24話 だから言ったのに
どうして、アネモネちゃんがこんな嫌がらせをしたのだろう。
その答えは、やっぱり陰口が教えてくれる。
「これで殿下とのファーストダンスはアネモネ様ですわね」
そうだ、やっぱりそうだ。
アネモネちゃんは、殿下とダンスをするために、私をパーティーに参加させないように目論んだんだ。
だって試験のとき、珍しくアネモネちゃんも食いついていたもの。
私、アネモネちゃんに嫌われてまで殿下と踊りたくないのに。
そんなに殿下と踊りたかったのなら、私からお断りしたのに。
アネモネちゃんのためなら、不敬でもなんでも、それこそバルクロウの案に乗っかる形でも、協力したのに……。私に、アネモネちゃんが相談してくれたなら……。
あぁ、目を瞑ると、小さい頃のアネモネちゃんの姿がよみがえる。
それは、私が例の栞をあげようとしたときだ。
『本当に、この栞をあたくしにくれるの?』
『うん……だいすきなアネモネちゃんに貰ってもらいたいの。こんなの、アネモネちゃんはいらないかもしれないけど……』
やっぱり、アネモネちゃんにこんな手作りの栞なんて相応しくないかも。
そう思って腕を引っ込めようとすると、なんとアネモネちゃんが栞をふんだくってくるではないか。
『一度差し出したものをやっぱりやめるだなんて……礼儀知らずにもほどがあるわ』
『もらってくれるの?』
『も、もちろんよ! 受け取るのもマナーだもの』
表面上は、いつもわたしにものを教えてくれるアネモネちゃん。
だけど、逸らしたときに見えた耳が、すごく赤くて。
拗ねたように照れている顔が、すごくかわいくて。
『今までもらったどんな贈り物よりうれしい……かも』
そう精一杯言葉にしてくれるアネモネちゃんを、私は今でも忘れられなくて。
だから、私はしかめっ面でも上を向く。
「だめだ……」
だめだ。だめだ。アネモネちゃんのせいにしちゃだめだ。
こぼれそうになる涙をなんとか堪える。
ドレスは私が再度、自分で確認していればよかった話だもん。
殿下とのダンスだって、私からアネモネちゃんに聞いても良かったんだもん。
これは、私が自分で招いた問題だ。
それをアネモネちゃんのせいにして泣くなんて、そんなカッコ悪いことはない。
私が鼻をすすったとき、「あるじ!」とアイ君の声がする。
クスクスと大きくなった嘲笑とともに私が振り返ると、アイ君が大きな白い服を掲げていた。
「見つけたぞ、白いドレス!」
それは白衣だった。
あぁ、たしか来年以降の選択授業のカリキュラムで、薬学や科学もあったっけ。そのときに着るような実験用のコートだ。先生から借りたのかな? サイズが大きくて、背の低い私が着たら、たしかにドレスのようにも見えるかもしれないね。
当然これは、元奴隷で、最近従者になったばかりのアイ君が知るはずもない知識。私だって、将来どうにか自分でお金を稼ぎたくて、借金取りのバルクロウにいろいろ女でも稼げそうな職業を相談していなかったら、白衣なんて知らなかったかもしれない。
私は嬉しそうに目を輝かせているアイ君の頭を撫でる。
「ありがとう、アイ君」
そして、私は白衣を羽織る。
ふふ、ブカブカだ。
ギリギリ引きずらない丈感。袖は捲って……ドレスの腰に巻いていたリボンを白衣の上から巻いてみよう。多少はドレスらしくなったかな?
もうすでに他学年の生徒やソルディス男子院の生徒たちは入場を終えていた。あとは、主役である一年生の乙女たちが入場するだけ。会場内で、順次パートナーの男子が迎えに来てくれることになっている。
その格好で、私は入場門付近に待機していた先生に訊いてみる。
「先生、これなら入場させてもらえますか?」
「ま、まぁ……あなたがそれでいいなら入場は……だけど、フェルミエさんはファーストダンスが――」
あぁ、十分だ。とりあえず入場さえ……パーティーに参加させさせてもらえれば、最低限の単位はもらえる。退学はしないで済む。
だけど……私の相手はルシアン王太子殿下だったから、入場はラストになる予定だった。迎えにきてもらった流れで、ファーストダンスを踊る流れになっていたのだ。
先生も、さすがに白衣姿の娘に大事なファーストダンスを任せることはできないらしい。
そのとき、凛とした声が背後から響く。
「あたくしが代わりますわ」
赤の御三家アネモネ・カリオンは、真っ白なドレスも似合っていた。ひとめでシルクとわかる艶やか光沢がシンプルなドレスでよりいっそう輝いている。華美な宝石をひとつも付けない潔さ。だけど彼女の赤い瞳と髪がなにより極上の飾りだと全身でアピールしていた。
まさに、殿下とファーストダンスを踊るにふさわしい、本当のご令嬢。
先生も「お二人がそれでよければ」と認めざるを得ない状況。
私の足は自然と彼女の前に並んでいた。
最後は譲る――すなわち殿下のパートナーは譲るという、私なりの意思表示。
すると、背後からアネモネちゃんの小さな声が聞こえた。
「だから、早く故郷へ帰れと言ったのよ」
その声が、とてもつらそうで。
どうして?
アネモネちゃんの願いが叶ったのに。
どうして、アネモネちゃんがつらそうなの?
どうして、そんな泣きそうな声をしているの?
今、アネモネちゃんはどんな顔をしているの?
だけど、私は振り返る暇もなく、先生に入場するように背中を押されてしまう。
「あるじ、がんばれ!」
従者は会場への入場が許されない。
だから精いっぱいの声援で見送ってくれるアイ君にだけ笑顔で手を振って、私は明るい会場へと足を踏み出す。
見たことがないほど、大きくてまぶしいシャンデリア。
その下には、まさにたくさんの花が咲いているようだった。白が多い、きれいな花畑。私はその中に咲く、一本の雑草。
私がアネモネちゃんの番……最後から二番目に入場したからか、会場中がどよめいた。エスコートしにくる予定だった男子生徒が固まり、その後ろで待機していたルシアン殿下が珍しく目を見開いている。肩章とかつけて、いつもよりも王太子アピールがキラキラしている殿下から、私はわざとらしく視線を逸らして。
こんな私のもとへ寄ってくる男性なんているはずがない。
だから、このまま一人で会場の端に向かおうとしたときだった。
戸惑う殿下を押しのけて、バルクロウが私のもとへ走ってくる。
「おい、ナズナ。その白衣はどうしたんだよ!?」
「えへへ……ドレスよりも似合うでしょ?」
私がかろうじて笑ってみせると、バルクロウはせっかくぴっちり固めていた髪をわしゃわしゃと崩す。いつもより装飾の多いブラックスーツに、いつもより高価そうな眼帯。ネクタイをせずに首元を開いているのは元からのようだけど……彼なりにせっかくおしゃれしていたようなのに、いいのかな?
しかも、バルクロウは舌打ちしながら、私に手まで差し出してくるのだ。
「ったく……ほれ、手を貸せ」
「え、でも……バルクロウのパートナーは……」
たしかクラスメイトの他の子とパートナーになっていたはずだけど……会場の隅で「どうして、バルクロウ様!?」とひとりぼっちで叫んでいる子がそうだったはず。今日もお団子ヘアは健在だ。
だけど、バルクロウは「気にするな」と笑った。
「白衣をドレスにするなんて斬新な女、俺以外が相手できると思う?」
「でも……バルクロウも一応いいとこの坊ちゃんじゃないの?」
「一応が余計だっての! ……まぁ、最後があの赤い女だろ? そのパートナーもそこそこの家の男だから……まぁ、丸く収まるだろ。ほら」
会場の隅に歩きながら、バルクロウに促された先を見やれば。たしかにエスコートに構えていた男子が、泣きそうだったお団子ちゃんに声をかけていた。あ、なんかあの子、嬉しそうだぞ? もうこっちのことなんか気にしてない様子だ。
「な? 女なんて現金なもんなんだって」
そして、最後の令嬢が入場する。
たおやかな赤い髪が、まさに彼女の象徴するかのように美しい。
赤の御三家アネモネ・カリオン。
彼女の道を邪魔しないように、私はバルクロウに無理やり腰に手を回され、会場の端へと移動させられていた。
その間に、空気を読んだ王太子殿下が、赤い彼女を迎えにいく。
彼女は口元は笑っていながらも、目は険しいまま。
まるで、今から戦いにいく戦士のように。強い決意に満ちていて。
そんな表情を見て、私は思わずつぶやいていた。
「アネモネちゃん、なにを考えているの?」
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