25話 俺のこと好き?
私のつぶやきに、バルクロウがつまらなそうに答えてくれる。
「なにって、殿下とダンスするためだろ?」
バルクロウの言うとおりだ。
このダンスパーティーで、去年も一昨年も、殿下は御三家の令嬢とダンスをしているらしい。それなのに、赤の御三家であるアネモネちゃんだけ踊れなかったとなれば、プライドが許さないのだろう。そのくらいは私にだって想像できる。
それでも、違和感が拭えないのだ。
「でも、アネモネちゃんの様子が何かおかしい……」
「緊張しているだけじゃねーのー? だってここで殿下に認められたら、一気に王太子妃への道に繋がるわけじゃん。特にあいつの母親、恋愛戦争時代にならなかったら、王妃になっていたらしいじゃん」
「そうなの?」
アネモネちゃんのお母さん……。
小さい頃に何度かお会いしたことあるけど、たしかにきれいな女性だったはず。ちょっと怖そうだなって思ったくらいしか覚えてないんだけどさ。
あと風の噂で知っていることは、フェルミエ家が事業に失敗したすぐあとに、流行り病で亡くなってしまったことくらい。
「淑女の中の淑女。淑女の手本――そう呼ばれて、誰もが国母になると思っていたのに……現国王が恋愛結婚しちゃったせいで、カリオン家に嫁ぐことになったらしいぜ。カリオンの当主は願ったり叶ったりだったらしいが……そんな母ちゃんの無念も晴らせるんだ。娘も気合入るだろ」
バルクロウからの説明を聞きながら眺める、殿下にエスコートされたアネモネちゃんはとてもきれいだった。
ルシアン殿下もネイビーのスーツに、今日も肩章など多くの装飾品をつけて華やかな装いをしている。それなのに、アクセサリーをつけない白だけを身にまとったアネモネ・カリオンという女性はまるで引けをとっていなかった。
背筋を伸ばし、自信に満ちた笑みを浮かべ、ルシアン殿下の隣に寄り添う。
まさに王太子の花としてふさわしい。淑女の中の淑女。
でも、私はアネモネちゃんが教えてくれたこと、ちゃんと覚えているよ。
今は恋愛戦争時代じゃなかったの?
アネモネちゃんは、本当に殿下に恋をしているの?
恋をしているなら……どうして、そんな悲しそうに笑っているの?
私はアイ君の洋服をもらったとき、アネモネちゃんに『アネモネちゃんは、殿下のことが好きなの?』と尋ねた。
だけど、アネモネちゃんはこう答えた。
――あたくしこそが殿下と婚約すべき女なのよ。
どうして、あのとき気づけなかったのだろう。
その後悔が私にどっと押し寄せる。
「アネモネちゃんは、殿下のことが好きだから結婚したいんじゃなくて、お母さんの無念を晴らすために、殿下とお近づきになりたいって思ってるってこと?」
アネモネちゃんは一言も『殿下が好き』とは言っていなかった。
好きでもない人と結婚する。
恋愛戦争時代なんて言われているご時世に、気持ちの伴わない結婚をするなんて……そんな皮肉がツラくないはずがないことくらい、私だって想像つく。
「……まあ、政略的にカリオン家が王族に名を連ねたいと思っていてもおかしくないしな……でも、すまなかった」
どうしてバルクロウが謝るの?
私がそう尋ねるよりも前に、バルクロウは「飯食いにいこうぜ」と腕を引いてくる。これは……アネモネちゃんの立場を知ってたってことだよね。
「アネモネちゃんのいじわる、知ってたの?」
「……やるんじゃねーかな、と察してたくらいだ。周囲の従者の動きには注目していたんだが、特に動いている気配がなかったから杞憂かと思ってたんだが……ちゃんと言ってやればよかったな。なんか……言いづらくてよ……」
そりゃあ、おまえ大好きな友達から裏切られるよなんて簡単には言えないよね。
だから、私は苦笑を返す。
「変な気遣いやめてよ、バルクロウのくせに」
「おまえ、俺のことなんだと思ってるわけ?」
「軽薄な借金取り」
「俺、けっこー硬派なんだけどなァ」
会場中が、会場の中央に注目している。
まさに今から、殿下とアネモネちゃんのダンスが始まるからだ。
その光景を見て、ほっとしている自分がいるのは事実だ。
そりゃあ……ちょっとは残念に思う自分もいるけどさ。
だけど、そのどちらよりも、私の胸を占める気持ちは疑念。
「でも、私はアネモネちゃんがただの嫌がらせをしたなんて思えないんだよ……」
私がダンスを見届けようとしたとき、隣で始まった優美な音楽を台無しにする手拍子がパンパンッと二回だけ叩かれた。
「暗い話はここまで! ほら、今のうちに食いだめしとこーぜ。あたたかいうちのほうがうめーだろうし」
「でも、誰も食べてないよ?」
バルクロウがぐいっと私の顔の向きを長テーブルに向ける。遠目から見ても、よだれが出そうなほど豪華な食事の数々が並んでいた。
だから、私は視線を逸らせない。
バルクロウの手も邪魔するから、私は二人のダンスを見ることができない。
「だからこそ、だよ。せっかく作ったのに、ただの飾りで終わったら料理人が可哀そうだろ~? 俺らは料理人の苦労を報いてあげるために、あえて殿下のダンスなんか無視して、一番うまいときの飯を堪能してあげるわけ。は~、我ながら貴族の鑑、ノブレスオブリージュとはこのことだな!」
バルクロウの口が達者なときほど、彼が心にもないことを言っている証。
まあ、他人のダンスなんかよりご飯を食べるほうがマシということなのだろう。
……少しでも私を励ますため、かもしれないけどね。
「アイ君にも食べさせてあげたかったな」
「なに? パーティー後に出待ちさせてねーの? あのちびっこワンコが皿を持って『あまったごはんちょーだい♡』って目をキラキラさせたら、喜んでくれるだろ」
「パーティーのご飯って余っちゃうの!?」
「食べないのがふつーだしなぁ。残飯は使用人たちで分けるか……捨てるだけのところも多数だろ」
「え、勿体ない! 私もお皿もってく!」
私が前のめりに言うと、バルクロウが「ナズナはこうでないとな!」と嬉しそうに頭を撫でてくる。これでも一生懸命にヘアセットしたんだけど……でも、どうせ白衣だし、髪型なんて今更だよね。バルクロウの髪の毛もぐちゃぐちゃだしさ!
そんなことを話しているあいだに、ご飯の列にたどり着く。
「うわぁ、どれ食べよう!」
一口サイズのハンバーグやローストビーフ。名前もわからない野菜と魚の燻製がお花みたいになっているやつ。スパゲッティーやポテトやケーキもたくさん。お皿に載るだけ載せちゃおう。この分も学費に含まれているんだろうから、食べなきゃ損だ!
「全部……全部たべちゃうもんね~」
私がむりやりテンションをあげていたときだ。
「おまえ、本気であいつのこと好きなの?」
「ほひふ?」
私がご馳走を頬張りながら尋ねると、バルクロウは真面目な声で応えてくる。
笑うことなく、まっすぐに私を見下ろして。
躊躇うことなく、バルクロウはその名を口にした。
「ルシアン殿下」
「ぶほぉっ」
ちょっと……思わず噴いちゃったじゃないか……。
汚れづらいものを食べているときでよかったよ、ほんと……。
私は口の中のものをしっかり飲み込んでから、視線を下ろす。
「人としては……好きなほうだと思うよ」
悪い人ではない、と思う。
少なくとも、私の夢を応援してくれる――いい人だ。
嫌いになる必要がない。理由がない。
それでも、バルクロウはまじめな口調のまま訊いてくる。
「じゃあ、男としては?」
「よ、よくわからないよ……」
異性として好き?
それこそ、恋をするとかしないとかって話だよね。
そんな感情を抱いたことないから、わからない。
毎日どうやって借金を返すか……そればかり考えていた私にはわからない。
それを誰よりも知っているはずなのに、バルクロウは追及をやめてくれないのだ。
「じゃあ、俺は?」
今日はキャンディーを食べていない。
パーティーの最中なのだから当たり前でもあるのだけど……いつもカラカラ舐めているものがないだけで、バルクロウの片目にちゃんと私が映っているのがわかってしまう。
「俺のこと、すき?」
何か、応えなくっちゃ……。
だけど、何を答えたらいいのかわからない。
いつもみたいに「バカ言わないで!」で突き飛ばせばいい?
それとも「面白くない冗談言わないで」と笑い飛ばせばいい?
でも、どちらも正解だとは思えなくって。
そんなときだった。ワンワンッと子犬の鳴き声に私たちは首を動かす。
警備員を振り切って、桃色のモフモフワンコが駆けてきていた。
当然、アイ君だ。
私の腕に飛び込んできたアイ君が必死に鳴いている。ソワソワしながら、必死に天井に向かって、涙を流しながら、何度も、何度も。
それに、私は戸惑うことしかできない。
「ど、どうしたの? ここは従者立ち入り禁止で……」
「これ着ろ!」
バルクロウがジャケットとアイ君にかけてあげた。
その途端、アイ君が人型に変身する。
そうか……犬の姿じゃ言葉が喋れないから人型になりたかったけど、裸になっちゃうから戻れなかったんだね……。ダメだな、いつもより頭が働かない。
そんなダメなあるじに、アイ君は必死に大きなジャケットで必死に身体を隠しながら、天井を指さした。
「あのキラキラから酸っぱくて腐った臭いがする!」
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