことがないのはもちろん、興味もなかったから、お顔はまったく知らなかったんだけどね。
「なるほど、あれが……」
王太子ともあれば、金がかかっていて当然の人物である。
そしてまあ……たしかに歓声をあげたくなるのもわかる美形だ。
私が「へー」と他人事のようにキラキラ王太子を眺めていると、隣の親切な巻き髪ちゃんが仰々しい慄き方をしていた。
「もしや、あなたは古の『おもしれー女』手法で、殿下の気を引こうという魂胆!?」
おもしれー女ってなんだろう?
でも、殿下の覚えはないほうがいい気がする。
私がなりたいのは王城書記官だし。
それに……さっきから殿下にときめいている声がたくさん聞こえてきているのだ。変に『私もー!』と話を合わせるより、みんなを応援するスタンスのほうが、波風立たないよね……?
「私は……あまり殿下に興味ないかも……」
初めてのおしゃべりだ。緊張しちゃう。
そわそわと私が苦笑を返すと、隣の女の子は立ち上がらんばかりに発狂した。
「はあああ? 未来の王妃を夢見ない令嬢がいるはずないじゃない!」
思いっきり声を荒げられるも、まわりの黄色い悲鳴にかき消されているらしい。
「だってルミエール女学園は年頃のイイ男と婚約したい令嬢しかいない。その中で……一番の優良株はルシアン王太子殿下に決まっております!」
きょとんとし続ける私に、さらに巻き髪ちゃんは言い切った。
「世はまさに恋愛戦争時代――この場の全員がルシアン殿下との恋を狙っていると言っても過言ではないのです!」
「いや、私は恋愛なんて興味ないから!」
衝撃の事実に、思わず、ひときわ大声で返してしまったときだった。
会場中がシーンと静まり返る。
あれ……もしかして私、やらかした?
冷や汗を流す私を、壇上のルシアン殿下がバッチリ見つめていた。
「ほう、恋愛を拒む令嬢とは珍しい……僕との恋でもダメなのか?」
あぁ、殿下の笑みが妙に怖い。
私は全力でこう叫ぶしかできなかった。
「ぜ、全力で遠慮しますっ!」




