20話 令嬢たちの宝物
バルクロウは精々したとばかりにぺたんとしたお腹を叩く。
「はあ~、もうちょっと奥に進んでから出そうと思っていたのになぁ~」
「どうして、アイ君が……?」
「俺が連れてきたから♡」
そりゃあ、見ればわかる。
あぁ、私に向かってハフハフしているワンコ形態アイ君がかわいすぎる。
それだけで絆されそうになっていた私に、バルクロウはさらに言い訳を重ねてきた。
「集合場所に行く途中で、こいつがずっと不安そうにソワソワしているのを見かけてさ。聞いたら『あるじが心配』って言うから……そんなかわいいワンコみたら、手を貸しちゃっても、俺、悪くないだろ?」
うん、バルクロウは何にも悪くない――わけがないんだよね!
だってオリエンテーション、普段の授業と同様に従者は参加不可だし。
そもそも校内は動物の連れ込みが不可という注意は受けているから、普段アイ君は人間の姿でいてもらっているわけだし。
私が「でも」と指摘するよりも前に、ルシアン殿下が淡々とバルクロウに聞いていた。
「葉巻を吸いに行ってたときか?」
「ちょっと殿下ー。そういうのレディの前で言っちゃダメっしょ?」
あれ、バルクロウって葉巻を吸うんだっけ? いつも飴は舐めているけど……。
ていうか、葉巻って二十歳以上になってからって法律で決まっているよね!?
バルクロウは年上っていってもまだ十八だし、校内で吸うのなんか論外なのでは!?
私が苦言を呈そうと口を開いたときだ。
スポッとバルクロウが私の口に何かを差し込んでくる。いつものキャンディーだ。美味しい……じゃなくて!
だけどそのあいだに、バルクロウがヘラヘラと「まあ、バレたなら仕方ねー」と指を前方へ突きつけた。
「行け、ワンコ! ナズナの暗記帳を探せっ!」
「キャウンッ!」
ご機嫌なアイ君が、私の腕から飛び降りて駆けていく。
あれ、もしかしてバルクロウ、このためにアイ君を連れてきたの?
アイ君の嗅覚なら、私の匂いを覚えているだろう。だから誰よりも先に私の宝物を探せるはず。ズルをしたのも、私のため?
「仕方ない……追いかけよう、フェルミエ嬢」
思わず呆然としていると、ルシアン殿下が私の背中を叩いて駆けていく。
それにバルクロウやアネモネちゃんも続いてしまっては……。
もう、私も追いかけるしかない!
しばらく道なりに走ると、アイ君が行き止まりの生け垣の中に「キャワン!」と飛び込んだ。これは……反対側に行っちゃったのかな? そこで「キャンキャン!」と叫んでいるから、何かを見つけた様子だ。いや、こんな背の高い生け垣の裏側……どうやっていけばいいんだろう?
「急いで向こうへの道を探そう」
冷静に殿下が引き返そうと提案してくるも、私は見つける。
生け垣の下に、隙間のような穴があるな。小柄な私なら潜れるのでは?
「ちょっと待っててくださいね」
私は迷わず、もぞもぞと穴の中に潜った。背後から「何してるんですの!?」とアネモネちゃんの声が聞こえるけど、ひとまずごめんと無視することにして。
生け垣の向こうにスポッと頭を出すと、アイ君がシンプルな装飾箱のまわりでキャンキャンと回っている。宝箱だ~!
私がドキドキしながら開けてみると、そこには私の恋人である暗記帳。汚れたり、破けたような箇所はない。私が預けたときのまんまの状態だ。あいだには、ちゃんとアネモネちゃんからもらった白い花の栞が挟まっている。
私と名前と同じ、ナズナの花の栞。
「でかした、アイ君!」
「キャウン!」
私はアイ君をめいっぱい褒めてから、もぞもぞとみんなの場所に戻る。
立ち上がる前に顔をあげると、バルクロウは大笑いをしているし、アネモネちゃんは頭を抱えているし、ルシアン殿下まで声を出して笑っていた。
そんな私をひっぱりあげてくれたのはバルクロウだ。
「どっちがワンコかわかんねーなァ」
「でも、ちゃんと見つけたもん」
「はいはい、がんばりまちたね~」
わしゃわしゃとバルクロウが私の頭を撫でてくる。
今ので結んだ髪もぐちゃぐちゃになってたから、構わないけどさ。
それでも子ども……ワンコ扱いに私がむくれていると、殿下がやさしい声で尋ねてきた。
「それで? ちゃんと恋人とは再会できた?」
あいかわらずの恋人発言はさておいて、私は殿下に宝物――暗記帳を見せた。
殿下が優しい顔で、口を開きかけたときだ。
ポロッと栞が落ちてしまって、私は慌てて拾う。
すると、アネモネちゃんが大きな声をあげた。
「あなた、まだそんなボロを――!?」
直後にアネモネちゃんは失言とばかりに口を塞ぐけど……気が付いちゃうよね。
アネモネちゃん、この押し花のこと、覚えてくれてたんだ。
お互いの花で贈りあった、この押し花のことを。
「うん、だって、私の大切な宝物だもの!」
暗記帳と同じくらい……ううん、下手したらもっと大切な。
大事な、大事なわたしの思い出。
覚えてくれていて、すごくうれしい。
だから、思わず欲目も出てしまう。
「あのとき、私があげた栞……大切にしてくれてる?」
「あんなもの……もうどこにあるかもわかりませんわ」
吐き捨てるような返答に、少し残念な気持ちを覚えないけどないけれど。
「そうだよね。子どもの作ったものだしね」
もう、あれから十年も経ったのだ。
五歳の子どもが作ったつたない品をとっておいてる私が稀有なことくらい、自覚している。だから、私は無理せず笑顔を作ることができた。
贈りあったことを覚えていてくれただけで、十分うれしいからね!
「じゃあ、次はアネモネちゃんの宝物探しだね!」
その後、アネモネちゃんの宝物はあっさりと見つけることができた。
アネモネちゃんの匂いを覚えたアイ君が再び活躍して、キャンキャンとすぐに発見してくれたのだ。連れてきてしまった以上、とことん利用しよう。即座にそう判断したのはルシアン殿下。合理的というか、なんというか……。
ともあれ、相変わらず、アイ君が生垣の向こうに消えてしまった。
一度あることは、二度ある。
無言で三人の視線が「おまえが行け」と告げていた。
「アネモネちゃんのためだもんね!」
再び、生垣の下をモゾモゾ。
アネモネちゃんの宝物は、入学式のときに殿下からもらった花飾りだと言っていた。
生垣の向こうから、殿下とアネモネちゃんの会話が聞こえる。
「嬉しいね。あの花をそんなに大事に思ってくれてるんだ?」
「当然ですわ、殿下から賜った品物なのですから」
このとき、私はふと矛盾に気が付いた。
本当に大切なものを隠す生徒なんかいない――さっき、三人がそう私のことを笑っていたはず。それなのに、アネモネちゃんはどうして殿下からの花を宝物にしたのだろう。
本当は、あの花はアネモネちゃんにとって宝物じゃないってこと?
思わず、アネモネちゃんよりも先に宝箱の蓋を開けてしまっていた。
そして、私は目を見開く。
「え、なんで……」
消えかかった拙い『だいすき』の文字は、たしかに見覚えがある。
それは紛れもなく、かつて私がアネモネちゃんにあげた押し花の栞だった。
作者から、ここまで読んでくれた皆様へお願いです
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