26話 シャンデリアの光
◆
「どうして、こんなことしたんだ?」
あたくしと踊りながら、ルシアン殿下がそう尋ねてきた。
言葉は責めているようだけど、口調はとても穏やかだ。
なんだか見透かされているようで……あたくしは、この男が好きではない。
「殿下のことが好きすぎるあまりに」
ルシアン殿下のエスコートはとても踊りやすい。
無理矢理パートナーになったのだから、練習なんてする暇もなかった。
だけど、ルシアン殿下は慣れているから。
あたくしも足に血豆ができるほど練習してきたから。
優美な微笑を浮かべて、自然にステップを合わせる。
踊りながら互いに腹の探り合いをするなんて、容易なことだ。
むしろダンスの本質なんてここにあるでしょう?
「カリオン嬢は、僕のことが好きなんだ?」
「当然ですわ。あたくし、殿下と恋をするために生まれましたのよ」
だから、あたくしは殿下に向かってにこりと微笑む。
すると殿下も蕩けるような笑みを返してくださった。
「きみは嘘が下手だね」
決してあたくしを馬鹿にするわけではない。
慈愛と慈悲がこめられた優しい笑み。
あぁ、だからこそ、あたくしはこいつが嫌いなの。
あなたは鞭で打たれたことなんてないくせに。
両親から道具扱いされ、従者にすら玩具扱いされる。
そんな屈辱を味わったことなんてないくせに。
それでも、あたくしは動じない。動じる必要がない。
だって、今日が最後なのだから。
「嘘だなんて……悲しいですわね」
「両親が原因かい?」
「関係ありませんわ」
あたくしが粛々とかわすのに、今日のルシアン殿下は妙に饒舌だった。
「きみの筆頭従者はとてもカリオン公爵に気に入られているらしいね。肩身が狭いなら、僕に相談してくれても構わないよ。今なら互いに学生の身分だ。それこそ『恋』を言い訳に、家から離れるチャンスを一番作れる時期だろう」
一体、その優しさは誰の影響なのかしら?
ふと視線を向けると、彼女は幼馴染の借金取りと楽しそうに食事をしていた。
だけど、噴き出してる?
あの借金取りに何を言われたのかしら?
白衣をドレスと言い張り、入場した女。普通なら避けられて当然よ。そんな女をわざわざ迎えに来て、一緒に食事をして……口説くまでしているなら本物だ。
なかなか黒い家業もしている家だけど……そこまで彼女に惚れ込んでいるなら、きっと彼女を守ってくれるだろう。目の前のこんな胡散臭い男より、ずっと誠実に。
そんな希望を眺めていると、ふとダンスの相手が顔を寄せてくる。
「何を見ているの?」
「あなたよりイイ男ですわ」
「僕と踊っておいて面白いこと言うね?」
「だって、その相手もあたくしよりイイ女ですもの」
そう――今日の品のある緑のドレスもとても似合っていた。ああいう落ち着いた色は、むしろ若いうちのほうが映えるもの。白い花を咲かせるなんて、今じゃなくていい。
こんな腐った花ばかりの花壇ではなく、もっと彼女が生き生きと生活できるような場所を見つけてから、ゆっくりと花を咲かせればいいのだ。
小さくとも、かわいいらしいあなただけの花を。
あたくしはそんな憧れから目を逸らして、ステップのついでに顔を近づける。
そして、目の前の男に向かって口角をあげた。
「それで? 殿下があたくしの恋のお相手になってくださると?」
「今後のカリオン嬢次第かな?」
ほら、やっぱり無難にお逃げになるんだから。
だったから、流れにあわせて回りながら、軽口を言ってもいいわよね?
「まあ、やっぱりあの眼帯男のほうがマシな男ですわね」
「バルクロウに劣るのはさすがに悔しいが……今日のカリオン嬢はやたら饒舌だね。なにかいいことでもあったのか?」
――だって、これが最後のダンスですもの。
そもそもあたくしはダンスが嫌いだったの。
誰にも言ったことがありませんけどね。
あら、会場の入り口が騒がしい。
子犬の鳴き声がするけど、もうあたくしには関係ない。
あたくしはただ最後の願いを言ってのけるだけ。
まさに悪役らしい、まさに令嬢らしい、笑みを浮かべて。
「……あの子には絶対に話さないでくださいましね」
あたくしは空いた手で、殿下の唇の前で指を立てた直後だった。
ルシアン殿下を、思いっきり突き飛ばす。
目を見開き、驚く男の顔がひどく滑稽に思えた。
最期に、いつも気取った男の腑抜け面を見られただけで、胸がすく思いだ。
そして、あたくしの予想通り、頭上からシャンデリアが落ちてくる。
ゼインがナズナを陥れるために、何か計画していたことは知っていた。
この事故で、ナズナが命を落としたなら、万々歳。
たとえナズナを庇うためにルシアン殿下が怪我をしたとしても……王太子殿下に怪我を負わせた令嬢など、二度と社交界には出てこれまい。それこそ、責任をとって学園を退学させるに追い込むなど容易いことだ。
だから、あたくしは殿下のパートナーの座を奪った。
ゼインには内緒で、あたくしが、この事故で死ぬために。
「あぁ、眩しいわね」
キラキラとまばゆい光を見上げながら、あたくしは足を止めて笑う。
走馬灯の代わりに思い出すのは、ゼインに破かれた栞のこと。
ハラハラと『だいすき』の欠片が落ちていったけど、そこまで悲しくなかったの。
だって、幼い日のあなたとの思い出が、あたくしの中で色褪せたことがなかったから。
ずっと、ずっと忘れない。
このシャンデリアの瞬きのように。
ずっとキラキラと眩しくあたくしを支えてくれていたから。
これぞ、アネモネ・カリオンに相応しい末路だ。
シャンデリアに押しつぶされて、真っ赤な鮮血をまき散らして死ぬ。
まさに赤の御三家に相応しい末路ではないか!
――これで、ようやく終われる。
その光は、ようやく訪れたあたくしの救いの光のようだったのに。
どうして、今、あの子の呼び声が聞こえるのだろう。
「アネモネちゃん!!」
なのに、あたくしは突き飛ばされた。
パーティー会場に白衣で入場した、雑草のような女に。
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